上 下
11 / 88
第一章

11.レッスンの日々

しおりを挟む

 魔術学園の入学まで一年を切った。
 クリスティンは、護身術の習得をほぼ果たしていた。
『影』の一員になれるくらいである。
 リーの剣術の稽古がある日も、雨の日も風の日も、毎日メルに護身術を学び、運動している。


「相手が凄腕であっても、今のクリスティン様であれば、返り討ちにすることが可能だと思われます」

 メルと庭園を歩いていると、彼は微笑んで言った。

「あなたのお陰よ」 

 メルに教わっているものは、危険に対する防衛だけではなく、攻撃にも対応している。

「けれど、相手は権力者が放つプロ中のプロの暗殺者だから。気は抜けないのよね……。訓練を怠ることはできないわ」

 メルは困惑の表情をした。

「クリスティン様は、存在しない敵をみているような気がしてならないのですが……」

 クリスティンはふっと儚い笑みを浮かべる。

「まだそんなことを言っているの、メル? 今は存在しなくても、今後刺客が現れる可能性は高いと話したでしょう」
「はあ……」
 
 彼は半々どころか、クリスティンの話をほぼほぼ、頭を打った後遺症によるものか、悪夢をみたからだと思っている。
 ただの悪夢ならいい。だが実際に起こることなのだ。

「護身術でクリスティン様の心が穏やかになられるのでしたら、なによりですが」

 メルは独り言つ。

「そういえば……メルから殺気を感じると、この間リー様がおっしゃっていたわよ」
「リー様が?」
「ええ。やり手の剣士なので、あなたの高い戦闘能力に気づいたみたい」
「殺気が出ておりましたか……。消していたのですが……」
「わたくしとリー様が稽古しているときや、休憩してお茶を飲んでいるときに、だだ漏れになっているらしいわ」
 
 確かにクリスティンも、メルの表情をひどく固く感じた。
 彼は唇を真一文字に引き結ぶ。

「いつもは消すことができるのですが。抑えられなかったようです」

 長い睫毛を伏せ、メルはゆっくり視線を上げた。

「……クリスティン様に指導されているリー様に、苛立ちを覚えてしまって」
「苛立ち?」
「はい」
「なぜ苛立つの?」

 メルは目尻を朱に染める。

「ダガーなどの扱い方法でしたら、私も存じております。リー様でなくとも、私がクリスティン様にお教えすることができるのにと……。浅ましくも思ってしまったのです」
「リー様には短剣だけでなく、ロングソードの扱いなんかも学んでいるから」
「重量や長さのある武器につきましても、私はお教えすることが可能です」

「クリスティン」

 後方で自分を呼ぶ声がした。振り返ると、兄のスウィジンがいた。

「歌のレッスンをしよう」
「あ、はい、お兄様」

 もうそんな時間。
 今日はスウィジンのレッスンを受ける日だ。
 
 この春、王太子らと共に学園へ入学したスウィジンは、授業が午前中までのときや、休日に屋敷に戻ってき、クリスティンに歌のレッスンをしてくれている。
 レッスン後は、ラムゼイの屋敷に行くことになっていて、今日は予定が詰まっていた。

「メル、夜また話しましょう」
「……はい」 
 
 クリスティンはメルのことを気にしながらも、スウィジンの部屋へと向かった。
 

 兄から歌のレッスンを受けているお陰で、低い声から高い声まで出せるようになった。
 大分声域は広がっている。
 これで刺客に狙われても、声音を変え、別人のフリをすることができるだろう。
 いざというときのため、外出する際は仮面を持ち歩くことにもしている。
 変装用だ。
 ダガーも忍ばせている。
 
 今一番の問題は、発作だった。

(心身ともに健康であろうとしたせいで、発作が起きるようになってしまうなんて)
 
 ひどい副作用である。

『闇』寄りの『星』魔術をもつ悪役令嬢は、闇に染まっていなければならないのだろうかと、さすがに落ち込んだが、まあ、薬を自分で作れるようになれば、その問題も解消されるだろう。
 

 スウィジンのレッスンを受けたあと、クリスティンは馬車に乗って、ラムゼイの屋敷を訪れた。
 彼は日々忙しくしており、約束自体は数ヵ月前にしていたが、ようやく連絡が入り、今日から教えてもらうことになったのである。

 魔術学園に今年入学したラムゼイは、寮で暮らしている。
 彼が家に戻る週末、教わることとなった。

 ファネル公爵家に勝るとも劣らない立派な屋敷に到着すると、クリスティンは地下の広々とした部屋へ通された。
 ひんやりとした室内には、長テーブルがあり、棚には薬品の入った瓶が幾つも置かれている。

 隣室へと繋がる扉が開き、そこからゆらりとラムゼイが姿を現した。
 クリスティンはドレスを摘まみ、腰を折る。

「ラムゼイ様、ごきげんよう」
「挨拶は省こう。君はオレに魔術の教えを請いたいのだな?」

 色素の薄い青の瞳が、クリスティンを捕らえる。

「オレの研究対象になる、と?」

 罠に嵌ってしまった小動物のような心地になりつつ、クリスティンは唇に言葉をのせる。

「ええ。ですけれど、わたくしが教えを請いたいのは魔術ではなく、薬の作り方ですの」
「薬を作るには、魔術を知る必要がある」

 彼はクリスティンを上から下まで眺めた。

「君は体力改善に積極的で、それによって身体が悲鳴を上げている。だから薬が必要なのだ。君は『闇』寄りの術者だろう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪ルートを全力で回避します~乙女ゲームに転生したと思ったら、ヒロインは悪役令嬢でした~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲームのヒロインに転生した。貧乏な男爵家の娘ながらも勉強を頑張って、奨学生となって学園に入学したのだが、蓋を開ければ、悪役令嬢が既にハーレムを作っていた。どうやらこの世界は悪役令嬢がヒロインのようで、ざまぁされるのは私のようだ。 ざまぁを回避すべく、私は徹底して目立たないようにした。しかし、なぜか攻略対象たちは私に付きまとうようになった。 果たして私は無事にざまぁを回避し、平穏な人生を送ることが出来るのだろうか?

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

もしもし、王子様が困ってますけど?〜泣き虫な悪役令嬢は強気なヒロインと張り合えないので代わりに王子様が罠を仕掛けます〜

矢口愛留
恋愛
公爵令嬢エミリア・ブラウンは、突然前世の記憶を思い出す。 この世界は前世で読んだ小説の世界で、泣き虫の日本人だった私はエミリアに転生していたのだ。 小説によるとエミリアは悪役令嬢で、婚約者である王太子ラインハルトをヒロインのプリシラに奪われて嫉妬し、悪行の限りを尽くした挙句に断罪される運命なのである。 だが、記憶が蘇ったことで、エミリアは悪役令嬢らしからぬ泣き虫っぷりを発揮し、周囲を翻弄する。 どうしてもヒロインを排斥できないエミリアに代わって、実はエミリアを溺愛していた王子と、その側近がヒロインに罠を仕掛けていく。 それに気づかず小説通りに王子を籠絡しようとするヒロインと、その涙で全てをかき乱してしまう悪役令嬢と、間に挟まれる王子様の学園生活、その意外な結末とは――? *異世界ものということで、文化や文明度の設定が緩めですがご容赦下さい。 *「小説家になろう」様、「カクヨム」様にも掲載しています。

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...