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第一部

朝まで二人きり3

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 ジークハルトが部屋の灯りを消す。
 彼とは反対側から寝台に上がり、極力距離を取った。
 彼はそんなリアに呆れたような視線をよこす。

「そんな端に行かずとも、場所に余裕はあるが」
「私、この場所がとても気に入っているのです。いつもこの端で眠っているのですわ。定位置なのです」

 特にそういったわけではないが、リアはそう返した。
 いくらジークハルトが婚約者だといっても……婚約者だからこそ、眩暈がする。

「もう少しこちらに来い。それでは眠っているうちに、床におちるのがオチだぞ」
「ですが」

 彼は表情を曇らせる。

「そんなにオレが嫌いか?」
「そういうことではありません」
 
 リアはほんの僅かだけ、彼の傍に移動した。彼はそれを見、深く溜息をつく。

「……落ちないように気を付けろ」
「はい」 
 
 リアは横になって、身を強張らせながら目を瞑る。

(ヴェルナーに聞きにいけなかったわ……)

 また、会う方法を考えよう。


 なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠りにおちていた。
 意識が浮上したのは、ジークハルトの声でだった。

「……オレ、は……」

(…………)

 リアは寝返りを打ち、瞼を持ち上げた。
 どれくらい眠っていたのだろう?
 離れた場所のジークハルトのほうを見ると、彼は何か言葉にしていた。

「オレは…………君、を…………」

(ジークハルト様……)

 その様子が苦しそうで、リアは半身を起こし、そろそろと彼の傍に寄った。

 窓から差し込む月明りのなか、彼は額にびっしりと汗をかき、眉はきつく寄せられ、呼吸は乱れていた。
 体調が悪いのだ。うなされている。
 起こしたほうが良いのではないだろうか。
 
 リアは彼の肩にそっと手を置いた。

「ジークハルト様……大丈夫ですか」

 彼はふうっと瞼を開ける。その瞳は潤み、焦点は合っていなかった。掠れた声で彼は言う。

「……リア……オレは、君を何度失えば……」
 
 彼の瞳から涙が零れおちる。

(え──?)
 
 彼は両の拳を握り、目元を覆う。

「嫌だ……! こんな思いをするのは、もう、嫌だ……!」
「ジークハルト様」
 
 彼はどうやら……夢をみて、意識が朦朧とするなか、うわ言を口にしている。
 毎晩、ひょっとすると、こうやってうなされているのではないか。
 リアはそう思い当たれば、はっとした。

(それで体調が悪かった……?)

 近頃は、舞踏会のバルコニーでみたときよりは、顔色が良かったから安心していたのだが。

「オレを置いて、リア、どこにも……行かないでくれ……!」
「ジークハルト様、私はここにいますわ」

 彼の手に手を重ねると、彼はリアの手を引いた。
 リアの後頭部にもう片方の腕を回し、自らに引き寄せると、彼は覆いかぶさるように唇を塞いだ。
 
 唇が擦れ合い、強く押し当てられる。

(…………!)

 リアは目を見開く。

 はじめてのキス。
 割り入るように口づけられ、くらりと眩暈がした。
 涙の味がする。
 目を閉じ、リアは彼のキスを受け入れる。
 
 意識が遠くなりそうな中、彼の心臓の上に手を置いた。
 自分は『闇』術者であるが、『風』術者でもある。
 
 ジークハルトの心臓の上に手を置き、唇を合わせれば、彼は快復するはずだ。
 だが激しすぎるキスに、リアは思考が曖昧になっていく。
 彼の情熱が身に沁み透る。力が入らない。

 彼はふっとキスを解き、瞬いて、唖然とリアを見つめた。

「リア……」

 彼の目の焦点は、今は合っていた。

「オレは……」

 リアは、どくどくと心臓が大砲のように鳴り、身体が痺れていた。

「オレは今、君に無理やりキスを?」

 彼は罪悪感に苛まれるように、昏い瞳でリアを見る。
 リアは切なく視線を揺らめかせた。

「……いいえ、無理やりにではありませんわ」

 避けようと思えば、たぶん避けられた。それに彼に口づけされて嫌ではなかった。
 今の出来事と自身の感情に、とても動揺している。

「……ジークハルト様、体調は?」
「……今、君と唇を合わせたことで、快復した」

 彼に視線を戻すと、彼は先程までの青白い顔ではない。
 リアは安堵する。

「よかったです」
 
 だが恥ずかしくてまた目線を移動させた。

「……すまなかった」
「……いえ」
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