4 / 58
4.罪な人間
しおりを挟む「何か悩んでいることがあるんじゃない?」
「いいえ……何も」
早く書庫に戻り、将来のために悪人の本を探したい。
「けど王宮の階段から落ちたときから、どこか元気なくみえる」
ライオネルは砂糖菓子のように甘い。
こんなふうに甘やかすので、悪役令嬢のわがままは助長し、ライオネルにベタ惚れとなり、数年後、恐ろしいことをしでかす。
思えば、この婚約者は罪な人間である……。
「君はいつもは、もっと」
「?」
シャロンが首を傾げれば、彼は言葉を選びながら言った。
「もっと僕にいろいろ話をしてくれるよね」
今までシャロンは相手の気持ちを考えず、我を通し、ライオネルに対しても一方的に喋りかけ、まとわりついていた。
彼はけっして嫌な顔をしたりしなかったが、迷惑をかけていたはずだ。
「ライオネル様のお時間を奪うようなことはできません」
「君に会いにきているんだ、そんなことを気にすることはない」
ライオネルは思いやり深い。
清廉で見目麗しい彼に、恋をする女性は数知れなかった。
苛つく悪役令嬢は、彼に近づくすべての異性を排除していく。
最も邪魔だったヒロインに向けては、徹底して悪虐なことを行った。
「ライオネル様は本当におやさしいです」
「君にやさしくするのは当然だよ、婚約者なんだ」
好き嫌いではなく、ただ婚約者だから気にかけてくれているのだ。
ヒロインは垂れ目気味で、素朴でふんわりとした雰囲気で。
シャロンとは正反対である。
彼にとって自分は好みのタイプではない。
誰にも本当の恋をしたことのない彼が、はじめてヒロインを本気で好きになる。その運命の恋を、自分は応援するのだ。
落ち込むシャロンに、ライオネルは表情を曇らせた。
「ほら……悩んでいるんでしょう?」
彼はシャロンの手を両手で包み込む。
「僕に話してごらん。話せばきっと楽になるよ」
口にできるわけがない。
事実を話せば病院直行だ。
「……何も悩んでいませんわ」
「でも涙が滲んでいる」
「目にゴミが入ったのですわ」
「シャロン、君は僕のことを好き?」
突如訊かれ、シャロンは困惑する。
「どうしてそんなことをお聞きになりますの」
「なんだかいつもと違うから」
前世の記憶が蘇ったが、彼の前でおかしなことはしていない、はずである。
「……好きですわ」
今まで彼につきまとっていたのに、違う答えでは怪しまれる。
それに実際に好きだ。だからこそ悲しいのだ。
「本当?」
「本当ですわ」
「抱えているものを、僕に話してくれないのに?」
「……わたくしは何も……」
彼は椅子から立ち上がる。
「目にゴミが入ったんだっけ」
「はい」
「見てあげる」
横たわるシャロンの上から、彼はふっと瞳をのぞき込む。
ライオネルの明るい青の双眸は、鮮やかで美しい。
端整な顔が近づいてきて、彼の唇がシャロンの頬におとされた。
(!?)
手を繋いだまま、頬に口づけられた。
彼は唇をそっと離し、ささやく。
「目にゴミは入っていなかったよ」
ゴミが入っていたわけではない。ごまかすために言ったのだ。
ふわりとした感触が肌に残っていて、ぽっと赤くなると、彼もうっすらと頬を染めた。
手を強く握りしめられる。
「君はひょっとして不安なんじゃないかって。それを解消するには、こうするのがいいと思った。急にごめん」
不安というのはその通りだが、今のは不安が解消されるというより、混乱状態となってしまった。
「わ、わたくしもう休みますわ」
「うん、ゆっくり休んで。悩みごとがあれば僕に話してくれると嬉しく思うよ。僕は君の味方だ」
彼はシャロンの髪を撫で、退室した。
※※※※※
(シャロンの様子が、なんだか変だ)
王宮に戻ったライオネルは、不思議な思いでいた。
いつも彼女は饒舌で、ライオネルにべたべたしてくるが、今日はいやにあっさりとしていた。
お喋りな人間も、必要以上にくっつかれるのも苦手である。
シャロンとは年齢、家柄、容姿など、諸々の条件が釣り合っていたため婚約することになった。
自由な結婚など望めないし、異論はない。元々恋愛に興味がない。
シャロンが好いてくれているのは感じていて、婚約者を大切にしようとは思っていた。
(だが、階段から落ちてからどこかおかしい)
そばにいたのに助けられず、ライオネルは自責の念を抱いていた。
彼女は、怪我はなかったが落ち込んでいる。
それが庇護欲を掻き立てるのか。
今まであれだけアピールしてきたシャロンが、哀しさを滲ませ、元気がないのが気にかかる。
悩みごとがあるのなら、話してくれればいいのに。
賊に襲われたことで、心が不安定になっているのかもしれないけれど。
もし自分たちのことで、不安に感じることがあるのなら、それをなくしてあげたい。
相談に乗り、解決してあげたい、守ってあげたい。
そう思い、気づけば彼女の頬に唇を寄せていた。
正直言えばシャロンを見ていて、キスしたくなった。
(悪いことをした)
驚かせてしまったことだろう。
彼女が心を痛めることがあるのなら、和らげてあげたいと思う。
同時に、涙ぐむ彼女をもっと泣かせてみたい、という加虐心も覚えるのである。
ライオネルはそんな自分に驚いていた。
194
お気に入りに追加
669
あなたにおすすめの小説
気配消し令嬢の失敗
かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。
15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。
※王子は曾祖母コンです。
※ユリアは悪役令嬢ではありません。
※タグを少し修正しました。
初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン
前世のことも好きな人を想うことも諦めて、母を恋しがる王女の世話係となって、彼女を救いたかっただけなのに運命は皮肉ですね
珠宮さくら
恋愛
新しい試みで創られた世界で、何度も生まれているとは知らず、双子の片割れとして生まれた女性がいた。
自分だけが幸せになろうとした片割れによって、殺されそうになったが、それで死ぬことはなかったが、それによって記憶があやふやになってしまい、記憶が戻ることなく人生を終えたと思ったら、別の世界に転生していた。
伯爵家の長女に生まれ変わったファティマ・ルルーシュは、前世のことを覚えていて、毎年のように弟妹が増えていく中で、あてにできない両親の代わりをしていたが、それで上手くいっていたのも、1つ下の弟のおかげが大きかった。
子供たちの世話すらしないくせにある日、ファティマを養子に出すことに決めたと両親に言われてしまい……。
【完結】偽物伯爵令嬢婚約保留中!
那月 結音
恋愛
現代ではない、日本でもない、どこかの世界のどこかの王国。
大学病院で看護師として働いていた主人公は、目が覚めると伯爵令嬢になりかわっていた。
贅沢三昧の我が儘三昧。癖の強いこのお嬢様は、なんと王太子の婚約者。
中身の異なる別人ゆえに、婚約解消を王太子に求めるも、彼から提案されたのは婚約の【保留】で——。
継続か。解消か。【保留】となった婚約の行方は……?
彼に真実を話せる日は、はたして訪れるのだろうか。
※2023年完結作品
※本編全9話+番外編全2話
婚約者様は大変お素敵でございます
ましろ
恋愛
私シェリーが婚約したのは16の頃。相手はまだ13歳のベンジャミン様。当時の彼は、声変わりすらしていない天使の様に美しく可愛らしい少年だった。
あれから2年。天使様は素敵な男性へと成長した。彼が18歳になり学園を卒業したら結婚する。
それまで、侯爵家で花嫁修業としてお父上であるカーティス様から仕事を学びながら、嫁ぐ日を指折り数えて待っていた──
設定はゆるゆるご都合主義です。
前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る
花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。
その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。
何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。
“傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。
背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。
7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。
長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。
守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。
この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。
※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。
(C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる