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4.婚約者の近侍

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 体質改善に励んだ成果か、彼女は近頃、とても運動神経がよくなった。
 
 ダンスは頭で考えるより、身体で覚えたほうが早い。
 レッスンするうちに、彼女はみるみる上達した。
 彼女との時間は非常に楽しく、アドレーにとって大切なひとときだった。


◇◇◇◇◇


「え……土日、ですの……?」
「そうだよ、クリスティン」 
 
 公爵家を訪れ、クリスティンに、次のレッスンは土日の二日間と話した。
 ラムゼイの屋敷に行くのを邪魔するためだ。

「あの……その日は……」

 アドレーは片目を細めた。

「ラムゼイに魔術を教わるんだよね?」
「ええ……」
「君はラムゼイを優先するの? 婚約者の私よりも」

 愁いの眼差しで彼女を見つめると、クリスティンは否定した。

「そ、そういうことではありませんわ。……わかりました、次の土日、よろしくお願いいたします」

 そうして強引に、約束を取り付けた。
 ラムゼイと会うのを少しくらい邪魔しても、許されるはずだ。
 少々罪悪感を覚えるが、あまりラムゼイと過ごしてもらいたくはなかった。

「じゃ、泊りがけで王宮へおいで」
「と……泊りがけ……!?」
 
 彼女はぎょっとしたように、後ずさった。

「ああ。泊りがけで王宮に来てくれたほうが、教えやすいからね。このところ長時間、レッスンすることができなかった。もちろん、婚前に不埒な真似なんてしない。身構えることはないよ。公爵にはすでに話して、了承を得ている」

 根回し済みである。

「…………」

 ひどくクリスティンは青ざめていた。
 二人きりで過ごせると、アドレーは胸を高鳴らせていた。
 
 
◇◇◇◇◇
 
 
 ──だが。

「メル、君も来たんだね……」
 
 土曜、彼女の近侍のメル・グレンも共にやってきた。
 
「はい、アドレー様」

(クリスティンと二人きりになれると思ったのに……)
 
 顔が引き攣ると、彼は生真面目に答えた。

「私はクリスティン様の近侍です。どこまでもクリスティン様に付き従う所存です」

(ひょっとして結婚しても、彼はついてくるのだろうか……)
 
 メルは幼い頃から、彼女の身の回りの世話をしていた。
 昔のクリスティンはわがままで、気性が荒かった。
 普通のメイドでは、クリスティンの世話は務まらないのだと、公爵がちらりと漏らしたことがある。
 
 それで機転が利き、忍耐強く、優秀で何でもそつなくこなすメルが傍付きとして選ばれたのだ。
 公爵や、子息の覚えめでたく、メルは将来、家令になるだろうといわれている。
 
 彼はクリスティンの二歳上。女と見紛うばかりの整った外見である。
 アドレーが知るなかで一番の美少年だ。
 プラチナブロンドに、濃紺の瞳。甘やかで涼しげな美貌。
 
 彼に熱を上げる令嬢やメイドは多い。
 告白されることもしょっちゅうのようだが、色恋に興味がないらしく、全てすげなく断っているらしい。
 公爵家のメイドや、お茶会などで令嬢がそう噂しているのを、何度か耳にしたことがあった。

「クリスティン。君の身の回りのことなら、王宮の侍女にさせるけど?」
 
 彼女は今、気難しくはない。普通の侍女でも大丈夫だろう。

「メルには護身術を──」

 クリスティンは口の中で何か呟き、メルが静かに、だが自信を滲ませた口調で言った。

「クリスティン様のことを一番承知しているのは、私です。他の者にクリスティン様のお世話は任せられません。以前、私の不在中にメイドが苦い紅茶を淹れ、クリスティン様は体調を崩されたこともありましたし」

 アドレーもその場に居合わせた。よく知っている。
 昔からクリスティンの傍についている彼なら、彼女も居心地よく過ごせ、落ち着くのだろう。

「わかった」
 
 アドレーは、メルが婚約者の傍につくこと自体には、安心感をもっていた。
 浮ついておらず実直な近侍だ。
 腕の立つ彼がついていれば心配もない。
 が、アドレーはクリスティンと二人きりで甘い時間を過ごしたいのである。
 
 それには有能すぎる近侍は邪魔だ。
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