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37.好きでもどうしようもないこと1
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会場から出てくるところだった。
「こちらに来い。ちょうど良い」
国王に呼ばれ、黒の盛装を纏った彼は階段を降りてきた。
アンソニーも凛々しい美少年に成長している。
「何でしょう、父上」
「シャロンの話し相手になってあげてくれ。ライオネルが会場で挨拶をしている間な」
アンソニーはシャロンをちらと見た。
「わかりました」
国王は髭を撫で、アンソニーとシャロンを眺める。
「ふむ。こうしてみると、おまえたちふたりも似合っているな。もしライオネルが違う相手と婚約していれば、ふたりが婚約することになっていたし、まあ似合うのもおかしくはないのだが」
アンソニーは瞠目した。
「彼女とおれが婚約していたかもしれないのですか?」
国王は鷹揚に顎を引く。
「ああ。シャロンをおまえの婚約者にと、そういう話も出ていてな」
ゲームはクリア済みだが、それはシャロンも初耳だった。
(そうだったの?)
「シャロン、ライオネルが戻るまでアンソニーと会話を楽しんでくれ」
国王は階段を上り、立ち去った。
アンソニーは吐息を零す。
「庭に出ようとしていたのか?」
「ええ、そうですわ」
「なら行ってみようか。夜の庭園は美しい」
それでシャロンはアンソニーと螺旋階段を下まで降りた。
冷ややかな月明かりが、アンソニーの横顔を照らす。
庭園の道を並んで歩いていると、彼がふと言った。
「兄上と君が婚約していなければ、おれたちが婚約していたのかもしれないんだな」
「そうみたいですわね。はじめて知りましたわ」
「おれもだ」
アンソニーはシャロンに視線を流す。
「兄上とはうまくいっているか?」
「いつも通り、変わりありません」
シャロンは以前、ライオネルとアンソニーが険悪になっていた気がした。
自分より彼らのほうが気にかかってしまう。
「前に、ご兄弟で仲違いされているように感じたのですけれど……仲良くされています?」
「おれと兄上は仲違いなどしていない。ただおれが出過ぎた真似をしただけだ」
出過ぎた真似?
彼は溜息を吐き出す。
「一時、おれと兄上は関係が悪化した。だが今はそんなことはない」
やはり悪化していたときがあったのだ。
(そんな感じがしていたのよね……)
「今はそんなことはないんですのね」
「ああ」
シャロンはほっとする。
(よかった)
「君と兄上は仲が良くて何よりだ」
「平和ですわ、今のところ」
嵐の前の静けさのようなもの。
ゲームが始まれば、状況はがらりと変わるだろう。
将来を思い、一瞬顔を曇らせたシャロンに、彼は眉をひそめた。
「なんだ? 兄上とのことで何か気がかりなことでもあるのか」
ヒロインに嫌がらせをしなければならず、ライオネルとは決別することになる。
アンソニーが足を止めたので、シャロンも立ち止まった。
「アンソニー様?」
彼は怒ったように言う。
「おれは君と兄上が仲睦まじいからこそ、これ以上はと」
アンソニーはまっすぐな眼差しをシャロンに向けた。
「兄上とうまくいっていないのか」
ヒロインが登場し、別れることになるなど告げられるわけがない。
頭がおかしいと思われるのがオチである。
アンソニーはシャロンの腕を掴んだ。
「おれの目を見ろ」
シャロンは逸らしていた視線をアンソニーに戻した。
彼はじっとシャロンを直視していた。
「まさか兄上と別れる気か?」
「将来のことです。そんなことわかりません」
「なぜわからないなどと言う。君は兄上が好きなんだろう?」
「慕っておりますわ」
「ならどうして。あれだけ仲睦まじければ、ふつう別れを考えるわけがない。本当は兄上のことが好きではないのか」
シャロンはライオネルに恋をしている。
だがゲームをハッピーエンドに導かないと。
「好きでもどうしようもないことはありますわ」
すると彼は辛そうに片目を細めた。
「……そうだな。だが婚約者である君がそんなことで悩む必要はないだろう」
事実として別れることになるのであり、悩んでいるわけではない。
彼はシャロンの腕を掴んでいたが、力を入れ、自らに引き寄せた。
(え?)
「説明してくれ」
真剣に瞳をのぞき込まれてシャロンは慌てる。
「アンソニー様?」
「君は兄上と別れるのか」
「こちらに来い。ちょうど良い」
国王に呼ばれ、黒の盛装を纏った彼は階段を降りてきた。
アンソニーも凛々しい美少年に成長している。
「何でしょう、父上」
「シャロンの話し相手になってあげてくれ。ライオネルが会場で挨拶をしている間な」
アンソニーはシャロンをちらと見た。
「わかりました」
国王は髭を撫で、アンソニーとシャロンを眺める。
「ふむ。こうしてみると、おまえたちふたりも似合っているな。もしライオネルが違う相手と婚約していれば、ふたりが婚約することになっていたし、まあ似合うのもおかしくはないのだが」
アンソニーは瞠目した。
「彼女とおれが婚約していたかもしれないのですか?」
国王は鷹揚に顎を引く。
「ああ。シャロンをおまえの婚約者にと、そういう話も出ていてな」
ゲームはクリア済みだが、それはシャロンも初耳だった。
(そうだったの?)
「シャロン、ライオネルが戻るまでアンソニーと会話を楽しんでくれ」
国王は階段を上り、立ち去った。
アンソニーは吐息を零す。
「庭に出ようとしていたのか?」
「ええ、そうですわ」
「なら行ってみようか。夜の庭園は美しい」
それでシャロンはアンソニーと螺旋階段を下まで降りた。
冷ややかな月明かりが、アンソニーの横顔を照らす。
庭園の道を並んで歩いていると、彼がふと言った。
「兄上と君が婚約していなければ、おれたちが婚約していたのかもしれないんだな」
「そうみたいですわね。はじめて知りましたわ」
「おれもだ」
アンソニーはシャロンに視線を流す。
「兄上とはうまくいっているか?」
「いつも通り、変わりありません」
シャロンは以前、ライオネルとアンソニーが険悪になっていた気がした。
自分より彼らのほうが気にかかってしまう。
「前に、ご兄弟で仲違いされているように感じたのですけれど……仲良くされています?」
「おれと兄上は仲違いなどしていない。ただおれが出過ぎた真似をしただけだ」
出過ぎた真似?
彼は溜息を吐き出す。
「一時、おれと兄上は関係が悪化した。だが今はそんなことはない」
やはり悪化していたときがあったのだ。
(そんな感じがしていたのよね……)
「今はそんなことはないんですのね」
「ああ」
シャロンはほっとする。
(よかった)
「君と兄上は仲が良くて何よりだ」
「平和ですわ、今のところ」
嵐の前の静けさのようなもの。
ゲームが始まれば、状況はがらりと変わるだろう。
将来を思い、一瞬顔を曇らせたシャロンに、彼は眉をひそめた。
「なんだ? 兄上とのことで何か気がかりなことでもあるのか」
ヒロインに嫌がらせをしなければならず、ライオネルとは決別することになる。
アンソニーが足を止めたので、シャロンも立ち止まった。
「アンソニー様?」
彼は怒ったように言う。
「おれは君と兄上が仲睦まじいからこそ、これ以上はと」
アンソニーはまっすぐな眼差しをシャロンに向けた。
「兄上とうまくいっていないのか」
ヒロインが登場し、別れることになるなど告げられるわけがない。
頭がおかしいと思われるのがオチである。
アンソニーはシャロンの腕を掴んだ。
「おれの目を見ろ」
シャロンは逸らしていた視線をアンソニーに戻した。
彼はじっとシャロンを直視していた。
「まさか兄上と別れる気か?」
「将来のことです。そんなことわかりません」
「なぜわからないなどと言う。君は兄上が好きなんだろう?」
「慕っておりますわ」
「ならどうして。あれだけ仲睦まじければ、ふつう別れを考えるわけがない。本当は兄上のことが好きではないのか」
シャロンはライオネルに恋をしている。
だがゲームをハッピーエンドに導かないと。
「好きでもどうしようもないことはありますわ」
すると彼は辛そうに片目を細めた。
「……そうだな。だが婚約者である君がそんなことで悩む必要はないだろう」
事実として別れることになるのであり、悩んでいるわけではない。
彼はシャロンの腕を掴んでいたが、力を入れ、自らに引き寄せた。
(え?)
「説明してくれ」
真剣に瞳をのぞき込まれてシャロンは慌てる。
「アンソニー様?」
「君は兄上と別れるのか」
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