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第一部

もし、知らずにいたら

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「……え?」
「花火より、君のほうが美しい」

 視線が熱く交わり、リアはどきりとする。

(彼の……セルリアンブルーの瞳のほうが美しいわ)
 
 花火を受け、煌めいている。ジークハルトはベンチの背に手をかけ、頬を傾けた。
 端正な顔が近づいてきて、リアはじりっと後ろに下がる。
 ジークハルトは間近で動きを止めた。
 双眸がくっと屈折する。

「オレと口づけるのは嫌か」

 リアは婚約破棄が脳裏を過るので、彼とキスなんてできない。

(この場面も……覚えていないわ。記憶にないのは忘れているだけ? もし前世でもあったのだとすれば、私はそのときどうしたの?)

 彼は嘲るように唇を歪めて笑う。

「それほど、嫌か」

 そう言ってジークハルトはリアから手を離した。

「ならいい。無理強いする気はない」 
 
 彼は正面に向き直る。
 リアは落ち着かないまま、花火に視線を戻した。

(ジークハルト様を嫌なわけじゃないわ……)

 もし前世の婚約破棄のことを知らずにいたら……。
 そうだったとしたら、自分はどんな行動をとっただろうか。
 
 リアが一人悩んでいると、隣に座るジークハルトのほうから呻き声がした。

「…………」

 花火の音でよくわからないが、確かに聞こえた。
 そろそろと彼のほうを見る。すると彼は俯いていた。

「……ジークハルト様……どうなさったのですか」
「……なんでもない」


 彼はそう言うが、こめかみに汗が滴り、呼吸がしづらそうだ。
 リアはベンチからおり、彼の背に手を置いた。

「ジークハルト様、体調が……」
 
 きっと良くないのだ。しかし、彼は笑んでみせる。

「オレのことを、嫌いなのに、心配はするのか?」
「心配します。それに、あなたを嫌いではありません」
 
 婚約破棄されるとしても。嫌いにはなれない。
 パウルが大人になったら、きっと今の彼のような姿になっていただろう。ジークハルトが苦しんでいると、パウルが亡くなったことを思い、怖くなる。
 
 リアは具合の悪い彼をベンチに横たえさせた。

「すぐに医師を呼んでまいりますわ」

 階下にローレンツが控えているから、彼に頼むか、もしいなければ自ら宮廷医師を連れてこよう。

 するとジークハルトがリアの手首を掴んで、離れようとするのを止めた。

「行くな」
「ジークハルト様」
「ここにいろ。どこにも行くんじゃない」

 懇願するような声だ。

「ですがお加減が……」

 彼はもう片方の手で目元を覆った。

「平気だ。たまにこうなる。ただの頭痛だ、すぐ良くなる。たぶん魔力によるものだ」
 
 彼の魔力は『明』寄りだから、『暗』寄りよりはマシなはずだが、それでも、『星』魔力は、他の術者より身に負担がかかる。
 心配だし、すぐに医師を呼びに行きたいが、彼はリアの手を掴んだままだ。
 リアはその場に屈んだ。

「いつもは、どれくらいで良くなるのですか? 本当に大丈夫なのですか」

 彼は自分の顔に置いた手を動かす。

「……大丈夫じゃないと言えば、本に書かれていたことを君はするのか? しないだろう」
「それは……」

 彼はふっと笑う。

「いい、それで。君はオレを嫌っているのだから」
「違います。嫌っていません」
「ならなぜ、オレを避ける?」
「……避けてなどおりませんわ」
「オレには、君はオレを避けているようにしかみえないが」
「そんなことは……」

 ただ覚悟をもっている。彼と別れると。
 話している間にも、彼の顔色は良くなるどころか悪くなっていた。

「ジークハルト様……」

 リアはこくんと息を呑む。
 彼を放ってはおけない。

「ジークハルト様は、私と唇を合わせることに抵抗はないのですか」
「あるわけがないだろう」
 
 リアは自らを落ち着かせ、彼の胸に手を置いた。
 近づいて、彼の唇に唇を重ねようとすると、彼は目を見開いた。
 
 これは体調回復の為で、キスではない。
 リアはそう自分に言い聞かせる。
 
 しかし、初めて唇を合わせることに、どうしても動揺する。
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