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どうして、あいつがいるのよ!?

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 私の胸に深く刺さる剣。死を悟った私は最期に願った。

『もし、生まれ変われるなら、平凡な……普通の人に……』

 零れるような呟きは、私を見つめる琥珀の瞳とともに世界にとけた。


 ――――――こうして、最強にして最後の魔女と呼ばれた私の人生は終焉を迎えた……はずだった、のに。


「伯爵令嬢なんて平凡と程遠い! 魔力はないけど、前世の知識があるから、普通の人でもない!」

 私こと、ソフィア・ローレンスは煌びやかなドレスの裾を持ち上げ、息も切れ切れに王城の舞踏会から逃げ出していた。

 本日、王城で開催された舞踏会で社交界デビューをするはずだった私。辺境に住んでいたため、なかなか王都に来ることができず出遅れてしまったけれど。
 領地問題の解決と、婚約者探し。この二つの目的を達成するため、私は今まで培ってきた伯爵令嬢としての仮面を被って登城した。

 潤沢な資金で造られた広大な城。煌びやかな城内。
 それらに負けじと、私は悠然と背筋を伸ばし、優雅に舞踏会会場のドアをくぐった。
 耳障りな雑談と入り混じった香水の匂い。思わず顔をしかめかけた時。

 サァァ……

 一陣の風が抜け、私の淡い金髪をかきあげた。

 導くように人々が割れた先、華やかな令嬢たちに囲まれた一人の青年。

 燃えるような赤い髪に、襟足だけ長く伸びた独特な髪型。真っ直ぐな鼻筋に薄い唇。眉目秀麗な顔立ちに、太い首。胸板も厚く、背も高い、立派な美丈夫。

 周囲に人々が集まるのも分かるし、何も知らなければ、何も覚えていなければ、私もその輪に入っていたかもしれない。


 けど!


 私の体は頭が理解するより先に動いていた。音をたてずに踵を返し、驚く人々の前を全速力で爆走する。

「な、なんで前世で私を殺した、あいつがここにいるのよ!?」

 魔女だった直感が働いた。こいつは前世で私を殺した騎士の生まれ変わりだと。
 走りながら、ふと考える。

「あいつも生まれ変わってるなんて普通ならありえないし、私の勘違いっていう可能性も……」

 足を緩めたところで、背後から足音が迫ってきた。チラリと振り返れば、燃えるような赤い髪を振り乱した青年が鋭い眼光で追いかけてくる。
 しかも……

「ペティ!」

 私の前世の名を呼んだ。

「確定じゃない!」

 再び前を向き、走り出す。

「そもそも、なんで私が生まれ変わりって分かったの!? 執念? こわっ!?」

 背筋に感じる寒気を払うように逃げる。

「話を! 話を、聞いてください! ペティ!」

 どす暗い怨念のような執着の気配が無数の手となり私を捕らえようとする。

「私はペティという名ではありません!」

 否定しながら身を隠す場所を探し、薄暗くなってきた庭へ。

「生まれ変わったのに、また会うなんて……」

 前世の私は強大な魔力を持つ魔女だった。様々な魔法を使い、寿命も長い。けど、不死ではない。それでも、普通の人から見れば、それは畏怖の対象であり……
 幾度となく行われた魔女狩り。ついに、私は最後の魔女となり、世間から隠れるようにひっそりと森の奥で暮らしていた。誰とも会うことなく一人で過ごす日々。

 でも、そんな生活も数百年ほどして崩れた。突如、現れた騎士によって。

 道に迷ったというので、一晩だけ泊めて町までの道を教えた。すると、その騎士は人懐っこい笑顔で私のところへ通うように。

 人恋しくなっていたのであろう私は、迷惑顔をしながらも騎士の来訪を楽しみにするようになっていた。
 ある日は特製のお茶を淹れて待ち、ある日は騎士が好きだと言ったベリーパイを焼いて待つ。

 初めての感情に戸惑いながらも、とめられず。私がこの気持ちの正体を知ったのは、死の直前だった。

「私を殺すために……私を油断させるために、近づいたのね……」

 死の間際の呟きに顔を歪める騎士。私は胸に刺さった剣を見つめながら最期の願いを口にした。

「もし、生まれ変われるなら、平凡な……普通の人に……」

 こうして、私の魔女としての人生は終わった。


 なのに!


 生まれ変わること以外の私の願いはすべて砕かれていた。

「伯爵令嬢なんて平凡と程遠い! 魔力はないけど、前世の知識があるから、普通の人でもない!」

 私はドレスの裾を持ち上げたまま死に物狂いで足を動かした。こんなに走ったのは前世でも今世でも初めて。
 息も切れ切れの私に背後から声が迫る。

「待ってください!」
「あー、もう! しつこい! とにかく、今は逃げないと!」

 日が落ちた暮れの庭。薄暗く闇に染まる木々の間に身を滑りこませようとして、手を掴まれた。

「待ってください!」
「はなっ! 放し、て!」

 息が上がりすぎて言葉もロクに紡げない。手を振り払おうと必死にもがくけど、握られた手はますます力が強くなり……

「痛っ!」
「すみません!」

 青年がハッとしたように力を緩めた。手は放さなかったけど。むしろ体を密着させてきたけど。

「ペティ。話を……話を聞いてもらえませんか?」
「ですから……私は、ペティでは、ありません」

 こうなったら他人のフリ。知らぬ存ぜぬを通すしかない。
 息を整える私に青年が眉をひそめる。

「なら、なぜ逃げたのです?」
「そのような形相で迫られたら、誰だって逃げ出すと思います」

 私は掴まれていない手で扇子を広げると、ソフィアの仮面を被った。
 伯爵令嬢として生まれ育ったソフィア。辺境とはいえ、立派な英才教育のおかげで、そこら辺の王侯貴族にも負けない振る舞いが身についた。

「ペティ……?」

 青年が一瞬、戸惑いの表情になったが、すぐに笑顔になった。それはまるで私と同じ仮面のような笑み。だけど、目は笑っていない。

「これは失礼いたしました。あなたが知り合いに似ておりましたので、つい」

(知り合い……友人でもなく、知り合い……そうよね。殺した相手なんて、その程度)

 想像以上に胸が痛んだことにショックを受けながらも私は扇子の下で微笑んだ。

「人違いと分かりましたなら、放していただけません?」
「そう焦らずに。人違いも何かの縁。少し話を聞いていただけませんか?」

 早くここから立ち去りたい。でも、目の前の青年は話を聞くまで解放してくれる様子はない。
 私はワザと大きくため息を吐いた。

「わかりました。ですが、話を聞いたら手を放してください」
「はい」

 青年がホッとしたように表情を崩す。その顔に思わず胸が跳ねた。

(ダメよ。この人たらしの笑顔に、前世の私は騙され、殺されたんだから)

 いざ話をとなると青年が躊躇うように口ごもる。

「あの……立ち話も疲れますので、場所を移しませんか?」
「いえ、ここで聞きます。移動するのなら帰ります」

 しっかりと握られた手に密着した体。口調とは裏腹に私を絶対に逃がさないという意思。

(これ以上の譲歩なんてしてやるもんですか。むしろ、このまま移動したら監禁されそうだし)

 私の強い決意を感じたのか青年が言いづらそうに話を始めた。

「その、面白くない話なのですが……」
「私も暇ではありませんの。さっさと話してくださる?」

 扇子の下からジロリと睨めば青年の肩がビクリと動く。

 さっきまでの勢いはどこにいったのやら。

 私がやれやれと目を伏せると、青年が勢いよく土下座した。私の手を握ったまま。

「ペティ! あなたを殺して申し訳ありませんでした!」

 まさか、堂々と謝ってくるとは思わなかった。
 でも、ここで私がペティの生まれ変わりであると認めるわけにはいかない。

「その言葉通りに受け取るなら、謝って済むことではないと思いますが。そもそも、私を殺したと言うなら、ここにいる私は幽霊か何かかしら?」
「あの、これは、生まれ変わる前の話でして……」

 この青年は私がペティであることを全く疑っていない。そのため、ここで知らぬ存ぜぬを貫いていたら話が進まないだけ。
 仕方なく私は追求するのをやめた。

「時間が勿体ないので、細かい話はやめましょう。で、何か理由がありましたの?」
「え?」

 青年が間抜けな声とともに顔をあげる。

「そのペティという人を殺した理由です。こうして謝るのは、殺さなければならない理由があったからではありませんの?」

 私の問いに青年が俯いた。微かに体を震わせながらも、私を掴む手に力が入る。

「本当に……申し訳ありませんでした。私が軽率な行動をしたばかりに……」
「謝ってばかりでは分からないわ」
「国が……王が、ペティが持つ魔女の力を利用しようと……兵を動かしておりまして」
「魔女狩りをしようとしたのね」

 どれだけ狩っても終わらない。最後の一人まで狩り尽くそうとするなんて。なんて身勝手な人たち。

「いえ、違います」
「え?」

 首を傾げる私に青年が顔をあげた。

「王はあなたを娶ろうとしました。側室として」
「側室ぅぅぅぅう!?」

 予想外すぎる! 何がどうして、そうなった!?

 驚愕する私を月明りが静かに照らした。


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