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嶺 鳴 (六)

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「あっ!めて!」

 大声を張り上げたわたしは、佐助も熊蔵も仲間だと詞葉に伝えた。ひと呼吸置いてから、詞葉は懐刀を納めた。それに合わせて熊蔵が竹筒を口から離した。
 けれど佐助は鞭をしばこうとする体勢を崩さなかった。熊蔵は新城で詞葉の姿をみかけていたはずである。
 佐助は初対面だろうから、詞葉を警戒するのは当然のことかもしれない。
 堺で南蛮人を見慣れている佐助には、詞葉の容姿に驚くよりも、その素性を疑ったらしかった。
 いきなり詞葉を指差して怒鳴った。

「こいつは、芦名兵太郎の一味だぞ!亀さま、騙されるな!姫を西国の毛利に売り渡すつもりだぞ!」

 その声にされるように、熊蔵が竹筒を口にくわえかけた。

「いいえ、そのようなことは断じて····」

 そう答えたのはわたしではなく、詞葉だった。

「姫様には、必ず、新城しんしろにお戻りいただきます。そのためには、ただ逃亡するのではなく、おおやけの場で、姫様が明国の秀華姫ではないことをあきらかにせねばなりませぬ。大久保彦左衛門どのか、茶屋衆のどなた様の浅知恵かは存じませぬが、姫様が明国皇女のままならば、二六時にろくじ中、心しき者どもから付け狙われることになりましょう。そのことが、そなたらにはわかりませぬのかっ!」

 理路整然とした詞葉のことばと睨みは、佐助と熊蔵をたじろかせただけでなく、わたしにも衝撃を与えた。
 なるほど、このまま皇女に扮していれば、いらぬ誤解を与え続けることになる……。

「……ま、まことに、姫様を新城に?」

 熊蔵が言うと、詞葉はおおきくうなづいた。
 けれど佐助はまだ信じていないようであった。それでも、風呂敷包みをわたしに預けて、詞葉に向かって言った。

「ふん、信じたわけではないが、このままでは亀様が困るだろう。ここは、引き下げってやるが、そちらの用事が済み次第、姫を男装させ、の行列に紛れ込んで堂々と脱出するからなっ!」
 
 佐助と熊蔵はそのまま立ち去った。けれど、とは、誰のことだろう。

「・・・筒井順慶じゅんけい様のことでございますよ。さ、そんなことより、さきの将軍、足利義昭公の御名代として、兵太郎さまがお越しになられました。姫様もお着替えあって、大広間まで……」

 初めて芦名兵太郎に会うという緊張が走った。それに、これから詞葉はどうするのか気になった。兵太郎のもとに帰るのだろうか。

「いえ、ジュスト様とともに参ります。これからは、東国、北国に暗雲が立ち込めましょうほどに、どうぞお気をおつけくださいませっ」

 そう言うとキリッと唇を結び、わたしの掌に持っていた懐刀を握らせた。


 大広間には、大勢の武士たちが詰めていた。
 上座に座していた人物は、猪首のずんぐりとした体格で、顔面には無数の細かい傷痕のようなものが刻まれていた。
 その人物、芦名兵太郎が、こちらを一瞥いちべつするなり、

「おお、姫よ、姫!近衛このえ卿の姪御めいごさまよ!」

と叫んだ。
 なんと、明国皇女の次は、近衛という御方の姪を演じることになるのかと、意外な展開にどぎまぎするばかりだった。
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