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暗 躍 (五)
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翌朝、服部半蔵さまがもたらしてくれた報せでは、十一月二日、父家康と兄信康は馬伏塚に出陣したということであった。
武田勝頼さまの遠江国侵攻に反撃するためである。
三日、武田軍は横須賀城に迫り、父と兄は、救援のために横須賀へ向かったそうだ。そうして西国では、大坂湊沖の海戦がはじまった。
信長様の鉄の船を率いる九鬼水軍と滝川一益さまの水軍の連合軍が、村上水軍を主力とする毛利水軍と対峙したのは、十一月五日のことであったらしい。毛利水軍には、芦名兵太郎が率いる船団も参戦している。
八日、早くもその結果が京にもたらされた。
毛利水軍、壊走!
……つまりは、織田水軍の大勝利、ということであった。
茶屋四郎次郎どのは、飛び上がって、驚喜した。どうやら徳川家中の中でも親織田派の一人だったようだ。
「十年!さすがに信長様だ。わずか十年で京と畿内全域をおのが掌中におさめられたわ」
四郎次郎どのの昂奮ぶりは、殊のほか意外にすらおもわれた。十年という意味もわたしには判らない。
「……信長様が上洛なされたのは、永禄十一年のこと。その日から数えてちょうど十年でござるよ、十年!さすがだのう。毛利水軍なくば、石山本願寺への食糧補給もままならず、遠からず、あちらから降伏を申し出てくるでございましょうぞ」
そんなことを四郎次郎どのは口走っていた。誰に聴かせるでもなく、いやおそらくは、このわたしに改めて信長様の偉大さを叩き込もうとしているかのような口調だった。
「けれども、荒木村重さまが謀叛なされたとか……」
思わずそう云ってみた。ところが、村重ごときが何とするといった口調で、鼻で笑った。
「摂津茨木城の中川清秀らと諮り、石山本願寺と毛利水軍を核に、反信長包囲網を築こうとしたのだろうが、まさかに、先年大勝した毛利水軍が、かくも早く、一挙に壊滅させられるとは夢にもおもわなんだのでございましょう。けれど、こたびの織田方の大勝利で、日和見を決め込んでいた諸将どもも、こぞって信長様の前にひれ伏すようになりまするぞ」
珍しく饒舌になった四郎次郎どのは、あたかも父家康の軍師気取りで喋り続けた。
「……こたびの海戦が、長引くか、双方互角のままであれば、信長様にとっては大いなる危機の到来であったかもしれませぬがのう」
なんとなくいやな気分にとらわれた。
座をはずそうとしたわたしに、音もなく近寄ってきたのは半蔵さまであった。
目を伏せたまま、そっとわたしに耳打ちして囁いた。
「亀姫さま!芦名兵太郎、戦死したもようにございます」
その一言を聴いた途端、くらくらと眩暈に襲われた。体から血の気がひいていくのを感じた。
こちらの体を巣鴨が支えてくれようとしたのを、朦朧とする意識のなかでおぼろげに見たような気がした。
武田勝頼さまの遠江国侵攻に反撃するためである。
三日、武田軍は横須賀城に迫り、父と兄は、救援のために横須賀へ向かったそうだ。そうして西国では、大坂湊沖の海戦がはじまった。
信長様の鉄の船を率いる九鬼水軍と滝川一益さまの水軍の連合軍が、村上水軍を主力とする毛利水軍と対峙したのは、十一月五日のことであったらしい。毛利水軍には、芦名兵太郎が率いる船団も参戦している。
八日、早くもその結果が京にもたらされた。
毛利水軍、壊走!
……つまりは、織田水軍の大勝利、ということであった。
茶屋四郎次郎どのは、飛び上がって、驚喜した。どうやら徳川家中の中でも親織田派の一人だったようだ。
「十年!さすがに信長様だ。わずか十年で京と畿内全域をおのが掌中におさめられたわ」
四郎次郎どのの昂奮ぶりは、殊のほか意外にすらおもわれた。十年という意味もわたしには判らない。
「……信長様が上洛なされたのは、永禄十一年のこと。その日から数えてちょうど十年でござるよ、十年!さすがだのう。毛利水軍なくば、石山本願寺への食糧補給もままならず、遠からず、あちらから降伏を申し出てくるでございましょうぞ」
そんなことを四郎次郎どのは口走っていた。誰に聴かせるでもなく、いやおそらくは、このわたしに改めて信長様の偉大さを叩き込もうとしているかのような口調だった。
「けれども、荒木村重さまが謀叛なされたとか……」
思わずそう云ってみた。ところが、村重ごときが何とするといった口調で、鼻で笑った。
「摂津茨木城の中川清秀らと諮り、石山本願寺と毛利水軍を核に、反信長包囲網を築こうとしたのだろうが、まさかに、先年大勝した毛利水軍が、かくも早く、一挙に壊滅させられるとは夢にもおもわなんだのでございましょう。けれど、こたびの織田方の大勝利で、日和見を決め込んでいた諸将どもも、こぞって信長様の前にひれ伏すようになりまするぞ」
珍しく饒舌になった四郎次郎どのは、あたかも父家康の軍師気取りで喋り続けた。
「……こたびの海戦が、長引くか、双方互角のままであれば、信長様にとっては大いなる危機の到来であったかもしれませぬがのう」
なんとなくいやな気分にとらわれた。
座をはずそうとしたわたしに、音もなく近寄ってきたのは半蔵さまであった。
目を伏せたまま、そっとわたしに耳打ちして囁いた。
「亀姫さま!芦名兵太郎、戦死したもようにございます」
その一言を聴いた途端、くらくらと眩暈に襲われた。体から血の気がひいていくのを感じた。
こちらの体を巣鴨が支えてくれようとしたのを、朦朧とする意識のなかでおぼろげに見たような気がした。
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