36 / 61
第四話 感謝の対価
相 剋
しおりを挟む
湿った風が雨が落ちそうな気配を運んできた。
「や……!」
息を吐きながらつぶやいたのは、テラモンのほうであった。すばやく刀を鞘に収めた。
けれど、左手を鯉口に添えたままである。
それを視て、世之介も踵を地に落としたまま、テラモンが居合抜きに転じたと察し、世之介は腰をやや低めに落とし、テラモンの出方を見守る戦法に切り替えたようである。
それはそれで、臨機応変の妙というもので、世之介が面子や勢いにこだわらず、相手の動きを見極め、体勢を立て直すことを厭わない、したたかさを兼ね備えていることを物語ってもいた。
「宜なるかな」
つぶやいたのは、テラモンである。
「勝敗はつかぬようじゃの。どうじゃの、まずは、手打ちといたそう。引き分け、引き分けじゃ」
一方的にそう宣言したテラモンは、世之介に向かって、もう一度、同じことばを吐いた。すでに世之介は刀を鞘に収めた時点で、このことを予期していたようである。立ちどころに頭を垂れて承諾の意を表した。
双方の殺気が、失せた。
「佐々木氏よ、そなたには不満も残ろうが、ほら、まもなく、驟雨がこようほどにの、まずは、この場は……の」
もう一度、テラモンが告げた。
ややもすればしどろもどろな口調になっていたのは、勝負の中断を雨のせいにしたからで、世之介が意外にも芯のある若者と知って、それだけで十分の収穫が獲られたのであったろう。
「勝負あった」
谷崎家老が叫んだ。
「引き分けも、また佳きかな、佳きかな。いやはや、二人とも、勝ちじゃ勝ちじゃ」
その大声は、おそらく世之介に聞かせるためであったろう。世之介はなにやら結果に得心がいかない顔つきのまま、曇った空を恨めしそうに眺めた。
「や……!」
息を吐きながらつぶやいたのは、テラモンのほうであった。すばやく刀を鞘に収めた。
けれど、左手を鯉口に添えたままである。
それを視て、世之介も踵を地に落としたまま、テラモンが居合抜きに転じたと察し、世之介は腰をやや低めに落とし、テラモンの出方を見守る戦法に切り替えたようである。
それはそれで、臨機応変の妙というもので、世之介が面子や勢いにこだわらず、相手の動きを見極め、体勢を立て直すことを厭わない、したたかさを兼ね備えていることを物語ってもいた。
「宜なるかな」
つぶやいたのは、テラモンである。
「勝敗はつかぬようじゃの。どうじゃの、まずは、手打ちといたそう。引き分け、引き分けじゃ」
一方的にそう宣言したテラモンは、世之介に向かって、もう一度、同じことばを吐いた。すでに世之介は刀を鞘に収めた時点で、このことを予期していたようである。立ちどころに頭を垂れて承諾の意を表した。
双方の殺気が、失せた。
「佐々木氏よ、そなたには不満も残ろうが、ほら、まもなく、驟雨がこようほどにの、まずは、この場は……の」
もう一度、テラモンが告げた。
ややもすればしどろもどろな口調になっていたのは、勝負の中断を雨のせいにしたからで、世之介が意外にも芯のある若者と知って、それだけで十分の収穫が獲られたのであったろう。
「勝負あった」
谷崎家老が叫んだ。
「引き分けも、また佳きかな、佳きかな。いやはや、二人とも、勝ちじゃ勝ちじゃ」
その大声は、おそらく世之介に聞かせるためであったろう。世之介はなにやら結果に得心がいかない顔つきのまま、曇った空を恨めしそうに眺めた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
戯作者になりたい ――物書き若様辻蔵之介覚え書――
加賀美優
歴史・時代
小普請の辻蔵之介は戯作者を目指しているが、どうもうまくいかない。持ち込んでも、書肆に断られてしまう。役目もなく苦しい立場に置かれた蔵之介は、友人の紹介で、町の騒動を解決していくのであるが、それが意外な大事件につながっていく。
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
セールス
平 一
SF
これも、「Lucifer(ルシファー)」シリーズです!
小説サイトで他の方の作品にお送りしたコメントに、手を加えました(素晴らしい小説やイラスト、動画に出会うと、感動のあまり妄想が暴走してしまうことがあり、意味不明だったら申し訳ありません……)。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
桔梗の花咲く庭
岡智 みみか
歴史・時代
家の都合が優先される結婚において、理想なんてものは、あるわけないと分かってた。そんなものに夢見たことはない。だから恋などするものではないと、自分に言い聞かせてきた。叶う恋などないのなら、しなければいい。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
暁のミッドウェー
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年七月五日、日本海軍はその空母戦力の総力を挙げて中部太平洋ミッドウェー島へと進撃していた。
真珠湾以来の歴戦の六空母、赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴が目指すのは、アメリカ海軍空母部隊の撃滅。
一方のアメリカ海軍は、暗号解読によって日本海軍の作戦を察知していた。
そしてアメリカ海軍もまた、太平洋にある空母部隊の総力を結集して日本艦隊の迎撃に向かう。
ミッドウェー沖で、レキシントン、サラトガ、ヨークタウン、エンタープライズ、ホーネットが、日本艦隊を待ち構えていた。
日米数百機の航空機が入り乱れる激戦となった、日米初の空母決戦たるミッドウェー海戦。
その幕が、今まさに切って落とされようとしていた。
(※本作は、「小説家になろう」様にて連載中の同名の作品を転載したものです。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる