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第二章

5.許すまじ

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 まあ、登場すらしていない可能性大だが……。
 何があるかわからないので、今も身体を鍛え、備えている。

「君は、本当にメルが好きなのか」
 
 ラムゼイに訊かれ、クリスティンは無言で返した。

(口は災いの元!)
 
 ラムゼイは横を向いて、溜息を零す。

「──休憩は終わりだ」

 魔術の勉強に戻り、陽が西に傾いて、クリスティンが礼をして退室しようとすると、ラムゼイが名を呼んだ。

「クリスティン」

 振り返ると、彼はこちらを見、鋭く忠告した。

「メルが好きなのが事実なのだとしても、もう誰にも口にするな。彼をこきつかいたくなるからな」
「……はい」

 クリスティンは寮へと帰りながら決意した。

 この気持ちは、もう決して誰にも言わない!

 いつもはメルが迎えに来てくれて、寮まで送ってくれるのだが、今日メルはスウィジンに呼び出され、また用を言いつけられていた。

(お兄様、本当、許すまじ……!)

 思いきり蹴り倒したい。
 現実的な解決法は、父に話して、兄を注意してもらうことだろうけれど。
 むしゃくしゃしながら寮への道を歩いていれば、前からルーカスがくるのがみえた。

「あ、ルーカス様」
 
 彼は生徒会で唯一、メルにつらく当たらない人物である。
 クリスティンのなかで、ルーカスの好感度は高い。
 メルの弟で味方だ。

「良かった。君に話があって」
「わたくしもですわ!」
「君の話を先に聞こう」

 彼は辺りを見回す。メルを捜しているのだろう。

「兄に用事を言いつけられていて。メルはいませんわ。そのことについてのご相談なんですの」
「座ろうか」
 
 二人は傍らのベンチに並んで掛けた。
 クリスティンはここのところ抱えている怒りを言葉にした。

「兄を含め、生徒会の皆が、メルに対して冷たいのですわ。ひどすぎます。どうしたらいいのか……」
「ああ……俺もそれは気になっていた。俺の話もそれに関係している」

 クリスティンはぱちぱちと瞬いた。

「ラムゼイから聞いた。クリスティン、君は、俺たちが帰国した際、気持ちを皆に伝えたらしいね」
「ええ」
「原因はたぶんそれだから、彼らの記憶を消そうと思う」
「え? 記憶を消す……?」

 どういうことだろうか?

「俺の幼馴染で、一つ上のハトコが、帝国から近々やってくるんだ。幼い頃、兄とも親しかった人物だ。宮廷占星術師で、記憶を操作できる」

 クリスティンは目を見開いた。

「記憶を操作……?」
「ああ。君が皆に言ったことを、全員に忘れてもらえば、メルへの態度も以前と同じように戻るだろう」

 メルは身分も、ルーカスとの関係性も、周囲に秘している。
 生まれた時につけられた名は、改名することになった。
 誘拐という縁起の悪いことが起きたためだ。新しい名は、今の名。
 つまり自国に戻っても、メルの名は今のままだ。

「来週中に、留学生としてハトコはやってくる。君たちと同じ学年になるはずだ。生徒会の皆の記憶を消せば、君の悩みもなくなる」
「良かった……」

 クリスティンはほっと胸を撫で下ろした。

(けれど記憶を操作って、なんだかちょっと怖いわね……)

 暮れなずむ空を眺めていると、横から強い視線を感じた。
 顔を向けると、ルーカスがじっとこちらを見ていた。

「君は、そんなに心配するほど、メルが好きなんだな」

 彼には言っても大丈夫だから、クリスティンは認めた。

「はい。メルのことがとても好きですわ」
「君と兄は、『星』と『風』。相性がいい。……俺も『風』の術者なんだけど」

 彼は甘やかに瞳を煌めかせる。

「君の体調がよくなるか、俺と試してみようか?」

 クリスティンはぎょっとして身を引いた。夜会の日のことを思い出したのだ。

「ご冗談を、ルーカス様……」

 彼は笑って、ベンチから腰を上げた。

「寮まで送ろう」
「いえ、一人で帰りますわ」

 冗談でも、心臓に悪い、おかしなことは言わないでほしい。
 そこでルーカスと別れ、クリスティンは寮へと歩き出した。
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