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第一部

危うい状態

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 危なかった。
 ジークハルトはそう思った。
 
 もしあのままリアに口づけられていたら、自分はとんでもない行動に及んでいた。
 幾ら彼女が、治療行為で唇を合わせるのだとしても、そんなことをされて、平常心でいられるわけがない。

 ジークハルトはリアに対して、並々ならぬ強い執着心をもっている。
 初めて会ったときから、彼女のことが気になっていた。
 共に過ごすうち、彼女へのこの感情はさらに強くなっていった。
 
 美少女すぎて一見冷たくみえるが、リアの心はあたたかい。
 彼女は甘いものを食べるとき、瞳を輝かせ、とても美味しそうに幸せそうに食べる。
 いつの間にか、その姿をみるのが、ジークハルトの秘かな楽しみの一つとなっていた。

  
 しっかり者なのに、鈍かったり、ふいに愛らしく心臓が止まりそうな言動をとる。
 彼女が九歳のとき出会ってからずっと、目を離せずにいる。

 リアがジークハルトを見る眼差し。それには好意があるように思えた。
 しかし、あるときから壁を感じるようになった。
 よそよそしくなったのだ。
 他に好きな男でもできたのか。

(それとも最初から、オレのことなど何とも思っていなかったのか)
 
 そういえば彼女は昔から、熱い眼差しをしたかと思えば、哀しげに視線をおとすことが多かった。
 どこか諦観してみえたのだ。リアの気持ちがわからず、もどかしくて仕方ない。
 
 彼女といると安らげ、幸せな感覚となる。
 その理由の一つとして、彼女が自分のことを真摯に考えてくれていると感じられるからだ。

 ずっと彼女と過ごしていたい。
 できることなら、今すぐに皇宮に、自分の元に縛り付けたい。
 だがまだ婚約の段階である。
 
 
 ──リアの周りには彼女を想う男たちがいた。
 幼馴染のイザーク、兄のオスカー、弟のカミル。
 彼らはリアを異性として見、特別な感情を抱いている。
 リアのほうは彼らにそういった感情をもっていない。

 この自分に好意を寄せてくれているのではと思っていた。
 だが彼女はジークハルトに距離をとる。
 恥ずかしいとか、結婚前だからとか、それだけではない。

(なぜ避ける……)

 どうしてだ。
 
 
 ──幼い頃から予測していたとおり、リアは美しく成長した。
 外見などジークハルトは特には重要視していなかったが、婚約者が日々綺麗に、花開いていく様子を傍で見つめていれば、胸がやるせなく疼く。
 
 年頃になれば、彼女に触れたいという気持ちは日増しに強くなってくる。
 二人きりで過ごしていると、理性がきかなくなる。
 その透き通った紫色の双眸も、月光を編みこんだような髪も、艶やかな唇も、滑らかな肌も甘い香りを放ち、この自分を誘ってやまない。
 
 眩しく思い、彼女に口づけようとすれば、拒まれた。
 結婚前であるのは事実だし、彼女とキスすれば、それだけで終えられないだろう。
 
 婚約の長い期間を思えば、結婚まではあと少し。
 それまで待てば良いだけだ。
 
 だが彼女がどこかへ行ってしまうのではないかという、言いようのない不安がいつも心にあった。
 数年前、花火を見た日からだ。
 切迫感が胸を衝き、彼女への執着と焦燥で、自分はかなり危うい状態にある。

(オレは誰のことも愛せない。では、この気持ちはなんだ……?)
 
 愛だの恋だの、ずっとくだらないと思ってきた。
 
 だがリアへの気持ちは──厄介にもそういったもののようである。
 彼女のことが、好きだ。
 
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