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(2)異世界へ来た課長

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(……あれ? 俺、死んだのかな……?)

「──……くん! ……くん!」

 誰かの声が聞こえる……。

「近江くん!」

 可愛い女の子の声ならともかく、こんな時にまで聞こえるのが課長の声とか……職業病か?
 死んでまで職業病とか笑えやがる。

「君は死んでないぞ。しっかりしたまえ! 近江くん!」
「──っ?!」

 ──ガバッ!

 ──ゴンッ!

 跳ね上がる勢いで身体を起こした──いや、起こそうとした俺はしかし、勢いよく後方に引っ張られて、再度仰向けになった。

(おのれ、米袋が──!?)

「何をしてるんだね、君は」

(起き上がれないのは、あんたの渡した米袋のせいだっつーの!)

 しかし──。

(おおっ! 課長に後光が差してる! さすが死の世界だ!)

 なんて、ちょっと感動していたら、思い切り頬をつねられた。

「いてっ! いてててててっ! 課長、何するんですかっ?!」

「ふむ……どうやら夢ではなさそうだな」

「はぁっ?!」

 課長の現実確認のために尊い犠牲になった俺の頬よ……。

 よく見たら、課長は米袋リュックをちゃっかり地面に下ろしていた。
 俺も、すぐに肩紐から腕を抜いて起き上がる。

「……ここ……は──?」

「私たちは避難訓練の途中だった……そうだな?」

「ええ……」

 俺は頷きながら、目の前の光景を呆然と眺めた。

 何しろ、会社のビルどころか街並みそのものが消えてなくなっていたからだ。
 今、俺の目の前に広がっているのは、非常にのどかな田園風景──じゃなくて、まるでじーちゃんの住んでた田舎を思い出すような山野だった。

「俺たちの会社……は……?」

 信じられない気持ちで辺りを見回していると、空の一部で何かがキラッと光った。

「あれは──」

 両目とも2.0強を誇る視力でよく見るとそれは、空間に開いた穴のようだ。
 キラキラと光りながら今、まさに閉じていく様子だった。

「あれは……穴……?」

 いやいやいや。
 まさかと思うが。

「穴だな」

 課長が同じように分厚い眼鏡をそちらに向けている。

「閉じてますよね?」
「閉じてるな」
「……」
「……」

(まさか、俺たちあの穴から落っこちて……)

 しばし、課長と見つめ合う。

 さっき後光のように 見えたのは、どうやら課長の薄ら頭に乱反射した太陽光だったらしい。

「……」

 やっぱり眩しい……。

「あんな山は見たことがないな。それにこの広い草原にしたって……ここは果たして日本なんだろうかねぇ?」

 課長のボヤキで我に返った俺の心に去来したのは、

『異世界』

の三文字だった。

 いやいやいや。

 俺はかぶりを振った。

(異世界って……あれはラノベやアニメの世界だろ?! 現実に起こるわけが……)

 そう、現実の日本でそんなこと起こるはずがない。
 だがもしも、さっきのあの穴が次元の裂け目のようなものだったとしたら──?
 もしも本当に、別の世界に飛ばされてしまったのだとしたら──?

 異世界ときたら……転生、転移、チートで俺TUEEEE、まったりライフ、ハーレム。

 それは男のロマン!

 いかんいかん。
 憶測だけでフラグを立てるのは止めておこう。

「えっ、なんでこんなとこに……?」
「何だ、ここ──?」

 どうやらこの不可思議な現象に巻き込まれたのは俺たちだけじゃなかったらしい。
 課長の向こうに起き上がる二人の姿が見える。

 柴崎と矢城さんだ。

 どうせ起こされるなら、課長じゃなくて矢城さんがよかった!
 彼女みたいに可愛い女の子ならともかく、もうそろそろ五十路に足を踏み入れようかという課長に起こモーニングコールされるなんて。
 男のロマンが泣くよ?!

 そういえば。
 昨日、矢城さんのお母さんの具合が悪いとかで残業変わってあげたけど、お母さんよくなったのかな?

「そうそう近江くん。その矢城くんだが」

(あれ? 俺、声に出してたかな?)

「昨日は化粧五割増だっただろう? 久々に弁護士と合コンだとか言って張り切っておったな。あの調子で仕事も張り切ってくれると助かるんだがな」

 ふぁっ……。

 合コンって何ですか?
 あ、いや。合コンが何たるかはもちろん知ってるけども。
 いやだって、矢城さんはお母さんの看病で──……。

「『ほらぁ、近江さんって単純だからぁ、上目遣いでうるうるしながらお願いすればイチコロなのよね~。え~酷くなんかないよぉ? ユウカは今日の合コンに行けて幸せ。近江さんも大好きなユウカを喜ばせることができて幸せ、でしょ?』と、給湯室で吹聴しておったぞ」

 な、何ですとぉっ?!

 課長のモノマネ激うま……じゃなくて。
 矢城さんはそんなことを言う子じゃありませんよ!

「まぁ、君のその真っ直ぐで人を信じやすいところは、この薄汚れた社会での良心であり、君の美徳でもあると私は思っておるのだがな。このままでは一生都合のいい男で終わること請け合いだ。君ももうすぐ30になるんだから、少しは人を疑うということも覚えてもいいと思うぞ」

 やめて!
 人の精神力ガリガリ削らないで?!
 つか、人の心読まないで?!

「……はい、肝に銘じます……」

 そう殊勝な返事を返したものの、心の中は滂沱の涙よ?
 矢城さんが合コンのために俺に嘘ついただなんて……。
 ショックでショックがショック過ぎる。
 
「それから、昨日矢城くんの代わりに君が提出した書類だが──」

 もうやめて!
 やめてください!
 お願いだから!

「残念ながら、参考にした数字が全部一昨年のデータだったようだからな。社へ戻ったらイチからやり直しだよ、近江くん」

 俺のライフはもうゼロよぉぉぉぉぉぉ──っ!!!



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