2 / 68
(2)異世界へ来た課長
しおりを挟む(……あれ? 俺、死んだのかな……?)
「──……くん! ……くん!」
誰かの声が聞こえる……。
「近江くん!」
可愛い女の子の声ならともかく、こんな時にまで聞こえるのが課長の声とか……職業病か?
死んでまで職業病とか笑えやがる。
「君は死んでないぞ。しっかりしたまえ! 近江くん!」
「──っ?!」
──ガバッ!
──ゴンッ!
跳ね上がる勢いで身体を起こした──いや、起こそうとした俺はしかし、勢いよく後方に引っ張られて、再度仰向けになった。
(おのれ、米袋が──!?)
「何をしてるんだね、君は」
(起き上がれないのは、あんたの渡した米袋のせいだっつーの!)
しかし──。
(おおっ! 課長に後光が差してる! さすが死の世界だ!)
なんて、ちょっと感動していたら、思い切り頬をつねられた。
「いてっ! いてててててっ! 課長、何するんですかっ?!」
「ふむ……どうやら夢ではなさそうだな」
「はぁっ?!」
課長の現実確認のために尊い犠牲になった俺の頬よ……。
よく見たら、課長は米袋リュックをちゃっかり地面に下ろしていた。
俺も、すぐに肩紐から腕を抜いて起き上がる。
「……ここ……は──?」
「私たちは避難訓練の途中だった……そうだな?」
「ええ……」
俺は頷きながら、目の前の光景を呆然と眺めた。
何しろ、会社のビルどころか街並みそのものが消えてなくなっていたからだ。
今、俺の目の前に広がっているのは、非常にのどかな田園風景──じゃなくて、まるでじーちゃんの住んでた田舎を思い出すような山野だった。
「俺たちの会社……は……?」
信じられない気持ちで辺りを見回していると、空の一部で何かがキラッと光った。
「あれは──」
両目とも2.0強を誇る視力でよく見るとそれは、空間に開いた穴のようだ。
キラキラと光りながら今、まさに閉じていく様子だった。
「あれは……穴……?」
いやいやいや。
まさかと思うが。
「穴だな」
課長が同じように分厚い眼鏡をそちらに向けている。
「閉じてますよね?」
「閉じてるな」
「……」
「……」
(まさか、俺たちあの穴から落っこちて……)
しばし、課長と見つめ合う。
さっき後光のように 見えたのは、どうやら課長の薄ら頭に乱反射した太陽光だったらしい。
「……」
やっぱり眩しい……。
「あんな山は見たことがないな。それにこの広い草原にしたって……ここは果たして日本なんだろうかねぇ?」
課長のボヤキで我に返った俺の心に去来したのは、
『異世界』
の三文字だった。
いやいやいや。
俺はかぶりを振った。
(異世界って……あれはラノベやアニメの世界だろ?! 現実に起こるわけが……)
そう、現実の日本でそんなこと起こるはずがない。
だがもしも、さっきのあの穴が次元の裂け目のようなものだったとしたら──?
もしも本当に、別の世界に飛ばされてしまったのだとしたら──?
異世界ときたら……転生、転移、チートで俺TUEEEE、まったりライフ、ハーレム。
それは男のロマン!
いかんいかん。
憶測だけでフラグを立てるのは止めておこう。
「えっ、なんでこんなとこに……?」
「何だ、ここ──?」
どうやらこの不可思議な現象に巻き込まれたのは俺たちだけじゃなかったらしい。
課長の向こうに起き上がる二人の姿が見える。
柴崎と矢城さんだ。
どうせ起こされるなら、課長じゃなくて矢城さんがよかった!
彼女みたいに可愛い女の子ならともかく、もうそろそろ五十路に足を踏み入れようかという課長に起こされるなんて。
男のロマンが泣くよ?!
そういえば。
昨日、矢城さんのお母さんの具合が悪いとかで残業変わってあげたけど、お母さんよくなったのかな?
「そうそう近江くん。その矢城くんだが」
(あれ? 俺、声に出してたかな?)
「昨日は化粧五割増だっただろう? 久々に弁護士と合コンだとか言って張り切っておったな。あの調子で仕事も張り切ってくれると助かるんだがな」
ふぁっ……。
合コンって何ですか?
あ、いや。合コンが何たるかはもちろん知ってるけども。
いやだって、矢城さんはお母さんの看病で──……。
「『ほらぁ、近江さんって単純だからぁ、上目遣いでうるうるしながらお願いすればイチコロなのよね~。え~酷くなんかないよぉ? ユウカは今日の合コンに行けて幸せ。近江さんも大好きなユウカを喜ばせることができて幸せ、でしょ?』と、給湯室で吹聴しておったぞ」
な、何ですとぉっ?!
課長のモノマネ激うま……じゃなくて。
矢城さんはそんなことを言う子じゃありませんよ!
「まぁ、君のその真っ直ぐで人を信じやすいところは、この薄汚れた社会での良心であり、君の美徳でもあると私は思っておるのだがな。このままでは一生都合のいい男で終わること請け合いだ。君ももうすぐ30になるんだから、少しは人を疑うということも覚えてもいいと思うぞ」
やめて!
人の精神力ガリガリ削らないで?!
つか、人の心読まないで?!
「……はい、肝に銘じます……」
そう殊勝な返事を返したものの、心の中は滂沱の涙よ?
矢城さんが合コンのために俺に嘘ついただなんて……。
ショックでショックがショック過ぎる。
「それから、昨日矢城くんの代わりに君が提出した書類だが──」
もうやめて!
やめてください!
お願いだから!
「残念ながら、参考にした数字が全部一昨年のデータだったようだからな。社へ戻ったらイチからやり直しだよ、近江くん」
俺のライフはもうゼロよぉぉぉぉぉぉ──っ!!!
0
お気に入りに追加
220
あなたにおすすめの小説
えっ、僕って異世界出身だったの?今以上に幸せになります!
みっく
ファンタジー
日本の養護施設で生活していた主人公の琉夏ールカー、12 歳。ある日意識を失い、目が覚めると異世界にいた。そこで衝撃の事実が!(まぁタイトルでネタバレになっていますが(笑))
こういう話が読みたい、こういう設定がいいか、というアイデアばかり浮かぶので、頑張って文章にしていきます。慣れないので優しくしてください!お豆腐メンタルです。
お気に入り登録や感想は、踊り狂って喜びます!
異世界へ全てを持っていく少年- 快適なモンスターハントのはずが、いつの間にか勇者に取り込まれそうな感じです。この先どうなるの?
初老の妄想
ファンタジー
17歳で死んだ俺は、神と名乗るものから「なんでも願いを一つかなえてやる」そして「望む世界に行かせてやる」と言われた。
俺の願いはシンプルだった『現世の全てを入れたストレージをくれ』、タダそれだけだ。
神は喜んで(?)俺の願いをかなえてくれた。
希望した世界は魔法があるモンスターだらけの異世界だ。
そう、俺の夢は銃でモンスターを狩ることだったから。
俺の旅は始まったところだが、この異世界には希望通り魔法とモンスターが溢れていた。
予定通り、バンバン撃ちまくっている・・・
だが、俺の希望とは違って勇者もいるらしい、それに魔竜というやつも・・・
いつの間にか、おれは魔竜退治と言うものに取り込まれているようだ。
神にそんな事を頼んだ覚えは無いが、勇者は要らないと言っていなかった俺のミスだろう。
それでも、一緒に居るちっこい美少女や、美人エルフとの旅は楽しくなって来ていた。
この先も何が起こるかはわからないのだが、楽しくやれそうな気もしている。
なんと言っても、おれはこの世の全てを持って来たのだからな。
きっと、楽しくなるだろう。
※異世界で物語が展開します。現世の常識は適用されません。
※残酷なシーンが普通に出てきます。
※魔法はありますが、主人公以外にスキル(?)は出てきません。
※ステータス画面とLvも出てきません。
※現代兵器なども妄想で書いていますのでスペックは想像です。
人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。
荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました
夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。
スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。
ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。
驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。
※カクヨムで先行配信をしています。
転生発明家は異世界で魔道具師となり自由気ままに暮らす~異世界生活改革浪漫譚~
夜夢
ファンタジー
数々の発明品を世に生み出し、現代日本で大往生を迎えた主人公は神の計らいで地球とは違う異世界での第二の人生を送る事になった。
しかし、その世界は現代日本では有り得ない位文明が発達しておらず、また凶悪な魔物や犯罪者が蔓延る危険な世界であった。
そんな場所に転生した主人公はあまりの不便さに嘆き悲しみ、自らの蓄えてきた知識をどうにかこの世界でも生かせないかと孤軍奮闘する。
これは現代日本から転生した発明家の異世界改革物語である。
追放鍛治師の成り上がり〜ゴミスキル『研磨』で人もスキルも性能アップ〜家に戻れ?無能な実家に興味はありません
秋田ノ介
ファンタジー
【研磨は剣だけですか? いいえ、人にもできます】
鍛冶師一族に生まれたライルだったが、『研磨』スキルを得てしまった。
そのせいで、鍛治師としての能力を否定され全てを失い、追放された。
だが、彼は諦めなかった。鍛冶師になる夢を。
『研磨』スキルは言葉通りのものだ。しかし、研磨された武具は一流品へと生まれ変わらせてしまう力があった。
そして、スキルの隠された力も現れることに……。
紆余曲折を経て、ライルは王国主催の鍛冶師コンテストに参加することを決意する。
そのために鍛冶師としての能力を高めなければならない。
そして、彼がしたことは……。
さらに、ライルを追放した鍛治一族にも悲劇が巻き起こる。
他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる