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覇王

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「若様! ご無事ですか!?」
 息を切らして走ってきたのはルドだった。
「遅せぇぞ! どこで油売ってやがった!」
「申し訳ありません。エルリィスさんを追っているとどこからともなく現れた死霊兵に囲まれてしまい、殲滅せんめつに手間取っておりました」
 ルドは戦闘向けの魔法の才が無い、それだけ時間を使ったのも仕方がないとアルフは水に流す事にした。
「そいつを連れてこの城から逃げろ」
 アルフは横たわるエルリィスを指して言った。アルフはオルディンの様子を注意して見ていた。オルディンはまだ息があり、もがき苦しんでいた。このままなら大量失血で死ぬだろうが、まだ何か仕掛けてくる可能性があり気が抜けなかった。
「エルリィスさん! これは一体・・・・・・」
 ルドはエルリィスの様子を一目見て深刻な状態だと分かった。目立った外傷は無さそうだが、危険な程の魔力消費と、一番気になったのは明らかに存在を主張している腕の禍々しい刻印だった。
「話は後だ。こいつにありったけの薬ぶち込んでおけ。助かるんならどれだけ値が張っても構わない」
「守銭奴の貴方がそこまで仰るなんて珍しい事もあったものですね。しかし、若様はどうされるのです? 貴方を置いては・・・・・・」
「いいから先に行け! これは命令だ!」
 アルフは一層強い口調で言った。オルディンの動きが止まった。だが、オルディンの斬り落とされた腕の指がピクリと動いたのをアルフは見逃さなかった。
「・・・・・・承知しました」
 その命令は普通の命令とは違い、ルドにとって特別なものだった。例え全身全霊で抗おうとも、決して逆らうことは出来ないのをルドは身をもって知っていた。ルドはエルリィスを背中におぶった。
「こんな時だけ絶対命令を使うなんて、ずるい御方です。どうかご無事で・・・・・・」
 そう言ってルドは後ろ髪を引かれる思いでアルフに背を向け、走って広間から出た。
「さて、死んだフリはよしたらどうだ?」
 アルフがそう言うと広間に静かな笑い声が響いた。
「ククククク・・・・・・」
 倒れたオルディンの体から黒い煙が立ち上り、体を構成する筋肉が隆起し始めた。そして、ゆっくりと立ち上がると体から出た煙が落ちた両腕を引き寄せ、ねっとりとした煙がその腕を接合していった。
「儂の運もまだまだ尽きてはおらぬようだな。その金色の瞳、黒き剣、まさか、こんなところで出会えるとはな・・・・・・漆黒の覇王よ!」
 アルフは両手の剣に力を入れると右手の剣をオルディンの前で構えた。オルディンの皮膚の色はすっかり土色に変わり、体中から瘴気が溢れ出ていた。
「その様子だと、もはや人ではないようだな。自らを死霊化させるとはな・・・・・・」
「クハハハ、そんな事は些細な事だ。これから貴様の力を取り込んで、今度はこの儂が覇王になってやるのだからな」
 覇王は十啓の更に上、全ての天啓の頂点に立つ存在であり、十啓を従える存在だった。オルディンは覇王の力を手に入れれば宿願が叶うと考えた。その為なら、己の全てを投げ打ってでも賭ける価値があると判断した。
「ハッ! その覇王に喧嘩を売ろうとはな。やれるもんなら、やってみろ!」
 そう言い終わったところでアルフは再びオルディンの視界から消えた。その足音すらしない疾駆はオルディンの目にはとても捉えることが出来ず、アルフはオルディンの背後へと回り込み、二本の剣を使い背中を連続で斬り込んだ。屍人となったオルディンは痛覚を失い、悲鳴を上げることなく振り向きざまに肥大化した腕でアルフを殴ろうとした。
 だが、アルフはオルディンが反撃をしてくるよりも前に動きを予測し、地面を強く蹴り上げ上空に飛び上がり空中で体を回転させるとオルディンの肩を剣を交差させ斬りつけた。
「小癪な・・・・・・、だが痛くも痒くもないぞ小僧!」
 アルフは斬りつけた後、地に着地するとオルディンの正面に向かって駆けた。新たに斬撃を浴びせようとするとオルディンは手に魔力を瞬時に集め硬化させ黒い槍を形成し、アルフの剣を真っ向から受け止めた。
 広間に剣と槍が激しくぶつかり合う音が響いた。
 アルフとオルディンはお互いに力で押し合い、殺気立った視線を交えた。
「どうした? 覇王の力とはこんなものではないのだろうっ!」
 オルディンはありったけの力でアルフを押し返した。続けざまにオルディンが無数の魔弾を放ち、アルフは魔弾を避け、最低限の手数で魔弾を斬り裂き、瞬足でオルディンに迫り、噛みつくかの様に剣を振るった。アルフは電光石火の動きで正面、右、後ろへとオルディンを翻弄すると隙をつき腕を斬りつけた。
 しかし、屍人となったオルディンを幾度斬ろうとすぐに再生され硬質化された筋肉のせいか先程の様に体を斬り落とす事すら敵わなかった。
「カッカッカッ、実に愉快だ。良いものだぞ、この体は。痛みもない、苦しみもない、儂は死など恐れぬ、もう死んでおるからな・・・・・・、ああ、なぜもっと早くこうしなかったのか。死して尚生き続ける。これぞ永遠の命!」
「ふん、死人は死人らしくさっさと眠りについてもらおうか」
「そうはいくか!」
 オルディンは全身から黒い闇を集めるとそれを膨張させ巨大な魔弾をアルフに向かって放った。
「チッ!」
 アルフは舌打ちをすると剣に力を集中させた。両腕を交差させて大きく剣を引き構えをとった。
「黒双剣技・一閃」
 アルフは水平に剣を薙いだ。剣から放たれる黒い衝撃波は空気を震わせながら真っ向からオルディンの巨大な魔弾を相殺し、辺りは爆風が巻き起こった。
「くっ」
 それは一瞬の事だった。オルディンが風に目を閉じたそのたった一瞬でアルフはオルディンの間合いにまで詰め寄っていた。
「はああああ!」
 一際大きな音がした。オルディンはアルフの繰り出す一撃をすんでのところで槍で受け止めていた。だが、アルフはもう片方の剣でオルディンの足元を斬りつけた。
 すぐにオルディンが反撃に出ようとしているのを察知しアルフは後ろに飛び退きオルディンと距離をとった。
「無駄だ、無駄だ! 幾ら斬ろうとこんな傷、すぐに再生する」
「本当にそうか?」
「何だと?」
「良く見てみろよ、俺が斬りつけた傷を」
 オルディンはハッとした顔で斬られた箇所を見た。その傷は小さくなってはいたが、完全に塞がってはおらず、その切り口から黒い光の様なものが漏れ出ていた。
「何だ、これは・・・・・・」
「いい事を教えてやろう。お前の力と俺の力の違いというものを。お前の掠め取った力は呪いの天啓だろう」
「それがどうした?」
「お前は俺を漆黒の覇王と呼んだな。なら司るものが何か分かるだろう?」
「闇・・・・・・か」
「ご名答。呪いの天啓は様々な呪いを扱い、他者を呪い殺す。元を辿れば闇の本質だ。なら闇は何だ?」
「死・・・・・・か? それが何だ! 儂はもう既に死んでおる!」
 アルフはオルディンがそう言って口元を緩め、薄ら笑いを浮かべた。
「ああ、闇は全てを飲み込み、全ての者に安息の死をもたらす。死者なら尚更冥府に送らねぇとな」
「ぬかせ!」
 オルディンはアルフに向かって魔弾を放った。
 アルフはその魔弾を斬り裂くとオルディンの目の前から姿を消したかの様に一気に加速した。
「なっ!」
 オルディンが気が付いた時にはアルフは既にオルディンの懐にまで近付いていて剣を防ぐ事も間に合わず、アルフはオルディンの胸元に大きな十字の傷を付けた。
 オルディンは自分の中で何か言い知れない違和感を覚えた。体中の傷が十字の傷と共鳴する様に黒い光が強くなっていた。
「何だ・・・・・・これは」
「悪いが、もう手遅れだ。闇を纏った剣で十度斬ってこの術は完成する。お前は既に十度斬られている」
 傷口からボロりと皮膚が朽ちた。
「我、覇王が冥府の王ディアグラに命ず、十の黒き刻の盟約において、死せる者を闇に飲み込み、冥土に葬れ、十刻葬の番人!」
 アルフはオルディンを背に詠唱した。オルディンを警戒し見遣る必要がなかった。何故ならば既に決着がついていたからだった。
「バカな・・・・・・、儂の、儂の体が・・・・・・」
 オルディンの体中の傷から無数の白い骨の手が皮膚を突き破り、肉を引きちぎり、オルディンの体は形を保つ事が出来なくなり、その散り散りとなった体は骨の手によって黒々とした闇の中へと引き込まれていった。
「あああああ、ぐああああっ!」
 オルディンの顔も、腕も、足も、皮膚の一片も残すことなく消え去ると、アルフは黒い剣の魔力を解くといつもの短剣の形に戻った。
 全てが終わった。オルディンの望んでいた永遠は違う形で叶った。冥府を永遠に生きると言う形で。
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