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第一話

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 進路希望について 本郷渡
 小学生のころになりたい職業だなんて、実際そう面白かったりかっこよかったりするものでは無かったというのに気が付いたのは、いつごろだっただろうか。高校生になって現実というものを悟ってしまったこの俺も、幼稚園の時はまあ生意気にお巡りさんになって悪い奴を捕まえるだとか、新幹線の運転士になってビュンビュン新幹線を走らせるのだとか、よくもまあそんな男児のテンプレ通りに考えられるなと今になっては思うくらいだ。しかしだ。成長して現実を知るとこういう夢も薄れてくる。あこがれていた交番のお巡りさんはしょせん下っ端で安月給だし、新幹線の運転士も規則や指令員、ダイヤに縛られて好き勝手出来ないことは俺の夢への情熱を徐々に奪っていったものだ。目の前にある進路希望用紙とかいう紙切れ一枚にすら何も書けずにいる俺がまさにその夢が薄れていった結果を表しているといってもいいだろう。
 しかし、本当にそれでいいのだろうか。男児というものはいつまでも男児たりうることが条件であり、美徳ではないだろうか。これすなわち果てしない夢を持ち続けるということが男児の条件ではないだろうか。しかし、この現実世界に理想がないのもまた事実である。そこで、俺は声を大にして言いたい。もはや、男児が男児として夢を持ち続けるには異世界転生しかないのだと。すなわち、俺の進路希望としては異世界転生を希望する。なるべく早いうちにだ。

「これは何だね。本郷君」

 担任の本所が俺の前に一枚の紙を叩きつけて言った。確か、それは俺が書いた進路希望用紙だ。

「進路希望用紙ですか」
「そうだ。なぜこんな突拍子もない結論になってる。真面目に書け」
「俺としては割と真面目なんですが。ほら、先生もリゼロとか、このすば!とか知りませんか? 俺はそれを参考に進路希望を……」
「理屈はいいから、書き直せ! なんだこの第一志望、異世界転生ってのは! 書かんと推薦やらんぞ!」
「ひぃっ! それだけは勘弁してください!書き直しますから!」
「わかったら、さっさと書き直して提出しろ」

 そう言って、本所は俺に白紙の進路希望用紙を指しだして、俺に記入するように迫った。

「明日の朝でいいですか?」
「今日中に出せ。馬鹿もん」

 それだけ言うと、本所はもう用はないとばかりに、椅子を回転させ、俺に背を向けた。俺はその背中に一礼し、職員室を去る。強制残業タイムのはじまりだ。なんで俺は学生のころから残業なんてさせられてるんだろうね。教師も、残業ではなく居残りだと言って、このクソ残業を肯定したがる。頼むから帰らせてくれ。
 仕方なく俺は教室に戻って再び貰って来た進路希望用紙とやらに無難なことを記入する。こういうのはたいてい第一志望から第三志望まで全部大学名で埋めれば何とかなるものだ。ましてや、ここは大学付属校。系列大学の学部を片っ端から記入しておけば、それだけで進路希望用紙としてのていは保たれるし、教師も付属校からの進学実績が上がって生徒募集や偏差値向上に拍車がかかってウィンウィンの関係が構築される。
 さっさと書いて提出して帰らせてもらおう。俺は自分以外誰もいない教室の教卓で、進路希望用紙を書き始めた。系列の早稲山大学の学部で端から端まで埋める。理由には、テキトーに就職で有利だとか、ネームバリューのある大学で学びたいとかそれらしいことをサラッと書いておく。あとは、これを提出するだけだ。そう思ったとき、急激な眠気が俺を襲った。物凄く眠い。立っているのにもかかわらず、俺は急激に睡魔の海に引きずり込まれていく。これを出して帰ったら、いや、これを出して帰りの電車の途中まで。せいぜい持ってくれ。そう思いながら、俺は自らの瞼が閉じていくのを感じた。
 夢というのは不思議なもので、たいてい自分の都合によいように出来ている。今の状況がそうだ。教室で眠気に負けて眠ってしまったはずなのに、俺は今目の前に教科書で見た古代ギリシアの彫刻のような人物がたたずんでいるのが分かった。しかし、俺が住んでいる日本にはそんな人間は見かけることは少ない。ああ、これは夢だなと判断し、俺はその男に話しかける。

「すみません。夢なのにむさくるしいおっさんが出てくるって何事ですか。もっとこう、美少女とかなかったんですか」
「俺はむさくるしいおっさんではない。デウスという名の神だ」
「そうですか。それで、俺に何か用ですか」
「うん。君に異世界転生してもらうことにした。なに。心配するな。日本語が通じるところだ」
「はあ、それは確かに望んでいましたが、なにか能力でも授けてくださるんですか。魔法とか習得させてくれるんですか」
「そんなものはない世界だ。そんなのを許したら、せっかく俺が作った世界が崩壊するかもしれんだろう。俺の作った世界は我が子のようなものなんだ。では、行ってこい」

 そう言うと、デウスと名乗ったその男は俺に対して呪文のような言葉を話す。それを聞くと、俺は再び強烈な睡魔に襲われて眠ってしまった。夢の中で眠るって経験、なかなか新鮮だな。
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