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第二章・片思い自覚編〜帝都へ

豪華な城の裏では

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 興味ない話を聞かされながら、クリスはようやく客室に通された。ルドに誘導されてソファーに腰をおろし、そっと一息つく。
 雰囲気が氷点下まで下がったルドがベッピーノに言った。

「少し休みますので、席を外してもらえませんか?」
「そうですな。お疲れでしょうし、もう少し時間がありますから。では、晩餐会でお会いしましょう」

 ベッピーノがあっさりと退室する。ルドが部屋全体に隠匿の魔法をかけ、珍しく盛大にため息を吐いた。クリスは包帯を外しながら言った。

「プライドだけ高い、面倒なヤツだな」
「晩餐会は辞退させてもらいたいです」
「私たちは客人だ。客人として最低限の礼儀はせねばなるまい。女で目が見えないという設定の私なら免除されるだろうが」
「……ずるいです」

 思わず本音が漏れたルドだが、すぐに顔を引き締めた。

「仕方ありません。師匠の食事は部屋に運んでもらうようにして、晩餐会は私だけ出席します」
「それが無難だな」

 包帯を外したクリスは室内を見渡し、怪訝な顔になる。

 窓枠や柱は黄金に輝き、宝石が縫い込まれた布を使ったソファーやベッド。使い心地を無視した、見た目重視の客室。

「いろんな金をつぎ込んでいそうだな」
「そうですね」

 すんなりと同意したルドの様子からクリスは肩をすくめた。

「この部屋に来るまでに、長々と自慢していたが、見なくて正解だったみたいだな」
「はい。見かけばかり派手で中身がない物がほとんどでしたから」

 クリスは座り心地が悪いソファーに視線を落とす。

「つまりに偽物か。確かに一見すると宝石のようだが、よく見ると質が悪いクズ宝石だな」
「本質が見抜けない人は、甘い言葉に利用されて終わりです」 

 ルドが珍しく辛辣な言葉を口にする。

「どうした? なにかあったか?」
「いえ。ただ、この様子だと不正に税金なども徴収していそうで、領民のことを考えると憤りを感じただけです」
「そうか」

 クリスはそれ以上、聞かなかった。
 ずっと包帯で目を隠していた自分とは違い、ルドは何かを見たのかもしれない。だが、それは今対処できる問題でもないし、ここは通過するだけの街。世直しが目的ではない。

 物思いにふけるクリスに、ルドが静かに訊ねた。

「師匠は夕食を早めにしてもいいですか? 目が見えないという設定ですので、誰かが食事の介助をしないと怪しまれます。自分が介助をすると言えば、師匠が自分で食べられますから」
「護衛の、しかも親衛隊が食事の介助をするという話も、なかなか無理があるぞ」
「そこは押し切ります」

 目に包帯を巻いたまま見ず知らずのメイドに介助されて食事をするより、多少怪しまれても自分で食事をしたほうが楽ではある。

「……そうするか」
「はい。では、領主と話してきます。師匠は部屋に鍵をかけて誰が来ても開けないで下さい」
「わかった」

 ルドが呼び鈴で執事を呼び、用件を伝えて領主に会いに行った。


 ルドの要望は否定されることもなく、あっさりと通った。
 執事とメイドがワゴンに乗せて来た食事をルドがクリスの部屋の前で受け取る。こうして、クリスは自分で食事をすることができた。

 その間、ルドが窓や暖炉など外部から侵入できそうなところに侵入防止の魔法をかけ、薄い壁には強化魔法をかける。

「念入りだな」
「なるべく早く戻りますが、なにがあるか分かりませんから」
「それもそうだが、ある程度なら自分の身は自分で守れるぞ」
「ですが……」

 心配そうなルドにクリスは口角を上げた。

「おまえが来るまでぐらいなら持ちこたえてやる。だから何かあったら、すぐに来いよ」

 ルドがポカンとした後、慌てて大きく首を縦に振る。

「はい! 絶対! すぐ! 駆け付けます!」

 気合が入ったルドとは反対に、クリスは優雅にデザートのフルーツを口に入れた。

「頑張ってくれ」
「はい!」
「元気だな」

 息を吐くように出たクリスの言葉にルドの表情が曇る。

「すみません、かなり無理な移動をさせてしまいまして……」
「そこはセルティが謝るところだ。あいつはいつも無茶ばかりさせる」
「いえ、自分にもっと力があれば師匠に負担をかけない移動ができたかもしれません」
「もし、という話をしても仕方あるまい。それに、これぐらいなら休めば回復する」

 ルドが威勢よく拳を握る。

「自分は外で見張りをしますので、ゆっくり休んで下さい」
「晩餐会に呼ばれているのではないのか?」

 クリスの指摘にルドの顔が引きつった。

「断ったのですが、押し切られました……出来るだけ早く帰ってきますので、師匠は先ほどと同じように鍵をかけて、誰が来ても開けないでください」
「あとは寝るだけだし、こちらが呼ばない限りは誰も来ないだろう。お前も私の部屋の前で見張りなどしなくていいぞ」
「ですが……」

 渋るルドにクリスは肩をすくめる。疲労のせいか、ポロッと本音が出た。

「お前だって疲れているだろ。休める時にしっかり休むことも大切だ」
「……師匠」

 どこか感動しているルドからクリスは慌てて顔を背ける。

「い、移動中に疲労で倒れても困るからな!」
「あ、それなら大丈夫です。野営と比べれば、かなり体を休めますから」
「そうか」
「はい」

 ドアをノックする音が響き、執事の声がした。

「晩餐会の準備が整いました」
「うっ……」

 ルドが彫刻のように固まる。クリスはルドの足を蹴った。

「さっさと行ってこい」
「……はい」

 先ほどまでの頼もしさや勇ましさは、どこへやら。売られる子牛のように哀愁を漂わせながら、空の食器が乗ったワゴンを押して部屋から出て行った。

「とにかく休むか」

 ルドの前では普通を装っていたが、疲労はかなり溜まっている。
 クリスは部屋に鍵をかけると、準備されていた寝間着を手に取った。そして固まった。

 寝るだけなのに、ここまで必要かというほどレースとフリルで飾られた、白い絹の寝間着。首もとにもレースで作られたリボンがある。

「……今だけだ。今だけ。あとは寝るだけだ。誰も見ない」

 クリスはそう自分に言い聞かせると、着替えてそのままベッドに倒れこんだ。







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