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第一部

前世の記憶

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 皇帝主催の夜会が催され、リアは公爵と宮殿に赴いた。
 
 今日は花火が上がる。
 それをジークハルトと共に見ることになっていた。
 
 彼が屋敷にやってきて、すぐ帰って以来、ずっと会っていない。
 その間にリアは十歳となった。



 大広間で奏でられている宮廷楽団の音楽を聞きながら、久しぶりにジークハルトと、皇室専用のバルコニーで過ごした。
 
 二人きりにさせようという計らいか、ここには他に人がいない。
 彼はずっと無言だ。気まずい雰囲気だった。 
 最初の頃以上に彼の醸し出す空気は重たい。

(怒ってらっしゃるのよね……)

 ぴりっとしていて、このままではいけないと勇気を振り絞り、彼に話しかけた。

「ジークハルト様」

 彼は椅子に腰を下ろし、花火が上がる予定の空に目を向けたまま返事をした。

「何だ」
「屋敷では申し訳ありませんでした」

 ジークハルトは頬を強張らせた。

「やはりあれは逢引きだったのか?」

(え)

 リアは首を大きく横に振る。

「ち、違いますわ! 彼は幼馴染です」
「では何を謝っているのだ」
「折角ジークハルト様がお越しくださったのに、何もお構いできませんでしたので」
「連絡もせず行ったからな」

 確かに急で驚いた。
 連絡があれば、もう少し違う対応ができたのだが。
 ジークハルトはすぐに帰ってしまった。
 今もこちらを見ようとしない。

「本当に申し訳ありませんでした」

 リアは頭を下げて謝罪した。
 顔を上げると、彼はこちらに視線をうつしていた。

 今夜初めて目がかち合う。
 空色の彼の瞳が僅かに細まる。

「オレが怒っているようにみえるか?」
「……はい」
「今は怒っていない」

 彼はふっと眉を寄せる。

「オレもなぜあれほど腹が立ったのか、自分でもよくわからない」

 楽団の音楽にかき消され、よく聞こえない。

「……ジークハルト様?」

 彼はバツが悪そうに視線を逸らせ、溜息をつく。

「不愉快だった。あんな感情をもうもちたくない。今後、君のところへ行くときは、事前に連絡する」

 リアが謝ろうとすれば、彼はそれを止めた。

「やめろ、謝罪は聞き飽きた」

 それでリアは息を吸い込み、伝えたかったことを言葉にした。

「ジークハルト様が今後いらしてくださるときは、予定を空けますわ。お菓子、ありがとうございました。とても美味しかったです」

 彼はフンと鼻を鳴らして横を向く。

「君は幼馴染と会っているほうが、楽しいのだろう。幼馴染と約束があってもオレのために、予定を空けるのか?」

 ジークハルトは皇太子であり、婚約者だ。
 彼との約束はどんなものより優先すべきことだ。公爵もそう言うだろう。
 リアはジークハルトと一緒にいると嬉しく、けれど悲しくもなる。

「もちろんです。あなたは婚約者です、それに」

 その時、大きな音がして、夜空に花火が舞った。
 星空に咲く、宝石のような花。
 それを目にした瞬間、リアの視界は反転した。

(え――――) 

 あの日も、見た。
 花火を――。

「ようやく花火が上がったな。……どうした、リア?」

 蒼白になっているリアに、ジークハルトが声をかける。

「ジークハルト様……」
 
 駆け抜けた記憶に、リアは喉がからからに干上がる。
 
 今から、六年後。
 
 ――彼は違う女性を選び、リアとの婚約を破棄すると宣言する。

「リア?」
 
 瞼の奥が熱くなり、涙が頬に滑りおちる。

「どうしたんだ……!?」

 ジークハルトはリアの肩に両手を置いた。

「なぜ、泣いている……」
「……申し訳ありません……なんでもありません……」
 
 心が引きちぎられるように痛む。
 今すぐこの場から立ち去りたい、帰りたい。
 だが、そんなことはできない。
 深呼吸し、なんとか自分を落ち着かせる。

「すまない。君を泣かせようと思ったわけではない」

 先程のやりとりで、彼はリアが泣いたと思ったようだ。
 リアは自分でもなぜ涙が出たのか、わからなかった。
 ただ、非常に混乱している。

「体調が悪いのか」
「花火をみたのが初めてで……あまりにきれいで、それで」
「そうか」

 彼は心底ほっとしたように、表情を緩めた。

「では、花火を楽しもう、リア」
「……はい」
 
 彼と並んで、花火が上がる空を仰ぐ。
 
 頭も心もぐちゃぐちゃだった。
 
 
 ――リアはこの日、前世の記憶を得、リア・アーレンスとして、二度目の人生を生きていると知った。
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