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挿話(5)偽勇者の初陣

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 それが、何故こんなことになっているのだろうか。
 いくら考えても、カケルにはわからなかった。



◇◇◇



 アリステラとの一夜に向けて、カケルは念入りに身支度をした。
 今夜上手くいけば、文字通り一国の主になれるかもしれない……そう思うと期待で身体が震えた。

 身体は隅々まで洗った。
 浴室にあった香油もふりかけた。

 後は、アリステラの訪れを待つだけだった。

(夜中に男性の部屋を訪ねるだなんて、この世界の女性もあ意外と積極的だよね)

 カケルが落ち着かない様子で、ベッドに腰かけたり鏡で自分をチェックしたり、押し倒すシミュレーションなどをしてウロウロしていると……。

 ──コンコン。

 部屋をノックする音が届いた。

(キぃタぁぁぁぁぁぁ──っ!!)

 逸る気持ちを抑えて、ドアを開けるカケル。

 果たしてそこには、匂い立つような色気を纏ったアリステラが立っていた。

 ドレスを着ている時はしっかり結い上げられていた髪も、今は緩く肩の辺りで結んでいるだけだった。
 肌全体がほのかに紅く染まっているのは、湯上がりだからだろうか。
 身にまとっているナイトドレスは、薄手なのか彼女の身体のラインが際立っていた。
 こうして見るとコルセットなどを締めなくても、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、素晴らしい体型だということがよくわかる。

 ゴクリ、と唾を飲み込んで、カケルはその細くて柔らかい腰に手を回した。
 引き寄せた時にほわっと香ったのは、湯上りの蒸気に混じる桃のようなかぐわしい香り。

 脳内と下半身が大分騒がしいことになっているが、悟らせないように平静にふるまう。

 ここまで来て逃げられたくはない。

(へへ……いただきまーす)

 しかし、彼女が足を踏み入れ……扉が閉まろうとするその時。

 バタバタと騒がしい足音が近づいてきた。

 閉まる直前のドアに、グイッと誰かの手が差し込まれて、めいっぱい引き開かれた。

 ──バタン!

「……っ?!」

 今まさに彼女の顎に手をかけていたカケルは、ビクッと肩をふるわせた。

 ズカズカと部屋の中に足を踏み入れてきたのは、城の兵士だった。

「失礼します! 緊急事態なのでお許し頂きたく!」

「緊急事態……?」

「はい、先程、南の町で高位魔獣が確認されたそうです! すぐに討伐隊が編成されますので、勇者様にもご同行頂くようにと、騎士団長からの伝言です!」

「えっ……」

 カケルは固まったまま、兵士の言葉を頭の中で反芻していた。

 高位魔獣……?
 討伐隊……?
 勇者……?
 同行……?

「勇者様、すぐ行きましょう! わたくしも同行します。馬車を用意しなさい!……あ、勇者様、馬は乗ることは出来ますか? 馬の方が早いのですが……」

「……馬……は、乗れ、ない……」

 咄嗟にそう答えるだけで精一杯だった。

「では、ご不便をおかけ致しますが、わたくしと馬車にご同乗くださいまし」

 先程までの甘い空気は完全に霧散していた。

 代わりにキビキビと兵に指示をだすアリステラは、すでに王女の顔を取り戻していた。



◇◇◇



 剣を振るったことはない。あるはずがない。

 あるはずがないしできるはずがない。

 なのに、なんでこうなっているのだろうか──。

 カケルはひたすら自問しながら、同行した騎士団員から渡された両刃の剣を両手に構えていた。

 重い。

 ラノベの主人公たちが、事もなげに振り回していると思われる実物の剣、非常に重い。
 何なら筋肉が悲鳴をあげていて、ブルブルと震えている。
 鉄製なのか?
 それとも異世界ならではの金属なのか?
 どちらにしろもっと軽量化しろとカケルは言いたい。

「勇者様っ! 私たちが魔獣を誘き寄せて参りますのでお願いします!」

 カケルに剣を手渡した兵士は、そう叫びながら走っていってしまった。
 
(おかしい……)

 非常におかしい。

 ここ何十年もの間、何も問題は起こっていなかったのではなかっただろうか? ……確かにそう聞いたのに。
 なぜこのタイミングで魔獣が出現し、カケルが出張る羽目になっているのか。

 それに、勇者は伝家の宝刀の如く、とっておきの存在ではないのだろうか。

(勇者と言ったら、普通相手は魔王だろ?)

 たかが魔獣ごときで駆り出されては割が合わない。

 いや、実際は魔王が出現しようが、まともに討伐に行くのもごめんだが。

 帰ったらその辺りのことを、騎士団長やらと話し合わなければ。
 勇者を使う立場じゃなくて、勇者に使われる立場だってことを思い知らせてやらなければ。
 たかが騎士団長だ。王族の後ろ盾をチラつかせれば、簡単に思い通りになるだろう。

 それよりも、問題なのは今だ。

「何でオレが……」

 自らが持つスキルは戦闘系ではない。
 それは自分でよくわかっている。
 人をけむに巻くのがせいぜいで、煙に巻かれた人間が右往左往する様を眺めて楽しむのがカケルのやり方だ。

 魔獣に話しかけるわけにもいかないし、話しかけても通じないだろう。話の通じない相手には、カケルの得意スキルの詐術は通用しない。
 幻影魔法も効くとは思えない。


 ──グワオォォォォォォォォ──ンッ!!!!


 時折、ビリビリと空気をふるわせる獣のような咆哮が聞こえる。
 その咆哮でさえ、まさにゲームの中にでも入り込んでしまったかのような迫力で、カケルを圧倒している。

「……た、戦えるわけがない!」

 乾いた口の中で呟いた。

 まやかしの光魔法、偽りの聖剣スキル──いったいどうすればいいのだろうか。

 この場から逃げ出したくとも、サポートという名の騎士たちがカケルの周りを取り囲んでいて、逃げ出せそうな気配はない。

 背後では、心配そうなアリステラが見守っている。

「う……うう……」

 ──ドォォォ……ンッ!!!

 どこかで爆発音が聞こえる。誰かが爆発魔法でも使ったのだろうか。

(まずいまずいまずい!)

 この事態が不味いことだけはわかる。

 高位魔獣というのがどれほどのものかわからないが、元の世界の熊やライオンレベルだったとしても、勝てる気はしない。

「来ましたぁ──っ!!! 勇者様、お願いしま──っす!!!」

 斥候役の兵士が、慌ただしく駆けつけてくる。

 続いてドスンドスンと重量級の足音が、地を震わせて。


 カケルの前に姿を現したのは──。









──────────
*異世界豆知識……どーでもいい話ですが、この異世界の城のドアの構造には二種類あり、客室は外開き、王族の部屋のドアは内開きになっています。招かざる客は外から鍵をかけて閉じ込めることができるように。そして王族の部屋は、有事の際外側から侵入しづらいように。

*今更ですがTSタグを付け足しました。今後の展開に関わる内容なので迷ったのですが。まだ先の話になりますが、果たしてタグの対象は誰なのか、楽しみにして頂けると幸いです。
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