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38 寺島家の秘密
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おときが連れてきた寺島の職人らは、分部に目礼するとすばやく大曽根兵庫らを遠巻きにしたまま腰を落とした。襲撃一歩手前の構えであったろう。さすがに根来衆、雑賀衆の裔たちである……。
大曽根兵庫がおときと会うのは初めてであった。だが、尋常の小娘でないことは、一目で察した。
その風変わりで奇抜な着衣ではなく、おときが握っている小さな瓦を視たからである。あれを投げられて腕に自信のある配下の者数人が傷つけられていた……。
「むっ、寺島の……」
咄嗟に大曽根はさっきの分部の問いを誤魔化そうとした。
「分部様……」と、抱きつかんばかりの勢いで駆けてきたおときは、大曽根を視て、叫んだ。
「あ、うちを会わせてくれまへんか? 佐兵衛という御方に!」
「・・・・・・・!」
大曽根はなにも返さない。分部はおときの口から“佐兵衛”の名が出たのに驚いた。
「モン様があらかたの謎を解いてくれはったんや」
「いま、いずれに?」と、分部が問うと、すかさずおときが、
「ゴロさんいう人のところ」
と、応じた。
「ゴロさん?」
「うーん、ゴロさんのことうちもようわからへんのやけど、モン様は、ずっと上の上のお上の御方が、佐兵衛という方に指示をし、その佐兵衛さんが、大曽根様を陰で動かしてきたんやないかと……」
「な、なにぃ」と、叫んだのは当の大曽根兵庫であった。
おときは大曽根に面と向かって答えた。
「……モン様の推理では、お上は、淀屋さんだけでなく、うちの寺島の家もなんとか取り潰そうとお考えになったのでは? と言ってはりました。神君家康公と昵懇であった寺島のご先祖様は、家康様からなにか特別な御役目を申しつかったのではなかろうかと……」
「そ、それは?」と、思わず口を挟んだ分部に、最後までお聴きくださいと言い添えたおときは、
「その証は……」
と、続けた。
「……寺島兄弟の一方を、江戸で旗本にお取り立てなされて、もう一方を、大坂の地で、御用瓦師として表の役割をお命じになられたのではと、モン様が言いはったんよ。江戸と大坂、このふたつの大きな町を、陰から護る御役目……それを嫌がったお上が、淀屋と一緒に寺島家をも取り潰そうと、わざわざ、うちの幼馴染みのお民ちゃんと淀辰はんの仲を陰で取り持って……そんな絵図を描いたのが、佐兵衛ちゅう、お人やないかと……。もっとも、偽名だとモン様が……。墨屋の清兵衛はんもいいように巻き込まれただけで、秘密を知りすぎた留吉はんも殺され……ほんま、うち、なんて言うてええんか、赦されへんわ」
突如とした涙声になって唸ったおときの顔を見つめつつ、分部が大曽根に向かって言った。
「……いずれにせよ、大曽根氏、早々に大坂から立ち去るがよろしかろう。その前に、西海屋とお駒の二人を、当方へお引き渡し願おう。このさい、生死は問わぬ……」
厳命とも受け取れる分部の言に、ただ呆然と立ち竦む大曽根の強張った表情に疲労と悔悟の色が浮かんだ。
大曽根兵庫がおときと会うのは初めてであった。だが、尋常の小娘でないことは、一目で察した。
その風変わりで奇抜な着衣ではなく、おときが握っている小さな瓦を視たからである。あれを投げられて腕に自信のある配下の者数人が傷つけられていた……。
「むっ、寺島の……」
咄嗟に大曽根はさっきの分部の問いを誤魔化そうとした。
「分部様……」と、抱きつかんばかりの勢いで駆けてきたおときは、大曽根を視て、叫んだ。
「あ、うちを会わせてくれまへんか? 佐兵衛という御方に!」
「・・・・・・・!」
大曽根はなにも返さない。分部はおときの口から“佐兵衛”の名が出たのに驚いた。
「モン様があらかたの謎を解いてくれはったんや」
「いま、いずれに?」と、分部が問うと、すかさずおときが、
「ゴロさんいう人のところ」
と、応じた。
「ゴロさん?」
「うーん、ゴロさんのことうちもようわからへんのやけど、モン様は、ずっと上の上のお上の御方が、佐兵衛という方に指示をし、その佐兵衛さんが、大曽根様を陰で動かしてきたんやないかと……」
「な、なにぃ」と、叫んだのは当の大曽根兵庫であった。
おときは大曽根に面と向かって答えた。
「……モン様の推理では、お上は、淀屋さんだけでなく、うちの寺島の家もなんとか取り潰そうとお考えになったのでは? と言ってはりました。神君家康公と昵懇であった寺島のご先祖様は、家康様からなにか特別な御役目を申しつかったのではなかろうかと……」
「そ、それは?」と、思わず口を挟んだ分部に、最後までお聴きくださいと言い添えたおときは、
「その証は……」
と、続けた。
「……寺島兄弟の一方を、江戸で旗本にお取り立てなされて、もう一方を、大坂の地で、御用瓦師として表の役割をお命じになられたのではと、モン様が言いはったんよ。江戸と大坂、このふたつの大きな町を、陰から護る御役目……それを嫌がったお上が、淀屋と一緒に寺島家をも取り潰そうと、わざわざ、うちの幼馴染みのお民ちゃんと淀辰はんの仲を陰で取り持って……そんな絵図を描いたのが、佐兵衛ちゅう、お人やないかと……。もっとも、偽名だとモン様が……。墨屋の清兵衛はんもいいように巻き込まれただけで、秘密を知りすぎた留吉はんも殺され……ほんま、うち、なんて言うてええんか、赦されへんわ」
突如とした涙声になって唸ったおときの顔を見つめつつ、分部が大曽根に向かって言った。
「……いずれにせよ、大曽根氏、早々に大坂から立ち去るがよろしかろう。その前に、西海屋とお駒の二人を、当方へお引き渡し願おう。このさい、生死は問わぬ……」
厳命とも受け取れる分部の言に、ただ呆然と立ち竦む大曽根の強張った表情に疲労と悔悟の色が浮かんだ。
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