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第一章

番外編 二人の風邪2

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 クリスティンは丁重に断ったのだが、押し切られ、寮まで送られてしまった。
 少々時間をロスした。
 もどかしく思いながらアドレーに挨拶をして別れ、急いで最上階に行く。
 
「メル、起きているかしら」

 仕切りの扉を小さくノックすると、返答があった。
 
「起きています」
「入るわね?」
「はい、どうぞ」

 クリスティンは、扉を開け、彼のいる寝台に駆け寄る。

「体調はどうかしら……」
「大丈夫です、クリスティン様」

 だが、その言葉を鵜呑みにはできない。
 試しに彼の額に手を置けば、朝より体温が高くなっているではないか!
 
「熱が上がっているじゃないの……!」

 クリスティンは激しいショックを受けた。

「横になっていれば、明日には治りますよ」

(医師は風邪だと言っていたけれど、本当にただの風邪なわけなの……っ?)

 すこぶる不安だ。
 彼を置いて、登校したことが深く悔やまれる。

「……わたくし、あなたが良くなるまで、傍にいるわ」

 すると彼は慌てた。

「いけません。うつってしまいます」
「ひとにうつしたら、早く治ると言うじゃない?」
「クリスティン様にうつしてしまえば、私は申し訳が立ちません」

 クリスティンは両手を腰にあてる。

「登校はしたわ。あなたが熱を出しているのに、呑気に過ごしてなんていられないもの。看病はします」

 有無を言わさず宣言すれば、メルは諦めたように嘆息した。

「……わかりました……ではお願いできますか……?」
「ええ!」

 クリスティンは彼の夕食を作りに、調理室へと向かった。
 食べやすく、消化によい、おかゆとスープを作る。フルーツを切り、横の皿に並べた。
 トレイに載せて部屋に戻れば、彼は寝台から身を起こし、頭を下げた。

「すみません、クリスティン様。わざわざ作っていただいて……」
「気にしないで。日頃はわたくしがあなたの世話になっているのだから」

 寝台脇の椅子に腰を下ろし、掬ったおかゆを彼の口元に運ぶ。
 反応をみていると、彼は頬を綻ばせた。
 
「卵がふんわりしていて、優しい味で、適度に塩味がきいていて、とても美味しいです」
「よかった」

 孤島送りになった場合に備え、メルに学び、料理の腕は上がったのだ。
 食事を終え、後片付けをし、クリスティンは盥を持ってきた。

「じゃ、今度はあなたの身体を拭くわね」
「え」

 メルの動きが止まる。

「上半身だけでも汗を拭ったら、すっきりするでしょう?」

 彼は目に見えて焦った。

「そこまでしていただくわけにはまいりません!」
「遠慮なんてしないで」

 クリスティンは腕まくりして、盥の水に布を浸す。

「脱げなければ、手伝うけれど?」

 彼はクリスティンの様子を窺う。

「……どうしてもなのですか?」
「そうよ」

 クリスティンが当然とばかりに頷けば、メルは静かに目を伏せた。
 
「……わかりました……脱ぎます」

 彼は両手をクロスさせ、着ていたシャツを脱いだ。
 逞しい身体が露わになり、クリスティンはどきりとしてしまう。

 顔だけみれば、美少女で通るが、意外なほど強靭な筋肉がつき、引き締まっている。野生の美しい獣を思わせ、男性的だ。

「…………」

 クリスティンは動揺した。何をしようとしていたのか、一瞬忘れてしまった。

(どうして彼に脱ぐように言ったのだった……?)

 ──そう、彼の汗を拭おうと思ったのだ。

「…………。ええと……。では拭きます。まず背中を……」
「お願いします」

 後ろを向いた彼の背に、布をそっと当てた。
 滑らかな肌だ。肩幅は広く、彫刻のように均整がとれている。
 彼の背には蔓のようなアザがある。
 見惚れてしまいながら、首筋、背、腕など後ろ側をどうにか拭き終えた。
 
「じゃ、次はこちらを向いてくれるかしら?」
「はい」

 彼はクリスティンのほうに向き直った。
 もう一度布を水に浸して絞り、彼の厚い胸板に置く。
 
(どうしましょう……とてつもなく、どきどきしてしまうわ……)

 心臓が跳ねあがる。
 
 ──無心に。無心になろう──。
 
 視線を感じ、彼を見ると、メルがこちらをじっと見つめていた。
 熱のためか、いつもより表情が艶っぽい。
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