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新手の嫌がらせですか!?
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王城に到着した私とテオスを王家専属の使用人が出迎え、そのまま執務室にいる王の下へ。
私は自分の瞳と同じ色をした淡青のドレスを着ていた。レースが重なったフワッフワッなスカートをなびかせて廊下を進む。扇子を手にして戦闘準備は万全。
悠然と歩く私たちに自然と視線が集まり、そこで漏れ落ちる感嘆のため息。
それは私に、ではなく、私の従者に。
一見すると男か女か分からない美麗なテオス。漆黒の闇より暗い黒髪。長い睫毛に縁どられた黒い瞳。高すぎない鼻に、しっとりと潤った淡い唇。
執事服に身を包んだ、細いながらもしっかりとした体躯。歩くだけで天上から光が降り注ぎ、羽根が舞い降りそうな雰囲気。
テオスを連れて歩くと、羨望や欲望、嫉妬の眼差しが集まりやすい。優越感に浸りたい人からは羨ましがられる。
だけど、私にそういう趣味はないし、時には面倒なのも釣れる。
前方から同い年ぐらいの令嬢が現れた。
手入れが行き届いた栗色の髪。丸い柳色の瞳。美人というより可愛らしい顔立ち。燃えるような真っ赤なドレスと、胸には大きな琥珀のブローチ。
初対面なはずなのに、その令嬢は図々しく私に声をかけてきた。
「ごきげんよう。それ、あなたの従者?」
いきなり不躾にも程がある。王城内だから、こういう礼儀がない人はいないと思っていたのに。
無視できない人物なのか案内人の足が止まる。前に進むには、この令嬢を相手にしないといけないらしい。
私は扇子を広げ、伯爵令嬢の仮面を被って答えた。
「えぇ。私の従者ですが、何かありまして?」
ジロリと不躾に私の全身を眺めた後、真っ赤なドレスの令嬢が鼻で笑うように言った。
「あなたには勿体ないから、私の従者にしてあげる」
堂々と言われた言葉に伯爵令嬢の仮面を被っていたけど、思わず目が大きくなる。
遠まわしにテオスが欲しいと言われたことはあったけれど、ここまでストレートに言われたのは初めてで。
(さすが王城。いろんな人が集まっているわ)
妙なところで呆れながらも私は悠然と答えた。
「失礼ながら、それは私の一存では決められないことですので」
「まあ。自分の従者のことも決められないの? じゃあ、誰なら決められるのかしら?」
「私の父であるディラン・ローレンス辺境伯爵にご確認ください」
大抵の人はここで諦める。それだけ父の名前は知られているから……良くも、悪くも。
だけど、この令嬢は違った。なんとなく、そんな気はしていたけど。
「じゃあ、すぐに登城させて」
当然のような言い方。
(どうやら、貴族の中でも高位の爵位持ちのようね。それとも、王族? いや、王族ならお父様が領地にいることを知っているから、こんな無茶は言わないはず)
私は相手の出方をみるため、否定はせずに淡々と説明をした。
「生憎、父は領地におりまして。登城するにはかなりの日数がかかります」
すると、令嬢があからさまに表情を崩した。
「なによ、それ。私の言うことが聞けないってわけ? シュルーダー公爵家に逆らうつもり?」
シュルーダー公爵家。王族の親族で、貴族の中では一、二の権力を持つ家柄。
(確か、シェルーダー公爵家には娘が三人いたわね。長女と次女は嫁いでいるから……年が離れた三女のグレース・シュルーダー嬢……かしら。こんな絵に描いたようなワガママ令嬢とは思わなかったけど)
ざわざわと周囲が騒ぎ始める。
私は断ち切るようにパチンと音を鳴らして扇子を閉じた。
「王に呼ばれておりますの。失礼いたします」
邪魔なスカートの裾を蹴り上げ前に進む。悠然と真っ赤なドレスの隣を通り過ぎたところで、背後から声がした。
「辺境伯の娘ごときが」
ドロリとした小さな呟き。暗い感情を引きずった声。
この時の私は世間知らずの令嬢の軽い我が儘としか思っていなかった。のちに、あんな事件を起こすとも知らず――――――
私は案内人の後ろを歩きながら考えた。
(グレース嬢は辺境伯の重要性も知らずに単なる伯爵だと思っているのね)
辺境を任せられるということは、かなりの実力があるということ。力が弱い者が収めていれば、そこから他国に侵略される。だからこそ、忠誠心が高く、統率力、武力が強い者でなければ務まらない。
王家がその気になればローレンス家を潰すことはできるけど、代わりが務まる者はなかなかいない。
(平凡でも、普通でもないけれど、それでも私を愛し、育ててくれた両親と領民のために。私は長年続いているローレンス領の問題を解決させたい)
決意とともに私は顔をあげた。天高く見下ろす重厚なドア。両側に立つ見張りの兵。周囲より重く緊迫した空気。
これが王の執務室。
「中へ、どうぞ」
案内してきた使用人がドアを開ける。
紺碧の絨毯の先。豪奢な執務机で書類仕事をしている壮年の男性。
白髪混りの金髪に琥珀の瞳。まっすぐな鼻筋と整った顔立ち。目じりと口元に深いシワをたたえ、どことなくリロイの面影がある。
別名、黄金王。
見た目から付けられた二つ名だが、それ以上に本人からの強い輝きがある。気弱な人ならこの雰囲気にのまれ執務室に入ることもできないだろう。
テオスは従者のため執務室の外で待機。背後で閉まるドアの音を聞きながら私は王の前へと進んだ。
王と隣に立つ臣下の前で淑女の礼をする。
「お初にお目にかかります。ディラン・ローレンス辺境伯爵が娘、ソフィア・ローレンスでございます」
「よくぞ、参った。面をあげよ」
顔をあげた私を王がじっくりと値踏みするように見つめる。
「ふむ。ディランよりマルグリットに似たようで良かったな」
ディランは父の名前で、マルグリットは母の名前。どうやら王は二人と顔見知り……というより深い仲らしい。懐かしむような親しみを感じる。
私は伯爵令嬢の仮面を被って微笑んだ。
「ありがとうございます」
私の表情に王が少しだけ目を丸くする。
「ほぅ。感情をそのまま表現するディランとは違うようだな」
笑顔のまま固まる私。答えに困る話題は振らないでいただきたい。
そんな私に王が軽く笑った。
「困らせるつもりはなかったのだ。今回のローレンス領の知らせについて、だな」
「はい、そうです」
「ローレンス領の物流問題については長年の懸念であった。今回のことは解決する好機と考えている」
「だからと言って、私の婚約者にすることを報酬の一つにするのは、いかがなものかと」
「そうか? 婚約者が報酬というのは理にかなっていると思うぞ。自分の領地となる土地の問題となれば、本気で解決策を考えるだろうし、ディランも将来の婿の方が協力しやすいだろう」
「それは、そうですが……」
渋る私に王が軽く首を傾げる。
「そなたが提案したことだと聞いたが、何か問題があったか?」
私は数日前のカフェでの出来事を思い出した。
(追い詰められて咄嗟に言ったこととはいえ、王公認になるなんて思わないでしょ!)
言いたいことをグッと吞み込んで笑みを作る。
「どなたからお聞きになられたのか、お伺いてもよろしいでしょうか?」
あの場にいたのはリロイとテオスと私。もしかしたら、カフェの店員が……という可能性もある。ものすごく小さな可能性だけど。
王が平然と答える。
「我が息子のリロイからだ」
私は笑顔のままこめかみを引きつらせた。
(新手の嫌がらせかしら?)
怒鳴りたい気持ちを抑えていると、王が神妙な顔になった。そのまま私の顔色を伺うように話す。
「そなたには迷惑をかけると思うが、この話を受けてくれまいか?」
「……それは、どういうことでしょう?」
「ローレンス領の物流問題については何度も解決しようとしたが、様々な問題が重なりできなかった。今回のことで広く案を集めれば、今までにない解決策が出るかもしれぬ」
それについては私も賛成だ。
「はい。問題解決のために全力で協力するつもりでございます。それが領主の娘としての務めと考えておりますから」
「そうか」
同情を含んだ声。貴族間ではこうした利害関係による政略結婚は普通のこと。そこまで同情されるようなことではない。
(なのに、同情されるということは……)
「失礼を承知で申し上げます。今だけ本音で話してもよろしいでしょうか?」
「許す」
私は軽く息を吐いて、伯爵令嬢の仮面を外した。
私は自分の瞳と同じ色をした淡青のドレスを着ていた。レースが重なったフワッフワッなスカートをなびかせて廊下を進む。扇子を手にして戦闘準備は万全。
悠然と歩く私たちに自然と視線が集まり、そこで漏れ落ちる感嘆のため息。
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執事服に身を包んだ、細いながらもしっかりとした体躯。歩くだけで天上から光が降り注ぎ、羽根が舞い降りそうな雰囲気。
テオスを連れて歩くと、羨望や欲望、嫉妬の眼差しが集まりやすい。優越感に浸りたい人からは羨ましがられる。
だけど、私にそういう趣味はないし、時には面倒なのも釣れる。
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「ごきげんよう。それ、あなたの従者?」
いきなり不躾にも程がある。王城内だから、こういう礼儀がない人はいないと思っていたのに。
無視できない人物なのか案内人の足が止まる。前に進むには、この令嬢を相手にしないといけないらしい。
私は扇子を広げ、伯爵令嬢の仮面を被って答えた。
「えぇ。私の従者ですが、何かありまして?」
ジロリと不躾に私の全身を眺めた後、真っ赤なドレスの令嬢が鼻で笑うように言った。
「あなたには勿体ないから、私の従者にしてあげる」
堂々と言われた言葉に伯爵令嬢の仮面を被っていたけど、思わず目が大きくなる。
遠まわしにテオスが欲しいと言われたことはあったけれど、ここまでストレートに言われたのは初めてで。
(さすが王城。いろんな人が集まっているわ)
妙なところで呆れながらも私は悠然と答えた。
「失礼ながら、それは私の一存では決められないことですので」
「まあ。自分の従者のことも決められないの? じゃあ、誰なら決められるのかしら?」
「私の父であるディラン・ローレンス辺境伯爵にご確認ください」
大抵の人はここで諦める。それだけ父の名前は知られているから……良くも、悪くも。
だけど、この令嬢は違った。なんとなく、そんな気はしていたけど。
「じゃあ、すぐに登城させて」
当然のような言い方。
(どうやら、貴族の中でも高位の爵位持ちのようね。それとも、王族? いや、王族ならお父様が領地にいることを知っているから、こんな無茶は言わないはず)
私は相手の出方をみるため、否定はせずに淡々と説明をした。
「生憎、父は領地におりまして。登城するにはかなりの日数がかかります」
すると、令嬢があからさまに表情を崩した。
「なによ、それ。私の言うことが聞けないってわけ? シュルーダー公爵家に逆らうつもり?」
シュルーダー公爵家。王族の親族で、貴族の中では一、二の権力を持つ家柄。
(確か、シェルーダー公爵家には娘が三人いたわね。長女と次女は嫁いでいるから……年が離れた三女のグレース・シュルーダー嬢……かしら。こんな絵に描いたようなワガママ令嬢とは思わなかったけど)
ざわざわと周囲が騒ぎ始める。
私は断ち切るようにパチンと音を鳴らして扇子を閉じた。
「王に呼ばれておりますの。失礼いたします」
邪魔なスカートの裾を蹴り上げ前に進む。悠然と真っ赤なドレスの隣を通り過ぎたところで、背後から声がした。
「辺境伯の娘ごときが」
ドロリとした小さな呟き。暗い感情を引きずった声。
この時の私は世間知らずの令嬢の軽い我が儘としか思っていなかった。のちに、あんな事件を起こすとも知らず――――――
私は案内人の後ろを歩きながら考えた。
(グレース嬢は辺境伯の重要性も知らずに単なる伯爵だと思っているのね)
辺境を任せられるということは、かなりの実力があるということ。力が弱い者が収めていれば、そこから他国に侵略される。だからこそ、忠誠心が高く、統率力、武力が強い者でなければ務まらない。
王家がその気になればローレンス家を潰すことはできるけど、代わりが務まる者はなかなかいない。
(平凡でも、普通でもないけれど、それでも私を愛し、育ててくれた両親と領民のために。私は長年続いているローレンス領の問題を解決させたい)
決意とともに私は顔をあげた。天高く見下ろす重厚なドア。両側に立つ見張りの兵。周囲より重く緊迫した空気。
これが王の執務室。
「中へ、どうぞ」
案内してきた使用人がドアを開ける。
紺碧の絨毯の先。豪奢な執務机で書類仕事をしている壮年の男性。
白髪混りの金髪に琥珀の瞳。まっすぐな鼻筋と整った顔立ち。目じりと口元に深いシワをたたえ、どことなくリロイの面影がある。
別名、黄金王。
見た目から付けられた二つ名だが、それ以上に本人からの強い輝きがある。気弱な人ならこの雰囲気にのまれ執務室に入ることもできないだろう。
テオスは従者のため執務室の外で待機。背後で閉まるドアの音を聞きながら私は王の前へと進んだ。
王と隣に立つ臣下の前で淑女の礼をする。
「お初にお目にかかります。ディラン・ローレンス辺境伯爵が娘、ソフィア・ローレンスでございます」
「よくぞ、参った。面をあげよ」
顔をあげた私を王がじっくりと値踏みするように見つめる。
「ふむ。ディランよりマルグリットに似たようで良かったな」
ディランは父の名前で、マルグリットは母の名前。どうやら王は二人と顔見知り……というより深い仲らしい。懐かしむような親しみを感じる。
私は伯爵令嬢の仮面を被って微笑んだ。
「ありがとうございます」
私の表情に王が少しだけ目を丸くする。
「ほぅ。感情をそのまま表現するディランとは違うようだな」
笑顔のまま固まる私。答えに困る話題は振らないでいただきたい。
そんな私に王が軽く笑った。
「困らせるつもりはなかったのだ。今回のローレンス領の知らせについて、だな」
「はい、そうです」
「ローレンス領の物流問題については長年の懸念であった。今回のことは解決する好機と考えている」
「だからと言って、私の婚約者にすることを報酬の一つにするのは、いかがなものかと」
「そうか? 婚約者が報酬というのは理にかなっていると思うぞ。自分の領地となる土地の問題となれば、本気で解決策を考えるだろうし、ディランも将来の婿の方が協力しやすいだろう」
「それは、そうですが……」
渋る私に王が軽く首を傾げる。
「そなたが提案したことだと聞いたが、何か問題があったか?」
私は数日前のカフェでの出来事を思い出した。
(追い詰められて咄嗟に言ったこととはいえ、王公認になるなんて思わないでしょ!)
言いたいことをグッと吞み込んで笑みを作る。
「どなたからお聞きになられたのか、お伺いてもよろしいでしょうか?」
あの場にいたのはリロイとテオスと私。もしかしたら、カフェの店員が……という可能性もある。ものすごく小さな可能性だけど。
王が平然と答える。
「我が息子のリロイからだ」
私は笑顔のままこめかみを引きつらせた。
(新手の嫌がらせかしら?)
怒鳴りたい気持ちを抑えていると、王が神妙な顔になった。そのまま私の顔色を伺うように話す。
「そなたには迷惑をかけると思うが、この話を受けてくれまいか?」
「……それは、どういうことでしょう?」
「ローレンス領の物流問題については何度も解決しようとしたが、様々な問題が重なりできなかった。今回のことで広く案を集めれば、今までにない解決策が出るかもしれぬ」
それについては私も賛成だ。
「はい。問題解決のために全力で協力するつもりでございます。それが領主の娘としての務めと考えておりますから」
「そうか」
同情を含んだ声。貴族間ではこうした利害関係による政略結婚は普通のこと。そこまで同情されるようなことではない。
(なのに、同情されるということは……)
「失礼を承知で申し上げます。今だけ本音で話してもよろしいでしょうか?」
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