2 / 2
誤 解
しおりを挟む
「おい、おまえ、メグと付き合ってるのか?」
同じ写真部の一年先輩、拳がタカを呼び止めた。部室ではなく、下校時にいきなりストレートに質してくるのにはそれなりの理由があるのだろう。
写真部員はおおまかに二つのタイプに分かれる。群れずに我が道を行く専門職志望タイプ。それでも部に所属しているのは、機材などの優遇貸し出しとカメラメーカー主催のワークショップへの参加特典のためだ。
もう一つのタイプは、フォトグラファー志望というより、いわゆる機材オタクで、最新ボディやレンズを互いに自慢し合ったりすることに歓びを見い出すタイプだ。だから撮影も一人でやるよりは、仲間と一緒に和気あいあいとアットホームにやりたい派だ。
……ケンはどちらかといえば孤高のサムライタイプで、その意味ではいつも一人で行動するタカと似ている。ふたりは顔を合わせばあたりさわりのない会話ぐらいは交わすが、それだけの関係だった。むしろ、タカは天体観測クラブのメグと喋ることのほうが多いぐらいだった。
「付き合ってる? そ、そんなんじゃない……ないですよ」
振り向いて一言吐いたタカは、今朝の部室でのメグとのやりとりをケンは立ち聞きしていたのだろうと察した。とすれば、幼い頃に父から“レンタル夜空”をプレゼントされたことも耳に入っているはずだ。そちらのことを根掘り葉掘り糾されるほうがタカにはイヤだった。だから、このときもいつものようにあたりさわりのない返事でごまかそうとおもった。
「タメ口でいいよ。って、いつもそうだろ?」
「え? まあ……」
「そんなに緊張してたら、逆効果だぜ」
「…………」
「ま、付き合っていようといまいと、おれには興味ないんだ」
「そ、そうですか」
「だ、け、ど、メグには気をつけたほうがいいぜ。ストーカーまがいのことやってるみたいだしな」
「ストーカー?……って、ぼくを?」
大げさにタカは驚いてみせた。メグとは小中も同じで、いささか訳ありの仲だった。というより、タカと同じ高校に進学するために、わざわざ遠地を選んだふしもある。本人に確かめたわけではないにしても、要するにそういう間柄で、付き合う付き合わない以前の問題だった。
「ん、なんかね、おまえのあとを尾行したり、人を雇って監視してたり……」
「ええっ? 人を雇ってまで?」
「はっきりと確かめたわけじゃないけどな、街角でよくみかける。この前なんか、メグの奴、探偵事務所から出てきたぞ。ま、そういうわけさ、だから、付き合うのもいいけど、ほどほどにしておいたほうがいいぞ」
「はぁ、そうなんですか……せ、先輩は大学には行かないと聞きましたが、どうしてです?」
これ以上メグ個人のことを追求されたくはないと考えたタカは、いきなり話題を転じた。いつかたずねてみようとおもっていたことで、高3のケンだけはいまも受験勉強そっちのけで、気ままにやっているという噂で持ちきりだったからだ。高2のタカにしても、そろそろ自分の進路というものと真剣に向き合わなければならない時期にきていた。
(逃亡犯の親を持つぼくが大学なんて……)と、ずっとタカは悩んできたのだ。だからこそ、大学進学をあえて選ばないケンの本音を引き出したかった……。
「大学? ああ、おれにはそんなことより、大事なことがある……」
「ええと……? さしつかえなければ……」
「どうした? 今日はいやに謙虚だな」
「いえ、ぼくもそろそろこれからどうしたらいいのか考える年頃なんで……」
ちょっと茶化したふうにタカが答えると、意外にもケンが直球を投げ返してきた。
「やっぱり、父親のことが頭から離れないのか……?」
「えっ……? は、はい……」
「ま、あれほどマスコミに出てた人だから……って、まさか、おまえ、おやじさんが犯罪者だから普通に大学行っていいのかなんて、そんなことで悩んでいるわけじゃないだろな!」
意外にもケンの口調には侮りのにおいは含まれていない。タカはそのことに驚き、同時にたじろいだ。まさか、こういうタイプのひとがすぐ近くにいたなどとは信じらないのだ。
「親は親、子は子……それでいいじゃん。いつもひとの目を気にして、お利口さんにしてても、いざというとき、そいつらが、助けてくれるわけなんかないじゃんか」
ケンは続ける。けれど、まだ肝心な答えは引き出せていない。どうしてかれは大学に進学しないのか……。
「……あ、質問に答えてなかったな。そ、おれ、アメリカに行くんだ。師匠を見つけたんだ!」
「アメリカ……? 師匠……?」
タカは驚いた。一体、ケンは何を言い出すのか……。
「あ、あそこのちっちゃな公園のベンチで話をしないか。おれもまともにひとと話すのは久しぶりだからさ」
ケンが指差した方向には、やがて撤去されるミニ公園のベンチがあった。落日に近い陽が枝木を透して黒の色彩を投げかけていた。
(シャッターチャンスかも)
一瞬、そんなことをおもいつつ、タカはさっさと歩き出したケンのあとを追った……。
同じ写真部の一年先輩、拳がタカを呼び止めた。部室ではなく、下校時にいきなりストレートに質してくるのにはそれなりの理由があるのだろう。
写真部員はおおまかに二つのタイプに分かれる。群れずに我が道を行く専門職志望タイプ。それでも部に所属しているのは、機材などの優遇貸し出しとカメラメーカー主催のワークショップへの参加特典のためだ。
もう一つのタイプは、フォトグラファー志望というより、いわゆる機材オタクで、最新ボディやレンズを互いに自慢し合ったりすることに歓びを見い出すタイプだ。だから撮影も一人でやるよりは、仲間と一緒に和気あいあいとアットホームにやりたい派だ。
……ケンはどちらかといえば孤高のサムライタイプで、その意味ではいつも一人で行動するタカと似ている。ふたりは顔を合わせばあたりさわりのない会話ぐらいは交わすが、それだけの関係だった。むしろ、タカは天体観測クラブのメグと喋ることのほうが多いぐらいだった。
「付き合ってる? そ、そんなんじゃない……ないですよ」
振り向いて一言吐いたタカは、今朝の部室でのメグとのやりとりをケンは立ち聞きしていたのだろうと察した。とすれば、幼い頃に父から“レンタル夜空”をプレゼントされたことも耳に入っているはずだ。そちらのことを根掘り葉掘り糾されるほうがタカにはイヤだった。だから、このときもいつものようにあたりさわりのない返事でごまかそうとおもった。
「タメ口でいいよ。って、いつもそうだろ?」
「え? まあ……」
「そんなに緊張してたら、逆効果だぜ」
「…………」
「ま、付き合っていようといまいと、おれには興味ないんだ」
「そ、そうですか」
「だ、け、ど、メグには気をつけたほうがいいぜ。ストーカーまがいのことやってるみたいだしな」
「ストーカー?……って、ぼくを?」
大げさにタカは驚いてみせた。メグとは小中も同じで、いささか訳ありの仲だった。というより、タカと同じ高校に進学するために、わざわざ遠地を選んだふしもある。本人に確かめたわけではないにしても、要するにそういう間柄で、付き合う付き合わない以前の問題だった。
「ん、なんかね、おまえのあとを尾行したり、人を雇って監視してたり……」
「ええっ? 人を雇ってまで?」
「はっきりと確かめたわけじゃないけどな、街角でよくみかける。この前なんか、メグの奴、探偵事務所から出てきたぞ。ま、そういうわけさ、だから、付き合うのもいいけど、ほどほどにしておいたほうがいいぞ」
「はぁ、そうなんですか……せ、先輩は大学には行かないと聞きましたが、どうしてです?」
これ以上メグ個人のことを追求されたくはないと考えたタカは、いきなり話題を転じた。いつかたずねてみようとおもっていたことで、高3のケンだけはいまも受験勉強そっちのけで、気ままにやっているという噂で持ちきりだったからだ。高2のタカにしても、そろそろ自分の進路というものと真剣に向き合わなければならない時期にきていた。
(逃亡犯の親を持つぼくが大学なんて……)と、ずっとタカは悩んできたのだ。だからこそ、大学進学をあえて選ばないケンの本音を引き出したかった……。
「大学? ああ、おれにはそんなことより、大事なことがある……」
「ええと……? さしつかえなければ……」
「どうした? 今日はいやに謙虚だな」
「いえ、ぼくもそろそろこれからどうしたらいいのか考える年頃なんで……」
ちょっと茶化したふうにタカが答えると、意外にもケンが直球を投げ返してきた。
「やっぱり、父親のことが頭から離れないのか……?」
「えっ……? は、はい……」
「ま、あれほどマスコミに出てた人だから……って、まさか、おまえ、おやじさんが犯罪者だから普通に大学行っていいのかなんて、そんなことで悩んでいるわけじゃないだろな!」
意外にもケンの口調には侮りのにおいは含まれていない。タカはそのことに驚き、同時にたじろいだ。まさか、こういうタイプのひとがすぐ近くにいたなどとは信じらないのだ。
「親は親、子は子……それでいいじゃん。いつもひとの目を気にして、お利口さんにしてても、いざというとき、そいつらが、助けてくれるわけなんかないじゃんか」
ケンは続ける。けれど、まだ肝心な答えは引き出せていない。どうしてかれは大学に進学しないのか……。
「……あ、質問に答えてなかったな。そ、おれ、アメリカに行くんだ。師匠を見つけたんだ!」
「アメリカ……? 師匠……?」
タカは驚いた。一体、ケンは何を言い出すのか……。
「あ、あそこのちっちゃな公園のベンチで話をしないか。おれもまともにひとと話すのは久しぶりだからさ」
ケンが指差した方向には、やがて撤去されるミニ公園のベンチがあった。落日に近い陽が枝木を透して黒の色彩を投げかけていた。
(シャッターチャンスかも)
一瞬、そんなことをおもいつつ、タカはさっさと歩き出したケンのあとを追った……。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
神様なんていない
浅倉あける
青春
高校二年の大晦日。広瀬晃太は幼馴染のゆきと、同じ陸上部の我妻にゆきの厄払いに付き合ってくれと家を連れ出される。同じく部活仲間である松井田、岡埜谷とも合流し向かった神社で、ふいに広瀬たちは見知らぬ巫女服の少女に引き留められた。少女は、ただひとつ広瀬たちに問いかける。
「――神様って、いると思う?」
広瀬晃太、高橋ゆき、我妻伸也、松井田蓮、岡埜谷俊一郎。
雪村奈々香の質問に彼らが出した答えは、それぞれ、彼らの日常生活に波紋を広げていく。
苦しくて、優しくて、ただただ青く生きる、高校生たちのお話。
(青春小説×ボカロPカップ参加作品)
表紙は装丁カフェ様で作成いたしました。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~
みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。
ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。
※この作品は別サイトにも掲載しています。
※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。
放課後、理科棟にて。
禄田さつ
青春
寂れた田舎の北町にある北中学校には、都市伝説が1つ存在する。それは、「夜の理科棟に行くと、幽霊たちと楽しく話すことができる。ずっと一緒にいると、いずれ飲み込まれてしまう」という噂。
斜に構えている中学2年生の有沢和葉は、友人関係や家族関係で鬱屈した感情を抱えていた。噂を耳にし、何となく理科棟へ行くと、そこには少年少女や単眼の乳児がいたのだった。
夏の決意
S.H.L
青春
主人公の遥(はるか)は高校3年生の女子バスケットボール部のキャプテン。部員たちとともに全国大会出場を目指して練習に励んでいたが、ある日、突然のアクシデントによりチームは崩壊の危機に瀕する。そんな中、遥は自らの決意を示すため、坊主頭になることを決意する。この決意はチームを再び一つにまとめるきっかけとなり、仲間たちとの絆を深め、成長していく青春ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
退会済ユーザのコメントです
ひゃあ、いま、気づきました。お気に入り登録、本当にありがとうございます。
引き続きどうぞよろしくお願いします。