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挿話(6)噂と真実

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「勇者様の話、お聞きになりましたか?」

「ああ、お一人で災害級の魔獣を退けたっていう、あれですか?」

 王城内はその噂で持ち切りだった。

 南の町に恐ろしい高位魔獣が現れたが、今代召喚された勇者が早速聖剣を顕現させて高位魔獣を退けたらしい、と。

 魔獣の前で目眩しのための光魔法を発動した勇者が、姿を消したと思ったら、次の瞬間にはすでに魔獣が倒れていたらしい。
 勇者は、目に見えぬほどの早業で魔獣を倒したとして『閃光の勇者』という二つ名で呼ばれるようになった。

「なんでも、聖剣の顕現が歴代でも最速らしいですよ。そのため『光速剣』と呼ばれているのだとか」

「勇者様がいてくだされば、この国も安泰ですね」

(一体、どうなってるんだ、これは……)

 その話を柱の陰で聞いていたカケルは、呆然としていた。
 そこかしこでまことしやかに囁かれるこれらの情報は、事実ではない。
 何故ならば、カケルはあの時の魔獣を討伐などしていないからだ。

 あの時カケルの前に姿を現したのは、巨大な蜘蛛の魔獣だった。

 四、五メートルはありそうな体高。
 黒光りする身体。
 もじゃもじゃと毛が生えた足は人間ほどの太さがあり、鋭い爪先が地面を深く抉っていた。

 特に印象深かったのは、カケルという獲物を捉えた赤い複数の眼──それを向けられるとカケルは、蛇に睨まれた蛙のように足がすくんで動けなくなった。

 カケルを見つけた巨大蜘蛛は、やたらとギラギラした前足を振りかぶって、彼めがけて振り下ろそうとしていた。

 恐怖だ。恐怖でしかない。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ──────っ!!!!!」

 咄嗟に、隠蔽のスキルを使って、を隠してしまった。

 そして、走って逃げた。
 逃げたのだ。
 逃げた、のだ。
 逃げたのに──逃げたはず、なのに──。

 大きな歓声が鼓膜を揺らし、カケルはハッと我に返った。

 逃げたはずのカケルは、剣を両手で構えていて、目の前には黒々とした蜘蛛の巨体が横たわっていた。

 気がついたら魔獣は倒されていて、周囲の兵士たちから称賛を浴びていたのだ。

 自分でも何を言っているのかわからないが、それが事実なのだからしょうがない。

 本当に、どういうことなのだろうか?

 狐にでも摘まれた心地だ。

 城下町では大歓声に迎えられて、そのまま馬車に乗ってパレードする羽目になった。

 城でも、帰還祝いのパーティーが開かれ、国王から勲章と報奨を授けられた。

 ただ、残念ながら『褒美をとらそう』『では王女様を頂きたい』『私を幸せにしてください、勇者様』という訳にはいかなかったが。

「…………」

(うーん……記憶にはないけれど、万が一くらいには、オレが本当に勇者スキルに目覚めた可能性も……あるんじゃないかな~? ……って……いや、それはないみたいだ)

 部屋に戻ってステータスを呼び出したカケルは、肩をすくめて首を振った。
 隠蔽と偽装を解除すると、見慣れたスキルと称号がステータスに現れたからだ。

(待てよ? そういえばいるじゃないか。あの蜘蛛を討伐できる可能性がある人物が一人!)

 それは、本物の勇者だ。
 
「勇者が南の町に予め潜伏してて、オレのピンチに現れて、魔獣を討伐してすぐに姿を消したってことか? 何のために──? それとも、実は同行した騎士団の中に本物の勇者がいたとか……? それもありうる……」

 どちらも可能性としてはありうる。

 今更カケルが勇者に目覚めた説より、ある意味信ぴょう性が高い。

 それよりわからないのは、何故名乗り出ないのか、だ。

 この国の人々の歓迎ぶりからして、勇者の称号を得ることは名誉なことのようだ。
 勇者でありさえすれば、働かなくても何不自由なく生活できるし、王族という後ろ盾もできるのでメリットは大きいはずだ。

 それなのに名乗り出ないのは、何かやましいことでもあるからだろうか?

(それとも公にできない理由があるのか……? 人前に出られない顔をしてるとか)

「きっとそうだ……ははっ。じゃあ遠慮なくこの状況を利用させてもらおっかな」

 もし、本物の勇者が現れたとしても、問題ないじゃないか。
 むしろ、今後の魔獣討伐関連は全て、そいつがやってくれればいいのだから好都合だ。

「何だ。何も問題ないじゃん! 心配して損した~!」

 ふぅ、と息を吐き、ゴロンとベッドで横になった。

「アリステラちゃん、なかなかヤらせてくんないし。たまってんだよね。仕方ないから神殿にでも遊びに行こうかな~」

 ドアの外には今でも、護衛という名の監視が立っているが、隠蔽のスキルを使えば部屋を抜け出すのは簡単だ。
 二、三時間抜け出して神殿へ行くぐらい造作もない。
 そうは言ってもそれなりに面倒だから、できれば手近で済ませたいのが本音なのだが。

「お城だけあって、侍女ちゃんたちもなかなかレベルの高い子が多いんだけどな~。今はまだ手を出せないんだよねぇ……いつかは食っちゃいたいけど」

 実際、侍女たちからは好意的な視線を感じる。
 勇者というだけでホイホイついてきそうな尻軽そうな娘から、男慣れしておらずうぶそうな娘までよりどりみどりだ。

 ただ、城内は誰の目があるかわからない。
 適当に侍女たちをたぶらかして事に及ぶのは、危険性が高すぎる。

 もう少しでアリステラを攻略できそうな今、あえてそんな危険を冒す必要はない。
 アリステラは今、ギャルゲーで言えば好感度MAXの状態のはずだから。

(あと一押しすれば、デレてエロいスチル拝めそうなんだよな~)

 それはもはやギャルゲーじゃなくてエロゲーなのではないか? というツッコミをする者は、残念ながらここにはいなかった。







──────────
*次話から近江くん視点に戻ります~。
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