23 / 87
第一章
23.願い1
しおりを挟むクリスティンはポケットから先程とは違う薬を取り出す。
「ルーカス様、これは術者の気力・体力を快復させる薬です。どの魔力の持ち主にも効きますので、よろしければ、どうぞ」
彼は訝しげにしつつも、薬入りの包みを受け取った。
クリスティンはくすりと笑みを零す。
「おかしな薬ではございませんわよ。多くの薬を販売しているエヴァット公爵家のラムゼイ様立ち合いのもと、作りだした薬で、幾つかの薬草を煎じたものなのです」
「いや、怪しんでいるわけではない。ありがたくいただくよ」
クリスティンがさっき飲んだ薬は『星』術者専用のものだ。発作を抑える効果をもつ。
今ルーカスに渡したもの以外にも、クリスティンは薬を作り出しており、エヴァット公爵家から売上の何割かをもらっている。
将来、孤島送りとなった場合のため、貯金していた。
(時間があれば、それぞれの術者に適した薬を作ってみましょう)
剣術の稽古場近くで、クリスティンは薬草も育てている。
「クリスティン様!」
灌木の向こうから声がして、メルがこちらに駆け寄ってくるのがみえた。
「メル」
「いつもよりお帰りが遅いので、心配……」
彼は、クリスティンのスカートについた土と葉を見て、表情を険しくした。
「──一体、クリスティン様に何を?」
メルはルーカスに鋭い視線を突きさす。
「メル、わたくし発作を起こしてしまったの」
クリスティンは慌てて説明をした。
「発作……!?」
「ええ。偶然そこに居合わせたルーカス様が、介抱してくださったのよ」
「そうだったのですか……。帰りましょう」
メルはクリスティンを腕に抱え上げた。突然のことに、クリスティンは目を白黒させる。
「自分で歩けるわ」
「発作後は、眩暈がするでしょう。倒れてはいけませんからお運びします」
そのままメルは歩き出し、クリスティンは後ろを振り返った。
女だと思っているメルが、目の前で軽々とクリスティンの身体を抱えて歩いていくのに、ルーカスは驚いているようだった。
「ルーカス様、ありがとうございました……」
「いや……」
そこをあとにし、寮に辿り着く前にクリスティンはメルに声をかけた。
「わたくしもう本当に大丈夫、下ろして。あなたは今、女子生徒姿なのよ、人の目があるわ」
彼はようやくそれに思い至ったようで、足を止めた。
「本当にクリスティン様、大丈夫ですか?」
「ええ。もし倒れそうになったら、あなたに掴まるから」
メルはそっとクリスティンを下ろす。彼は強い眼差しで告げた。
「これからはあなたの傍に、私がいつもついています。今日のようなことがありましたらいけません」
「常に薬を携帯しているし、平気よ。四六時中一緒ってわけにはいかないでしょう。今日も大丈夫だったのだけれど、発作の現場をルーカス様に見られてしまって」
クリスティンはふうと息をつく。
寮に戻り、部屋で生徒会活動についての報告を受け、クリスティンは彼に謝った。
「いつもあなたに代わりをさせてごめんなさい、メル」
彼は髪をかきあげた。
「いえ、私は構わないのですが……クリスティン様が出席されないのを、皆様、残念にお思いでした。次回は必ず出席してほしいとのことです」
クリスティンは眉間のあたりが曇る。
生徒会──攻略対象が皆揃う恐怖の集会──。
「このまま欠席をしていれば、除籍してくれるんじゃないかと希望をもっているのだけれど……」
だがそれだと、リーに迷惑をかけることになるかもしれない。
「除籍になることはないと思います」
たまには顔を出しておかなければならないのだろう。
「ひょっとして、何か言われたりした? 代わりに出席したことで、ちくちくと嫌味とか……」
「いえ……」
彼は言葉を濁すけれど、兄のスウィジンあたりに結構言われたのかもしれない。
「本当にごめんなさいね」
「どうかお気になさらないでください。私はクリスティン様の近侍なのですから、クリスティン様のために動くのは当然です」
「いつもお世話になっているし、何かお礼をしたいわ。調理室を借りて、何かあなたの好きなものを作ってご馳走する」
メルに習って、料理も大分できるようになったのだ。
「ここは寮で屋敷とは勝手が違うでしょうし。クリスティン様、そのお気持ちだけで、充分です」
寮の調理室を借りることは可能かもしれないが、料理人に迷惑をかけてしまうかもしれなかった。
「うーん……。じゃ何かお願い事はない? わたくしにできることなら叶えるわ。気持ちだけとかは駄目」
彼は吐息をついた。
「お願い事、ですか……?」
「ええ」
彼はクリスティンに視線を返して、微笑んだ。
「私は、クリスティン様が日々健やかに学園で学び、お過ごしになられることを願っております」
64
お気に入りに追加
3,565
あなたにおすすめの小説
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
お幸せに、婚約者様。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
そのハッピーエンドに物申します!
あや乃
恋愛
社畜OLだった私は過労死後、ガチ恋相手のいる乙女ゲームに推しキャラ、悪役令嬢として異世界転生した。
でも何だか様子が変……何と私が前世を思い出したのは大好きな第一王子が断罪されるざまあの真っ最中!
そんなことはさせない! ここから私がざまあをひっくり返して見せる!
と、転生ほやほやの悪役令嬢が奮闘する(でも裏では王子も相当頑張っていた)お話。
※「小説家になろう」さまにも掲載中
初投稿作品です。よろしくお願いします!
悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~
平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。
しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。
このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。
教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる