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先王登場

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 入り口を塞ぐように並ぶ魔導師たち。極度の警戒心とともにピリッとした緊張が走る……が、落ち着いた広間の様子に拍子抜けした空気に。
 ざわざわと魔導師たちが訝しむ中、一人の男が出てきた。

「で、何があったのかな?」

 短めの鳶色の髪に、糸のような細い目。左頬に大きな痣がある30代後半の魔導師服を着た男が穏やかにルーカスへ質問をしたのだが。

「何もない」

 ルーカスがあっさりと切り捨てた。
 しかし、男は慣れた感じで穏やかに問い詰める。

「あっただろ?」
「知らん」
「報告書を書くのが面倒だからって、誤魔化そうとしても無駄だよ」

 にっこり笑顔で追求。態度と言葉は柔らかいが、なんとも言えない圧がある。

「……」

 それでもルーカスは無言のまま。
 埒が明かない状況に王弟が声を挟んだ。

「報告書はこちらで書かせる。今はこの者の対処が先だ。魔力封じをして牢へ連れて行け」

 その命令に全員の目が修道女に集まる。
 そこで、シルフィアが声を出す前に王弟が言葉を付け足した。

「重要参考人だ。丁重に扱うように」

 その言葉に修道女が少しだけホッとした表情になる。それから、おとなしく魔導具で両手を拘束された。

「来い」
「はい」

 憑き物が落ちたようにスッキリとした表情で、淑やかに踏み出す。胸を張り堂々と歩いていく姿は、修道服ではなくドレスをまとっているかのようで。ふわりふわりと優雅に一歩づつ進んでいく。

 そして、広間から出る前に足を止めた。

 両側を挟む魔導師に声をかけて許可をもらい、優美に振り返る。両手は前に拘束されたまま凛と顔をあげ、軽く膝を折って淑女の礼をした。
 その毅然とした姿は侯爵令嬢としての誇りを取り戻しており、別人のようであった。



 ほとんどの魔導師たちが下がる中、なぜか数人だけ残っており、その中で唯一服装の違う男が出てきた。
 その姿に王弟が声をかける。

「どうして、父上がここに?」

 父上という単語に亜麻色の髪がピン! と伸びる。

(まさか! まさか、ここで先王ご本人が登場!? 王位を譲られて隠居され、人前には姿を見せなくなった、先王が!? この目で実物を拝見できる日が来るなんて!)

 魔導師と似た黒い服を着た初老の男。
 王族の特徴である白金髪はほぼ白くなっているが、王弟と同じ青い瞳。目じりと口元に深いシワがあるが、年齢を感じさせない覇気と佇まい。
 そんな先王がアンドレイとルーカスに声をかける。

「大儀であった」

 王弟とは比べ物にならないほどの風格と威厳に満ちた声。だが、不思議と緊張するものではなく、どこか柔らかく落ち着きを含む。

 その青い瞳が棒立ちの宰相の方へ動いた。
 それだけで亜麻色の髪がピクピクと跳ねる。

(やはり、一番に気にするところはそこですよね! 大丈夫です! 私がこっそり守護魔法で傷一つ付かないように守っていましたから! ですが、宰相が傷を負い、先王が直々に治療するという展開を捨てがたく……相手に気取られないように痛みを堪える宰相。そこにワザと強く薬を塗りこんで顔を歪めさせる先王。普段は冷淡で表情を崩さない宰相だからこそ、先王の前では痛みを、弱みを見せ……あぁ! なんて素晴らしい!)

 相変わらず無表情のシルフィアだが、心の中では口元を緩め、涎が垂れる一歩手前。翡翠の瞳がうっとりと天を仰ぎ、トリップしかけている。

 そこで、腰を抜かしていたチャペス侯爵が立ち上がり何かを訴えた。しかし、灰色の太い糸に封じられた口からはフガフガと声が漏れるのみ。

(せっかくの善き場面でしたのに! これ以上、邪魔しないでください!)

 腹立たしさを隠したシルフィアがサッと手を振る。すると、灰色の太い糸が消え去り、チャペス侯爵が矢継ぎ早に訴えた。

「すべて思い出しました! 宰相です! 宰相が私に大魔導師の婚約者を養女にするように言ったのです! 記憶がぼやけていて……クソ! 何故、忘れていたのか!?」

 しかし、その宰相は無言のまま。灰青色の瞳は焦点が合わず、ただ前を向いている。
 この状態に先王が感情の見えない目でシルフィアに問いかけた。

「宰相はどのような状態だ?」

 心配しているとは思えない淡々とした声音。だが、それでもシルフィアの妄想をかきたてるには十分で。

(先王として己の感情を表に出すことは決して許されない! それでも、心配を隠せず状況を訊ねる、そのお姿! 尊すぎます!)

 と、いう感動に心を震わしている様相など一切見せず、シルフィアは優雅に頭をさげた。

「魔法を強制解除いたしましたので、相手にかけていた魔法が己に返った状態です」

 つまり、修道女と同じように心の中に閉じ込められ、動けなくなっている。
 その答えに、先王が鷹揚に頷いた。

「ここで起きたことを含めて、影から報告は聞いている。顔をあげよ」

 命令に従い、顔をあげると青い瞳が探るように見下ろしている。

「宰相が犯人だと、いつ気が付いた?」
「違和感を覚えたのは、チャペス侯爵の屋敷から魔法陣が発見されたと騎士が報告した時です」
「どのような違和感があった?」
「魔法陣が描かれた紙を持ってきた騎士が、大勢の人の前で見せつけるように報告をいたしました。ですが、軍では重要な報告をする時は耳打ちか、場所を変えます。まるで筋書きがあるような雰囲気でした」

 先王が話しているため、口出しできないアンドレイがグッと小さく唸る。

 この筋書きを考えたのはアンドレイだった。チャペス侯爵は長い戦争で汚職と賄賂が軍内に蔓延していた頃に軍師に着任。そのため、いまだに軍では軍師を中心とした賄賂と不正があり、騎士団長であるアンドレイはその対処に苦慮していた。

 チャペス侯爵の屋敷を捜索し、見つかった不正の証拠を大勢の前で発表して失脚させ、不正の繋がりを持つ貴族も芋づる式に摘発していく。そう計画していたのだ。
 まさか20年前に聖女を毒殺した犯人を操っていた魔法陣が見つかるとは想像もしていなかったが。

 そのことを暗黙の了解で容認していた王弟がシルフィアに訊ねる。

「だが、それだけでは犯人が宰相とは分からなかっただろう? どうやって、宰相が犯人だと見抜いた?」
「たしかに、その時は誰が犯人か分かりませんでしたので、魔法陣から出ている魔力の繋がりを探りました」
「魔力の繋がりを可視化せずに探ったというのか!? どうやって!?」

 思わず声をあげたアンドレイに対して、シルフィアが頬に手を当てて首を傾げる。

「そう言われましても……探れますよね?」

 同意を求めるように隣に立つ弟子へ視線をむける。
 すると深紅の瞳が困ったように細くなり、困ったように苦笑した。

「そこは、人それぞれかと。得手不得手もありますし」

 ほとんど、というかシルフィア以外の人は全員が不得手になる。しかし、シルフィアはそうですか、と軽く納得して前をむいた。

「そういうことです」

 にっこりと微笑んで強制的に話を切る。
 そこに騎士が駆け込んできた。そのままアンドレイに報告しようとして、先王と王弟の姿に騎士の礼をする。

「私たちのことは気にせず職務を遂行しなさい」
「ハッ! 失礼いたします!」

 先王の言葉に騎士が素早くアンドレイへ耳打ちする。

「わかった」

 大きく頷いたアンドレイが完全に気を抜いていたチャペス侯爵を睨む。

「チャペス侯爵の屋敷より横領と賄賂の証拠が見つかった。よって、連行する」
「ハッ!? なっ!? やめろ、おまえら!? 私は軍師だぞ!」

 取り囲んだ騎士が素早くチャペス侯爵を後ろ手に縛り、拘束する。

「失礼します」
「先王! これは何かの間違いで!」

 自分の潔白を訴えようとするチャペス侯爵を数人の騎士が無理やり広間から引きずり出していった。



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