上 下
78 / 100
どうも、学内対抗戦です

どうも、予選でも勇者です

しおりを挟む
「同じ学校の生徒同士で戦うなんて、悲しすぎるよ! 僕たちは話し合えるはずだ!」

「素敵ですわ勇者様…」

「いや、これ学校行事…」

 リング中央で叫ぶ勇への反応は両極端だった。

 取り巻きの令嬢は別のリングへ行かせたはずなのに、早々に新たな取り巻きができている。勇者のハーレム属性はなかなか外れないものらしい。
 そんな彼女らは勇者の鼻で笑える綺麗事にうっとりしている。

 一方で男子と、一部のまともな女子は勇者の言い分に引いていた。

「バトル行事で戦いたくないなら棄権すれば?」

 どこからかまともな指摘が飛ぶ。しかし勇は首を振った。

「戦いたくないんじゃない! 戦ってほしくないんだ! 皆は僕が守る! だから皆は仲良くしててほしいんだよ! それに僕が戦ったら、皆を傷つけてしまうし…」

「はあ?」

 わかるようなわからんような、でも勇者として召喚されたのならこのくらい正義感が強いのは当然なのかおかしいのか…と複雑怪奇なモノを見る目で珍妙な顔をしていた生徒たちは、勇の最後のひと言で我に返った。
 召喚されてまだ数ヶ月の勇者が、生まれてこのかたずっと鍛錬してきた自分たちより強い? 笑わせる。

「勇者って魔力のない世界から来たんだろ? なのに俺たちに勝って当然とか、ふざけんなよ!」
「そこまで舐められるなんて、心外よね」
「いくら勇者でも、こっちは経験値があるんだぞ!」

 憤る生徒と。

「勇者様がせっかくお慈悲を垂れてくださっているのに!」
「なんて口答えなの!?」
「勇者様は勇者様なんだから強いに決まっているでしょ!」

 反論する新・取り巻き。

「あのー、試合はー…」

「司会は黙ってろ」
「司会は黙ってなさい」

 勝負を促す司会の声は、両者からの声で掻き消えた。

 なるほど、こうしたやり取りが繰り返されていたため、他のリングで予選がすべて終了していても、このリングだけは始まってもいなかったのである。

「こういうの、生徒会長として放置できひんのちゃう?」

「そうなんだけど、関わりたくないんだよね」

「実際に目の当たりにすると、これまでのことに合点がいくね」

 解決するよう促すミケルと、笑顔で拒むルイス。初めて勇者の言動を目にして、これまで生徒会を騒がせてきた様々な騒動暴動に納得がいったニコライ、その横で頷くツヴァイゲルト。そしていつの間にかクッキーをつまみ食いしているティティス。

「ティティス先輩、おいしそうですねそのクッキー」

「精神安定作用のあるハーブを練り込んでいるの。あなたもどうぞ」

 合同授業以来スイーツ巡り友達となっていたリズとティティスは、クッキーをともに食べ始める。
 ティティスはルイスを筆頭に生徒会メンバーと男子勢にもクッキーの小袋を渡した。

「あなたたちも食べなさい。で、事態を収拾して」

「ありがとう。クッキーはいただくよ。あの中に入りたくないけど」

 ルイスは1枚口に含むと、リングに張られた見えない壁ギリギリまで近寄った。

 その後ろで、アゲハもクッキーを口にする。

「うまい。落ち着く味だな」

「オチツキ草とイガイタクナクナールを配合して作ったの。お口に合うなら嬉しいわ」

 なんと胃薬として使われる薬草まで入っていた。どれほどのストレスを予期していたのか。

「ティティス先輩の手作りですか!? 今度ぜひ作り方を教えてください!」

「いいわよ。簡単だし、女子寮で作りましょう」

「僕も混ぜてもらえるかな」

「わ、私も作りたいのでしてよ!」

 女子勢のほんわかした会話をバックに、なんとも気の重い顔をしたルイスは、拡声魔法を使いながらリング内へ語りかけた。

「諸君! これでは埒が明かない! 今から3つ数える。その後は各自、攻撃に移るように。もちろん守りに入っても構わない。とにかく戦闘に移れ。これは生徒会長としての命令である」

「でも――」

「たとえ勇者としても、この命令に背くのであれば予選敗退とする。では始めよう。3、2、1、始め!」

「【ウォーターボール】!」
「【ファイアレーザー】!」
「【ウインドカッター】!」
「【アースニードル】!」

 反論する勇者を押し切ってのルイスの声により、予選賛成派常識的なほうはすぐさま攻撃に移った。

「そんな! 同じ人間、同じ生徒同士を争わせるなんて! でも仕方ない。僕は勇者、やられるわけにはいかないんだ! 行け! 【ライトレーザー】!」

 ルイスは無言でティティスにクッキーを要求した。何やらイラッとする前置きが長かったためだろう。
 アゲハもフレイたちもクッキーのおかわりを求める。特に生徒会メンバーはクッキーの取り合いを始めた。普段から負担を強いられているからこそ、一刻も早くこのイライラを解消したいのだ。

「オチツキ草ならあるが」

「草のままでいいからくれ」

 アゲハが言えば生徒会メンバーは真顔で振り返ってきた。顔がマジすぎて怖い。魔王を(違う意味とはいえ)怖がらせるなど、前例にないことである。

 とにかくアゲハは指を鳴らした。

「はいはーい、そういうことねー」

 観測水晶で予選の様子を見守っていたザガンがすぐさま現れ、皆にオチツキ草を渡す。加熱しなければ、そのまま食べるには苦みが強いはずだが、生徒会メンバーは人目も気にせずもっしゃもっしゃ食べた。

 その横で、勇者の放った極太魔力そこそこ密度のレーザーが有象無象の攻撃を焼き切り全員に直撃していた。戦いたくないと言っていた割には容赦ない攻撃である。

「多少訓練したのは嘘ではないんだな」

「これで…被害が増える…」

 感心するアゲハの横でルイスが項垂れた。つられるように生徒会の面々もどんよりしている。

「ザガ…ザク、イガイタクナクナールとやらも見つけてきてやってくれ」

 ザガンは跪きながら頭を垂れて一礼し、すぐさま転移で去った。

「なんかアゲハとザクさんって、幼馴染って割には不思議な関係だよなー」

 フレイの呟きは、女子の甲高い悲鳴にかき消された。

「私たちは棄権しますわ!」
「勇者様と戦うなんて!」
「できないですもの!」

「皆、ありがとう! 僕も皆を傷つけるなんてできないから良かったよ!」

 茶番が行われていた。

「私は棄権しなくてよ! 勇者様とともにあるのが私の使命ですもの!」

「マリア! ありがとう、嬉しいよ!」

 まだ茶番が続いていた。

「えー、第4リングの勝者は、勇者と王女様でーす。ちなみに試合で棄権とはー実戦では命を差し出す行為にあたるのでー命を差し出す側も差し出された側もーその重みを知るようにー」

 この結末はテンションが上がらなかったらしい。司会は嫌そうにだるそうに宣言し、理事長はその横で深く何度も頷いた。

「皆の命…もらった命は無駄にしない! 僕の力にしてみせる!」

「キャー!」
「勇者様ー!」
「素敵ですわー!」

 どうやら通じてほしい人々には通じなかったようだ。

「よーし、じゃあ本戦は明日だぞー。今日負けた奴は観戦だからなー。俺が出勤なのに勝手に休むなよー…ったく、今から観客席作りかよ…ボーナス出せよー…」

 シラが締めるが、まったく締まっていなかった。

「ま、ともかく明日、ここにいる皆で本戦だ」

「後輩だからって手加減はしないからね。お互い頑張ろう」

 ルイスとニコライのほうが、余程上手な締め方をした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダンジョン・ホテルへようこそ! ダンジョンマスターとリゾート経営に乗り出します!

彩世幻夜
ファンタジー
異世界のダンジョンに転移してしまった、ホテル清掃員として働く24歳、♀。 ダンジョンマスターの食事係兼ダンジョンの改革責任者として奮闘します!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

処理中です...