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第一部

近い距離

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 彼とこの会話をした覚えがない。
 同じ人生でも、違うところもあって、ところどころ記憶は欠けており、薄らいではっきりしないのだ。
 不意を衝かれることはしょっちゅうで、驚くことは多々あった。
 
 彼は立ち上がると手を伸ばし、リアの顎に指を絡めた。
 彼の親指がリアの頬を撫でる。

「リア」

 視線が至近距離で絡まり合う。

「試してみないか」
「……試すって、何をです」

 彼に触れられている場所が、さらに熱を帯びる。

「オレが今言ったことをだ」

(……口づけ云々……?)
 
 彼は長い指で、リアの下唇をそっと辿った。
 鼓動が早まる。

 彼はシャープな頬を傾け、ゆっくりリアに顔を近づけた。
 
 そのとき、部屋にノックの音が響いた。
 リアはびくんと身が揺れ、吐息の触れる距離で彼は動きを止める。
 リアから手を離し、ジークハルトは睫を伏せ、椅子に掛けた。

「――冗談だ」

(冗談……)

 リアが身体を弛緩させると、彼は扉に向かって不機嫌に言葉を放つ。

「入れ」
「失礼します」
 
 茶菓子を運んできた侍女が、入室した。
 室内には微妙な空気が流れている。
 聡い侍女はそれに気づけば、丁寧かつ速やかに茶菓子をテーブルに並べて、退室した。
 リアは椅子に座り直して、尋ねた。

「ジークハルト様、体調は……」
「悪い訳ではない」

 リアはほっとする。

(でも本当に?)

 パウルのことがあり、リアはジークハルトの体調が気にかかる。
 それに緊張感と胸のざわめきがまだ続いていて、会話になかなか集中できなかった。



◇◇◇◇◇



 部屋を出たあと、リアは皇宮の書庫に行ってみた。
 ジークハルトから先程聞いたことを調べようと思ったのだ。
 にわかには信じがたい内容だった。
 
 事実なら、彼のいう本はどの辺りにあるのだろう?
 皇宮書庫は広く蔵書数は膨大である。

(魔力についてのことだから……)
 
 リアがうろうろとしていると、よく通る声が後ろで響いた。

「リア様」

 振り返るとそこに、近衛兵のローレンツがいた。赤褐色の髪に、グレーの瞳、逞しい体躯で凛々しい彼はリアより八つ上の二十三歳だ。侯爵家の令息である。
 彼はこちらに颯爽と歩いてくる。

「本をお探しですか?」
「はい、ローレンツ様」
「私も調べものがあって、ここに寄ったんです。一緒に探しましょう」

 人の良いローレンツはそう言ってくれた。

「ありがとうございます」
「いえ」
 
 彼は微笑んだ。

「リア様は、見るたびに、成長してらっしゃる。最初お会いしたときから、大人びておられましたが」
 
 彼は九歳のリアをジークハルトに引き合わせるため案内してくれたときから、リアのことを気遣ってくれていた。
 それから会えば、いつも声をかけてくれる。

「本当に美しくなられました」

 眩しそうに彼は目を細める。

「そんなことありませんわ」

 リアは少々照れる。
 ローレンツは優しく、リアの兄弟同様、女性人気が高い。
 
 そこで世間話をしていると、名を呼ばれた。

「リア」

 低い声に、びくりとして振り返る。

「ジークハルト様」
 
 彼は大きなストライドで、リアの前までやってきた。

「ローレンツと何をしているのだ?」
「ここでお会いして、お話をしていたのです」
「おまえは何しにここに?」
「は。本を探そうと……」

 ジークハルトは目を眇める。

「彼女の本探しはオレがする」

 ローレンツは頭をさげて、その場から離れた。
 ジークハルトは冷たい目で彼を見やり、壁に片方の手をついた。
 距離が近い。
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