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第七話 星雲はるかに

洞窟での遭遇

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「臭くてたまらんぞ! おい、誰だ! 屁をこきやがったのは……!」
 おもに浪人たちがたむろする洞窟の入り口は数カ所あり、窟内は蟻の巣のようにつながっている。その坑道を掘り進めているのは、福島兵庫配下の者たちと山陰山陽から掻き集めた工夫、大工、人夫たちである。
 中腹には巨石が散らばっており、それをそのまま砦の外壁と成し、各洞窟の入り口を活用した一大工事である。これはまだ兵庫が群盗空狐からぎつねの新しい頭目にくずっと以前、先代、先々代の時代から続けられていた。ちょうど一帯が神坂こうさか葉山はやま、|鹿野の三藩による領境が定まらず、長い間争ってきた経緯いきさつがあり、その紛争下で手っ取り早く土地ごと奪って占領することが悲願となったのである。あわよくば治外法権の小さな国を造らんとする、およそ群盗らしからぬ大それた野望を抱き、福島兵庫の代になってもその意思は受け継げられてきた。
 ……とりわけ剣客の兵庫は、世にあふれる浪人の吸収を目論んだ。さらに、いまは新しく加わってきたおヨネ婆の配下も常駐している。もっとも婆の正体は依然として兵庫には不明であったものの、テラモン毒殺を図ったり藩公が秘蔵する神君家康の直筆書状を盗もうとしていることだけは打ち明けられており、当面は共同戦線下にあった。
 その浪人の数は日に日に増えている。
 ただ万が一の暴動という事態を想定し、洞窟内の溜まり場に半ば強制収容していた。

「だれだぁ、臭い屁をこきやがって……」

 ……その怒声そのものがにおいの根源であろうと山本正二郎は頬をたるませた。正二郎の額から顎にかけて吹き出物が凹凸のあるあざのように見える。墨粉を混入させた泥水に炊いた米粒を混入し、それで顔面と首、腕を洗うと、皮膚が黒ずみ、即席のいぼができる。正二郎がそうやって変装したのは、潜入を丸目吉之助に見咎みとがめられないためである。
 そもそも危険を犯して正二郎が賊の巣窟へ忍び込む決断をしたのは、見張っていたおりに丸目吉之助の姿をみとめたからで、
(とんでもない企てが進行しておる……)
と察したその判断は、いまでも正しかったと正二郎はおもう。
(だが露見したとき、わしはやつには勝てまい……)
と覚悟は決めていた。剣の腕前では、正二郎はかつて神坂三羽烏と謳われた丸目の敵ではない。長年の山歩きで足腰は鍛えていても、剣技には自信はない。
 ひとまずは変装が功を奏し、築城中の砦に巣食う輩が多様であることはわかった。盗賊だけと考えていたが、浪人の数だけでも百は超えている。
(藩を相手に一線交えようとでもいうのか……!)
 その想像は決して現実離れしているとは、正二郎にはおもえなかった。むしろ、いま藩の上層部がごたついているだけに、こんな武装蜂起が周辺に伝われば、それこそ不祥事による藩の取り潰しの事態を招きかねない。
(いやむしろ、こりゃあ神坂藩断絶のほうか……)
 ……現実味を帯びている。

 正二郎が寝転ぶ浪人たちの隙間を縫うように立ち上がろうとしたとき、目の前に陰のような童女が立ち塞がった。
 ふっと現れたのか、それともずっと正二郎を監視していたのか、かれには判らない。そう思念する以前に、童女の異様さにおののかされている……。

「おい、おまえ……!」

 どうにか声を振り絞ろうとしたとき、隣にいた浪人が、
「止めておけ。こいつぁ、えれえ、忍びだぞ。婆の手下……凄腕だ」
「婆……?」
「ああ、お頭どのに協力している忍びのものだ」
「忍び……!」
「関わりあうのは止めておけ。このは、婆のお気に入りで、手出しをすると毒針をくらうぞ。寺田文右衛門を毒殺したほどの手練てだれだというぞ」
「ど、毒を……!」

 まさか毒を放屁で吹き飛ばすわけにゆかず、けれどふとそんな想像をしたとき、正二郎の頬がゆるんだ。その数瞬せつなの表情の変化が楓の感情を呼び起こしたのか、童女の顔が揺れた。楓の左頬の醜い痣がひくひくと動いたのを正二郎は視た。緊張のあまり、も一度、かれの放屁が放たれると、楓が両の掌で鼻を覆った。
 このとき、
(こいつを籠絡ろうらくしてみるか……)
と、奇案をおもいついた正二郎は、ぷっーとさらに二度放屁を洩らした……。
 
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