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挿話(7)一方その頃③

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 カチャン、とカケルの手からフォークが滑り落ちた。

 最近ようやくナイフとフォークの扱いに慣れてきたところだったが、たった今もたらされた知らせに思わず動揺してしまい、取り落とさずにはいられなかったのだ。

「えっ? 勇者が現れた、だって──?」
「はい、西の町のギルドで確認されたらしく」
「……ど、」
「……?」

(どうすれば……?!)

 不安に揺れていた。
 カケルは本物の勇者でないのだから、現れたのは本物の勇者だろうか。

「勇者様におかれましては、直接ご確認頂きたく」
「あ、ああ」
「今すぐ西の町へご出立ください!」
「えっ……」

 驚いた拍子に、口に放り込んだステーキの欠片をそのまま飲み込みそうになって慌てるカケル。

 以前は、もし本物の勇者が現れれば手足のようにこき使えばいいのだと思っていた。
 しかし、ここのところの奇妙な状況のせいで、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

 最近、あちらこちらで魔獣……それも高位魔獣が出現し、その度に勇者の名目でカケルが頻繁に招聘されるのだ。
 ここ五十年はほぼ平和だったはずの国に、突然高位魔獣が出現したり、勇者が討伐隊の先陣をきること──それ自体は別におかしなことではない。
 頻度にしても、頻繁にとは言っても無理のないスケジュールで行き来できるほどであるから、死ぬほど忙しいわけでもないが。

 ただ、ただ、気持ちが悪いのだ。

 カケルは魔獣を前にすると、いつも意識が途切れてしまう。
 魔獣の恐ろしさに、自分が気絶でもしていたのかと思えばそうではないらしい。

 魔獣を前にすると遠のく意識、そして我に返ると無傷の彼の前に転がる、魔獣の死体──そう、一番最初の討伐の時と同じように。
 討伐隊からは歓声が上がり、知らないうちに積み重なっていく功績。

『さすが勇者様!』

 称賛されるのは嫌いじゃないけれど、さすがにこれは気味が悪すぎる。
 二重人格とかなのだろうか? もしかして、知らない間に別人格が手持ちのスキルを駆使して、魔獣をやっつけているのだろうか?

 カケルの戦っている姿を見たかどうか、同行した騎士たちにそれとなく聞いてみたものの、彼らははっきり見てはいないのだと言った。

 魔獣とカケルが光に包まれて、その光が消えると魔獣は既に切り裂かれているらしい。

(くそっ! 一体どうなってるんだ?!)

 けれど、誰にも相談できるわけがない。
 自分は勇者じゃないはずなのに魔獣が倒せるなんておかしい、とか言えるはずがないからだ。

 そしてさっき『勇者』が見つかったと言った。

「な、何でオレが行かなきゃいけないんだ? 見つかったならここへ連れてこればいいんじゃないか?」

「それは……!」

「勇者様、参りましょう」

 カタン、と小さな音立てて、ナイフが皿の上に置かれた。

「アリステラちゃん……?」

「同じ時代に勇者が二人も現れたという話は、今まで聞いたことがありません。カケル様はステータスカードでも実際の討伐でも、勇者の資質をすでに示しているわけですから、もしかするとその者は、勇者を騙る偽者かもしれません。そんな素性のわからない者を城にあげるわけにはまいりません。こちらから出向いて確認し、偽者ならば処置をしなくては」

 表情なく語るアリステラに、少しゾッとするカケル。

(美人の無表情、怖いじゃん……どうしよう。でも、行かなければ、オレの方が偽勇者じゃないかって疑われるかもしれないよな?)

 そうなれば、されるのはカケルの方だろう。

「陛下には?」
「既に報告済みです」
「わかりました。さぁ、行きましょう、勇者様」

 アリステラがサッと手を挙げると、控えていた侍従がスっと椅子を引いた。
 立ち上がった彼女は、もはやカケルを振り返らずにスタスタと歩いて食事の間から出ていってしまった。

「あー……仕方ねぇな。面倒だけど行くか……」

 カケルはとりあえず、皿に残ったステーキを口に放り込んでから立ち上がった。





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