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クリスの挫折と秘密

ルドによる様々な失敗〜ルド視点〜

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 風呂で汗を流して部屋で朝食を食べたルドは、ガラス張りの小屋へ移動した。
 昨日と同じ場所にクリスが椅子に座っていたが、外を向いた顔は覇気がない。

「師匠?」
「あぁ、来たか。昨日と同じように魔力の流れを掴む練習をするぞ。今日はこの苗を成長させて、実をつけてみろ」

 そう言ってクリスが出したのは、芽が出たばかりの植木鉢。ルドはクリスの反対側に座った。

「はい、やってみます」

 芽に触れ、魔力を探る。昨日の植物に比べ、芽は小さく魔力も少ない。
 これは魔力を感じるだけでも至難だが、それよりもクリスが気になり、ルドは集中できなかった。

 再び視線を外に向け、ボーとしているクリス。何を考えているのか、まったく分からない。

 芽に触れたままチラチラとクリスを見てしまう。

(どうすればいい? なにか自分にできることはないか……)

 なにも出来ない、声もかけられない自分に歯がゆさを感じるルド。

 そのまま時間が流れる。

 しばらくして、カルラの驚いたような悲鳴に近い声が響いた。

「どうされました!?」

 その声に二人が顔を上げる。芽は細い木となり枝を天井まで伸ばした後、蔦のように張りつきブドウを垂らしていた。

「あ、あれ?」

 ルドはすっかり様変わりした天井に慌てる。クリスが周囲を確認して言った。

「他の植物に影響はなさそうだから、このままでいい。とりあえず休憩だな」
「いいんですか?」
「あぁ。ちょうど紅茶が来たしな」

 いつもなら怒りそうなクリスが淡々と流す。そのことに、紅茶を持ってきたカルラも驚いた。

 そして、その後もこの調子だった。

 庭で傷を治す練習をしようとして、雑草を伸ばしても。キッチンの竈で弱火を維持しようとして、周囲にあった水瓶の水を沸騰させても。書庫で勉強しようとして本棚から全ての本を落としても。

 普段なら確実に怒るクリスが一言二言で終わらせる。そんなクリスを気にして、ルドは余計に失敗する。
 その悪循環により後始末に追われる使用人たち。
 ついにカルラがクリスとルドを止めた。

「今日は終わりにして、お二人ともお休みください」
「……そうか。では、また明日だな」

 クリスがさっさと自室に戻る。その様子にカルラが大きくため息を吐いた。

「いつものことですが、今回は少し時間がかかりそうですね」
「いつものことなのですか?」
「はい。治療をした方が亡くなられた後は、いつも。ただ普段でしたら、もう少しマシなのですが……」
「……そうですか」

 カルラが少し考えてルドを見た。

「申し訳ありませんが、本日も泊まっていただけませんか? もしかしたら今夜、クリス様に何かあるかもしれませんから」
「何か?」
「昨日の夜のように眠らせないといけない、かもしれません」
「……わかりました」

 本日も客人として迎えられたルドは昨日と同じように過ごした。
 だが、夕食ではクリスとの会話はなく、風呂場で出会うこともなく、全てが物足りなく過ぎた。

 そうして就寝して、夜も更けた頃。

 眠っていたルドは魔力の乱れを感じて目が覚めた。
 自分の魔力の乱れではない。クリスの魔力の乱れ。しかも、感情も乱れている。

 ルドは部屋を飛び出し、若い女性がいた部屋へ走る。すると、叫び声が聞こえた。

「クリス様! しっかりして下さい!」
「お気を確かに!」
「離せ! 治療の邪魔をするな!」

 寝間着姿で頭にタオルを巻いたクリスを数人のメイドが押さえる。
 だが、クリスが聞く様子はなく空のベッドに手を向けた。そこは昨日、若い女性が寝ていた場所。

「師匠! すみません!」

 魔法を使いそうなクリスにルドが飛びかかる。

『雷にて動きを止めよ』

 昨日と同じようにクリスの鳩尾に拳を叩きこむ。

「クリス様!」

 慌ててやってきたカルラが少しだけ悲しそうな顔をした。

「ご迷惑をおかけしました」

 カルラがルドに頭を下げた後、メイドたちに指示を出す。

「ありがとう。あとは私に任せて、みんなは休んで」
「はい」

 メイドたちが静かに解散する。カルラがルドの腕の中で眠るクリスを見た。

「入浴をされた後、そのまま眠られたので油断しておりました。すみませんが、このままクリス様を自室まで運んで頂けませんか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます」

 ルドはカルラに案内されるまま屋敷の奥へと歩いた。

「思ったより、広い屋敷ですね」
「奥には使用人専用の住居もあります。正面からは全容が見えないように庭木を配置しておりますが、実際はかなり広大です」
「考えて造られた屋敷なんですね」
「いろいろありますので」

 カルラが普通のドアの前で足を止める。 

「こちらがクリス様の自室になります」

 ルドはカルラに誘導されて部屋に入った。
 窓が二つと、ベッドに机と椅子。あとは本棚に大量の本、という質素な部屋。

「ベッドに寝かせてください」

 ルドは言われるままクリスをベッドに下ろした。
 穏やかに眠るクリスにポツリとこぼす。

「師匠でも救えない命があるのか……」
「クリス様も人間です。できることと、できないことがあります。そして傷つきます」
「あ、いや、それは分かっています」

 慌てるルドにカルラが微笑む。

「だからこそ気兼ねなく寄り添える人が、そして頼れる人が必要なんです。クリス様は強いように見せているだけですから」

 カルラが申し訳なさそうに話す。

「もう少しクリス様をお願いしても、よろしいですか? クリス様は私たち使用人が相手だと、どうしても遠慮しますので」
「わかりました」
「ありがとうございます。今日は私が不眠番ですので、何かありましたら呼び鈴でお呼び下さい」

 カルラが退室すると、ルドはベッドの隣にある椅子に腰をおろした。暖炉では小さな火が灯り、時折パチンと音をたてる。

「加減が足りなかったかなぁ……」

 打撃とともに全身が痺れさせ、敵を無傷で捕まえる魔法がある。それをクリスに使ったのだが、予想以上に効いたのか目覚める様子がない。

「……師匠」

 ルドはクリスの白い手を両手で包むと、そのまま額をつけ、昨夜のことを思い返した。

 大量の血と若い女性の死に、我を見失ったクリス。
 あのまま治療を続けていれば、クリスが自身の魔力を使い、二度と魔法が使えなくなるか、クリスまで死んでいた。
 そうなる前に、クリスを強制的に止めた。


 治療師を目指しているのに、治療より師匠の命を優先した。


 クリスに怒られても罵られても貶されても、かまわない。最悪の場合、師弟の解消も覚悟していた。

 クリスを失いたくない。その一心で。

 翌朝、クリスはいつも通りで、そのことに安堵して。それから、ますますクリスを尊敬した。

 どんなことがあってもクリスは自分を強く持ち、前に進んでいるのだと。

 だが、それは違った。

「治せなかったことに傷ついているのに……」

 初めて若い女性と会った時、母親から治療を懇願されたが、クリスは治療に積極的ではなかった。それは若い女性が治療を望んでいないことを見抜いていたから。

 治療より安穏な死を。そう望む者もいる。

 クリスは若い女性の望みに気づき、痛みを消すだけの治療をした。
 だが、痛みを消したことで女性の意志が変わった。もっと生きたい。最期まで希望を持ちたい、と。

 だから、クリスはそれに応えようとした。自分の命を賭けて。治療を望む者には全力で応える。

 それでも治せない時もある。
 その度に、悔しさと自分の無力さに打ちひしがれ、傷つき、それでも治療師を続けている。


 ――――――――ぽとり。


 クリスの白い手に雫が落ちた。




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