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第七話 星雲はるかに

吉兆の狭間で

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「おかしらぁ、願ってもなき朗報が舞い込んできましたぞ……寺田文右衛門が、あのテラモンがくたばったとか……!」

 未明、ようやく眠りについたばかりの福島兵庫の耳元で響く声が、しわがれた声が響いた。
「だ、誰だ!」
 寝ぼけまなこで飛び起きたのはいいいものの、すぐには思念が回らない。テラモンが死んだ……と聴いて、兵庫はあたかも夢の続きを見ているような気になっている。
「お頭、しっかりしてくれ」
「も一度、言え。テラモンが……?」
「とうとうくたばりやがった。これなら一国は無理でも、半国ぐらいは占領できるぞ。このまま空狐からぎつねの国ができる、お頭の国をつくろうぞ」
「ま、まことに?」

 兵庫ひょうごはまだ夢を見ているのだとおもった。さすがにテラモン死亡の報は、あまりにも信憑の度合いが低すぎる。そのことを何度も確認したが、屍体しかばねも葬儀も見てはいないという。つまりは散らばせた手下がしらせてきたものにすぎないのだ。

「名のある医師どもが家老の谷崎家に相次いで呼ばれては返された……というぞ。もっともまだ見張らせてはおるが、くたばったとみて、まず間違いあるまいとおもうがなあ」

 雇っている剣客の一人が、軍師気取りで口を挟んできた。名がすぐには頭に浮かばないほどの新参者の一人であったろう。
 けれどさすがに兵庫ひょうごはやすやすとは喜べない顔付きを隠すことなく、
「なんども、確かめるべし。テラモンが生きているかどうかで、こちらの算段が狂ってくる……」
と、そのことを兵庫は二度三度繰り返した。
 当初の予定は、船宿のふたり、琴江と源吾をさらってくることであった。いや漕ぎ手や宿泊客ごと人質にとることで、やがて現れるであろうテラモンを呼び出し、群盗ぐんとう空狐として、恨みある輩をまとめて報復することを想定していた。
 ところが、テラモンが助けに来ないのなら、戦術を見直さねばならない。
 起き上がった兵庫が着替えをおえたとき、壁に立てかけていた大刀があるべきところにないのに気づき、さらには、そこに佇む少女をみてゾッとからだを震わせた。
 物のかと兵庫は、生唾を呑み込んだ。気配すら感じさせないのは、腕に覚えのある兵庫ひょうごにとって、相手が人であることを認めることはおのれの不覚を悟らされることと同義である……。
 しかも、つい今しがたまで話していた手下どもの姿も掻き消えていた。いや、うつ伏せに、仰向けに、横なりに倒れていた。

「案ずるではないわ……死んではおらぬぞよ」

 少女が言った。いやさにあらず、少女の口を借りたが囁くように言っている。兵庫の耳には慣れない抑揚で、しわがれた老婆の声のようでもある。

「ど、どこにかくれておる! もののけめ、おれさまをたぶらかそうとしても無駄だ」
「ふふ、たぶらかすものか、この婆でよければ、いつでも夜伽よとぎには応じてやろうものじゃがの」
「し、れ者めが!」
「黙らっしゃい、かくのごときむさ苦しきところで、やたらに怒鳴り散らすでないわ」
 少女が喋っている……ようにしか兵庫にはみえない。
「それにの、この婆に怒鳴るのは筋違いと申すものぞ」
「筋違いと?」
「そうじゃ、ぬしらが仇と狙っておったあのテラモンを始末してやったでな」
「な、なにを……」
 ……ほざこうとしているのか、兵庫には見当もつかない。
「ま、この婆もはるばる神坂こうさかくんだりまで出張ってきたのに、二度も、寺田文右衛門に幼児のごとくにあしらわれてしもうたでな」
「始末したと申したか?」
「そうじゃ。秘伝の毒草溜くさだまりを盛ってやってんじゃ、ひひひぃ」

 その声……おヨネ婆の声は、やはり兵庫の頭裡には形のない物の怪が発する魔の声のようにしかおもわれなかった……。

 
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