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第一章

36.手渡されたものは

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 翌日、恐る恐る教室に行くと、すぐにソニアと目が合った。
 彼女は何やら言いたげな顔をしている。
 クリスティンはこれ以上自分が彼女に何かすれば、逆効果な気がした。
 自分の未来にとっても、ソニアにとっても。
 彼女が忘れ物をしていたことに気づいたが、今日は何もしないでいた。
 
 するとメルが不思議そうにクリスティンに尋ねた。

「クリスティン様、今日は彼女に届けないのですか?」
「ええ。あなたが渡してあげて」
「どうしてです?」
「大変なことがあって。お昼休憩のとき話すわ」


◇◇◇◇◇


 売店でパンを購入し、秘密の稽古場で昼食を摂った。
 木の傍に座り、事情をメルに話すと、彼は息を詰めた。

「クリスティン様、発作を? 大丈夫だったのですか……!?」
「大丈夫。そのとき薬を飲んだから、今はもう全然。大事なのはそのことじゃなくて」
「大事なことです」

 メルは真剣な顔だ。

「心配ないから」
「心配です」
「本当に平気だから、話を聞いてほしい」
「わかりました……」

「昨日のことから、ソニアさんが嫌がらせに遭っていたということがわかったの。しかもわたくしが彼女にしていた行動が、その一因となってしまっていたようで」
「遂に現場に遭遇してしまったのですね……」

 クリスティンは彼の言葉に少々ひっかかりを覚える。

「遂に? ……あなたひょっとして、彼女が嫌がらせに遭っていたことを知っていたの?」

 彼は吐息をつく。

「全てではありませんが、ある程度は把握していました。クリスティン様を脅かす彼女の動向に、気を配っておりましたから。刃物や魔術を使ったものは、今までなかったと思いますが、他のクラスの者が嫌がらせをしている気配はありました」
「知っていたなら、嫌がらせの事、なぜ教えてくれなかったの!」
 
 メルは当然とばかりに告げる。

「クリスティン様に知らせる必要はないと思ったからです。彼女が嫌がらせを受けていようが、クリスティン様には全く関係のないことです。それに、あのかたは忘れ物もしょっちゅうなさいますし、余りにもドジがすぎます。あれは、クリスティン様に届けてもらうため、わざと忘れ物をしているのではないかと」
「わざと?」
「ええ。彼女は一見か弱そうにみえ、結構図太いひとに感じます」
 
 ゲームでも芯の強い性格をしていたが、わざとそんなことをする理由がない。
 メルの思い違いであろう。

「わたくしに、話してほしかったわ」
「申し訳ありません」

 メルは頭を下げた。

「今日は、ソニアさんにきつく当たっていた他のクラスの少女たちは、確かに委縮していたようでした。なぜなのかと思っていましたが、クリスティン様がやめるように注意したからでしょう。もう嫌がらせなどはしないはずです。心配ありません」
 
 だが、クリスティンは心配であった。
 ソニアの身もだが、この自分の将来にも関わってくることだし、嫌がらせをすること自体、許せないと感じる。


◇◇◇◇◇


 午後の授業が終了し、クラスの皆は帰って行く。
 教室には、クリスティンとメルとソニアのみが残った。
 ソニアの様子を目で追っていたのだが、彼女が机から動かなかったので、その間に教室には誰もいなくなり、がらんとしてしまった。 
 
 このままじっとしていても仕方ない。
 ソニアのストーカーになりたいわけではないので、帰ろうとすると、彼女が椅子から立ち、足早に近づいてきた。

「クリスティン様、どうか、これをお読みくださいっ!」
 
 彼女は俯いたまま、クリスティンに何かを握らせ、だっと駆け出していった。
 その背を呆然と見送る。

(……何かしら……?)
 
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