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30 淀辰、大いに語る (ニ)

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 ……この前は、わてが追い出した妾のお駒のあたりまで、話ましたんかいなあ。

 お駒のこと、お民はそりゃあ気にかけてましたで。
 お駒さんに悪い、と口癖のように呟いておましたわ。
 ……そんなお民が、みつきほど前、そうこの三月の半ばから突然、居なくなりましたんや。部屋の中もきれいに掃除して、後片付けをして出ていきよりました。母親のところにも帰ってまへんのや。日向屋さんにも訊ねたけど、連絡も寄越さず店にも出てこないということでした。
 人を雇い、何度も何度も、お民のゆくえを捜したんやけど、いっこうに見つかりまへん。

 ところが、れいの小屋で男女が死んだということで、わては全身が震えました。あそこしばらく、事件が続いてましたやろ。
 それまでは、死んだんは男ばっかりやけど、そのつど、わては、お民やないのかと、確かめさせてましたんやで。そうして、れいの事件や、しかも、相対死というやないか、そんなアホなことがありまっかいな。

 わての歯がガタガタと鳴り出し、体が金縛りにあいよりました。
 しかも、一緒に死んだ男は、伏見町のというやないか……そりゃあもう、びっくり仰天でしたわ。
 この留吉とめきちちゅう奴とは、二度ばかりおうたことがありますんや。といっても、お民のことではおまへん。いや、この際、はっきりといいまひょ、留吉は、あの影絵茶屋とかかわってましたんや。
 

 ……いや、いくらなんでも、誤解せんとおくれやっしゃ。
 このわてが、あんなケチくさい影芝居に関わっていたわけやおまへんで。
 あれはな、そもそも博多から流れてきた西海屋徳右衛門が仕切ってやってましたんや。なんでも長崎から珍しい異国の品々をいったん大坂に集め、江戸まで売りにいくつもりやということでした。荷を保管する場所がいるゆうてな、それで、場所の手配と、元手になる金を渡しましたんや。それだけや。ほんま、それだけのことなんや。

 ……まさか、あんな恥ずかしい影芝居をして小銭を儲ける茶屋が、たちまち雨後のたけのこのようにぎょうさんでけるなんて、ほんまに知らなんだ。

 あ、留吉のことでっか?
 留吉は、徳右衛門のところで働いてましたんや。もともと江戸でおったちゅうはなしやけど、わてが見たところ、留吉は、あれはもとはお武家はんでおますなあ……ようわかりまへんけど。
 なんかこう……すきちゅうもんがありまへん。
 ごろつきを演じていたようやけど、留吉は、なにかこう、この世のもんではないちゅうか、いや、幽霊ちゅうわけやおまへんけど、ここにってここにあらず、といった、そんな妙な気を放っておりましたなあ。
 な、おかしゅうおますわな、そんな奴とやで、なんで、あのお民が相対死をせなあきまへんのや。

 ……はん、金なら、なんぼでも用立てますよって、どうか、お民のことを調べておくれやす。
 この件に関わったもんを見つけ出しておくれやす。
 どうぞ、このとおりや、この淀屋辰五郎、頭を下げてお頼みします。
 淀辰、一生のお願いでおますわ……
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