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どうも、実技演習です

どうも、封印です

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 乗り気なルイスに諦めたティティスが、今度スイーツを奢る約束と引き換えに、朽ちた祭壇を原型がなくなるほど燃やし尽くす。
 絶対に和国スイーツを食べずに転移した恨みが入っている…と戦慄しながら、全員で洞窟へと入る。

 中は真っ暗だが、ルイスが小さな黄白色の光の球を浮遊させてランプ代わりにしてくれたため、一行はなんとか視界を確保できていた。

 …というのは人間の話。
 人間よりも視力の良い魔族は夜目も利くため、アゲハには壁となっている岩肌の凹凸までしっかりと見えていた。

「そういやアゲハ。最後の英雄と知り合いって…」

「…向こうで知り合って、あいつは召喚された。それ以来会ってなかったから、さっきのが…何年ぶりだ?」

 アゲハは口からでまかせを紡ぐ。実はさっきが2度目の顔合わせであり、初対面はこちらの世界なのだが、アゲハは人間だという前提が崩れない限りそこは疑われないだろう。

 アゲハは正確な年数を思い出せなかったが、バカ正直で素直なフレイは騙されてくれた。

「へえ。アゲハは、異世界人なのにこっちに知り合いが多いな」

「召喚は縁のある者につながりやすいらしい」

 そう、神が言っていた。

「そうか。じゃあ最後の英雄がいたからアゲハが召喚された、ってことか…」

 頭脳派のクレアを騙すのは少し面倒だから、いろいろ間違ってはいるが、勝手にそう納得してくれるならそれでいい。

 最後の英雄と、結局観光できずに終わった和国の、特にスイーツのことで一行の話題はもちきりだった。

「なんか…寒くなってないか?」

「嫌な…感じ…」

「じめじめしているし、埃っぽいわね」

「あんみつにたい焼きに団子…食べたかったわ」

 フレイ、ペタ、リズが三者三様の感想を述べている横で、ティティスはまだ和国への未練を語っていた。祭壇を燃やす程度では腹の虫はおさまらなかったらしい。
 スイーツにつられて依頼を選んだのに、秒殺したせいではた迷惑な勇者捜索に駆り出されてしまったのだから、気持ちはわからなくもない。

 一方でアゲハは、懐かしい気配を感じ取っていた。薄く、かすかに漏れ出ている魔力。水晶にでも閉じ込められているような…。

 湿った土のにおいがする中を進む。反響していた足音が、急に遠くなった。広い空間に出たのだとわかる。

 アゲハは息を飲んだ。まだ誰も気づいていない。

「ルイス、もっと明るくならないか? ほら、前に練習していた…」

「あれか。もちろん、できるようになったよ。【ホワイトフレア】」

 アゲハに促され、ルイスは新しく習得した白魔法を使った。天井付近まで人間の頭ほどの白い球が浮かび上がり、強く発光し始める。

 洞窟内の広さは推測できている。光魔法よりも白魔法のほうが適当だろう。そんなルイスの考えは、通常の洞窟でなら正しい。

「まぶしっ!」

 全員が腕で目や顔を隠す。
 白魔法はさすが光魔法の上位互換なだけあって、洞窟内の明度は格段に上がった。
 もちろん攻撃目的ではないため、アゲハが傷つくこともない。

「うわっ! 白っ!」
「何も見えない…」

 しかし一方で、透明度はガタ落ちしている。眩しさに慣れたフレイたちが目を開けても、周囲は一面、真っ白な世界だった。
 白魔法は使用後数秒、その場にいる全員の視界が真っ白になり何も見えなくなるのだ。

 地球の病院のような、という表現がしっくりくる白さだが、アゲハは健康優良児なため、今も昔も病院とは縁遠い。
 ここに天使がいれば、天界のようだと言ったかもしれない。天界に属する魔法なだけあって、天界のような果てのない白い空間を地上に再現している。

 その間、わずか数秒。

 洞窟に響き渡る、何かにヒビが入る音。アゲハは人知れず拳を握り締める。

 そう、ここは一般の洞窟ではない。封印の洞窟なのである。

「な、なんだ…!?」

「割れてる…?」

「なんやわからんけど、備えろ!」

 フレイとクレアの頓狂な声に、正体を探るティティスと魔武器を構えながら指示するミケルの大声。

「ごめん、俺が危険はないと思ったばかりに…」

 ルイスはそう言って、白景の収束時間を早めることに集中した。視界が白く染まるのは白魔法の副作用のようなものだ。一度収まってしまえば、光魔法以上の効果が現れるだけ。視界はクリアになる。
 戦闘中には良い目眩ましになるが、何が起きたのか視認したい今は邪魔でしかなかった。

 硝子を突き破るような音。ルイスの努力虚しく、金属音めいた甲高い轟音が洞窟全体を震わせる。

「あっ!」

 そしてようやく、視界が戻ってくる。太陽を得たように明るい洞窟の、一際広い空間。その中央に、割れた水晶の欠片が散らばっていた。それを踏みつけているのは――

「人間…?」

「いや……」

 一見すると人間のようだが、美しい銀の髪に燃える赤い目、トレードマークである蝙蝠のような半透明な羽。

「魔族だ……」

 紛れもない魔族だ。両肩に特徴的な赤い五芒星が刻印されている。

(デカラビア…)

 アゲハは呼びかけるわけでもなく名を呼んだ。
 数百年ぶりに目にした同胞。最後に目にしたときからまったく姿が変わっていない。

 魔族とて不老不死ではない。数百年経っても変わっていないということは、数百年間ずっとここに、こんな薄暗くじめじめとした洞窟の中に封印されていたということだ。

 てっきり任務に出ているものだと思っていたのに。

『うむ…? 動ける…?』

 デカラビアはまだ封印の水晶から出られた実感がないようで、黒い鱗に覆われた両手を矯めつ眇めつしている。

「まさか魔族が封印されていたとは…」

 封印を解いたルイス本人が一番驚いていた。

 封印の水晶は魔のものを封じるものであるため、魔界の生物以外でなければ壊せないようになっている。
 逆をいえば、魔界の生物でないと示せるなら簡単に壊せるということだ。そして白魔法は、魔界の生物には扱えない魔法である。

「封印の大水晶に、解放の許可…。俺が魔族を解放してしまったのか…」

 ルイスは唇を噛む。

 魔族など高位の魔物の封印に使われる大水晶。封印を解くには、その近くで白魔法を使用しなければならない。

 今回ルイスに解放の意思などなかったが、大水晶の近くで照明目的といえど白魔法を使用したことにより、結果的に封印を解く許可を下したことになってしまった。
 つまり、ルイスが魔族を解き放ったということ。とはいえ、そう仕組んだのはアゲハだが。

 我がお気に入りはきちんと役目を果たしてくれた、とアゲハは隠れて口角を吊り上げた。同胞が封印されているのを誰よりも早く察して、ルイスに頼んだ甲斐があった。
 封印の水晶を見てからでは、腹黒ながらも一応人間擁護派であるルイスは、念のため白魔法を使わなかっただろうから。

「儂を解き放ったのは貴様か、人間……人間?」

 銀髪の青年魔族は先頭のルイスから順に、魔武器を構える面々を見て、アゲハの顔で視線を止めた。

「人間? いや、しかし…」

(久しいなデカラビア。我は現魔王、ノワール・ヴィルモンティーノ。今は人間に擬態しておるゆえ、気にするでない)

 数百年来顔を合わせていなかったデカラビアは、アゲハの今生の姿を知らない。しかし魔力は懐かしいものと一致する。だからこそ不思議だったが……。

 アゲハからの念話により、とりあえず空気を読むことにしたデカラビアは、よくわからないがそれ以上追及しなかった。
 デカラビアの任務は諜報活動。擬態や空気を読むのは得意なのである。

「儂を解放した褒美をやろう、人間よ」

 褒美と言いつつ、デカラビアは魔力を解放して威圧する。

 ルイスは平然としているが、残る3年組は顔をしかめ、フレイたち1年組に至っては頭を押さえて呻き声や叫び声を上げた。魔法への抵抗力が如実に表れている。

「もう一度封印されてくれ、というのは駄目かな?」

 爽やかに笑いながらも、ルイスはフレイたちを庇えるよう臨戦態勢に移っている。

 現役のトップランカーとブランク数百年の魔族では、果たしてどちらが強いのだろうか。

「威圧を耐え抜いた奇特な人間の言うことは聞いてやりたいが、それは論外じゃ」

「では、勇者を襲ってくれないか?」

 2人のバトルを見てみたい気持ちもありつつ、ルイスがフレイたちを守るための願いをする前にアゲハが言い切った。
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