きみこえ

帝亜有花

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エイプリルフール if 後編 One day romance

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    数軒服屋や雑貨屋を見た後、二人は昼食を兼ねてカフェに入った。
    お洒落な雰囲気のあるカフェは客の数も少なく、落ち着いてゆったりとした時間を過ごせそうだった。

「ほのかちゃんは何にする?」

【ミックスサンドとカフェオレ】

「デザートは食べないの? この『たっぷりイチゴと濃厚ホワイトショコラのスペシャルパフェ』とか美味しそうだと思うけど」

    その言葉にほのかは心が揺れた。
    メニューを見た時から一目で惹かれた赤と白のコントラスト。
    食べたくないと言えば嘘になる。
    だが・・・・・・。

「あ、またお金の事気にしてる? 結局服も雑貨もアクセサリーも買わせてもらえなかったし、この位は奢らせて欲しいなぁ」

【ありがとう、じゃあそれも注文していい?】

「うん、勿論♪」

    ほのかは氷雨が淡々と店員に注文をしている間考え事をしていた。
    氷雨の話し方や、ベタベタに甘やかしてくる所、細かい仕草、どれをとっても時雨とそっくりだと思った。

「ところでほのかちゃん、一つ聞きたい事があって・・・・・・」

【?】

「その・・・・・・」

    氷雨は急にしおらしくなり、言いにくそうに頬を赤らめた。

「・・・・・・どう思ってる?」

【??】

    どう思ってるとは何の事なのか、言葉が抜けている為ほのかにはさっぱり分からなかった。

「・・・・・・・・・・時雨の事をどう思ってる?」

    暫くの沈黙の後、氷雨はポツリとそう言った。

【!?】

    どうと言われても、ほのかは今まで時雨の事を深く考えた事がなかった為困惑した。
    そこでほのかはスケッチブックに思いつくままに書き出した。

【背が高くてかっこいい】

「うんうん」

【女子生徒に良くモテている】

「ほおほお」

【ケガの手当てが上手い】

「なるほどなるほど・・・・・・って、全部客観的な意見じゃないか。もっとこう・・・・・・、主観的な話が聞きたいんだけど」

    主観的、そう言われてほのかは頭の中の辞書を引いた。
    そして、意味合いを理解すると再びゆっくりとスケッチブックに文字を書いた。

【手料理が美味しい】

「・・・・・・うん、まず胃袋なんだ」

【心配性で過保護な所があるけどいつも優しくて】

「か、過保護・・・・・・」

    氷雨の顔はみるみる内に落胆した様な顔になっていった。

【いつも距離が近くて・・・・・・】

    ドキドキする。
    そう書こうとして恥ずかしくなったほのかは照れ隠しで【セクハラ大王?】と続けて書いた。

「セクハラ? それは心外だな・・・・・・」

    氷雨は早口で小さく呟いた為、ほのかには氷雨が何と言ったかが分からなかった。

【今なんて?】

    すると、氷雨は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「セクハラってさ、例えばこんなのとか?」

    氷雨はほのかの手を取るとその甲に口付けた。
    いきなりそんな事をされたほのかは一気に火がついた様に顔が火照った。
    氷雨はほのかの反応を楽しむ様に瞳を真っ直ぐに見詰めながら唇をゆっくりと指先へと移動させた。
    そして、ほのかは舌のざらりとした感触を人差し指に感じると背中がゾクリと震えた。
    流石に客が少ないとはいえ人目のある所で羞恥心の限界点を超えたほのかは氷雨の手を振り払った。

「ふふっ、顔真っ赤にさせちゃって可愛い」

【セクハラ! セクハラ大魔王!】

    ほのかはわなわなとスケッチブックを震わせた。
    だが、そんな様子すら氷雨はさも楽しいと言わんばかりの顔をしていた。
    本当にもう一人時雨が居るみたいに、やる事なす事がそっくりだとほのかは思った。




【何故ここに?】

「うん、本当は学校が良かったんだけどねー、流石に不法侵入になっちゃうからね」

    ほのか達は市内にある図書館に来ていた。

「それともやっぱりこっそり侵入して学校にする? 学校の制服が借りられたらなぁ」

    氷雨の気まぐれな提案にほのかは高速でかぶりを振った。

【ここがいい、ここにしよう】

    春休みとはいえ、部活で出入りしている生徒や先生も居る。
    そんな学校に部外者を侵入させるなんてほのかには出来なかった。

「じゃあ早速、はいこれ」

    氷雨が差し出したのは図書館にあった英語、数学、国語、化学等の参考書だった。
    ほのかは春休みにまで見る事になるとは思っていなかったそれらに青ざめた。

【な、何故?】

「いやー、一度やってみたかったんだよね、一緒に勉強するってやつ。図書館は使えそうな参考書少ないし、本当ならやっぱり教室が良かったんだけど、仕方がないから放課後図書館で一緒に勉強するっていう設定で宜しく!」

    設定だとか不思議な事を言う氷雨にほのかは首を傾げたが、もしかすると海外では浮いていて友達と勉強をした事がないのかもしれないと勝手に解釈した。
    そんな氷雨に同情したほのかは氷雨の提案に付き合う事にした。

「さあ、何からやる? 分からない所があれば教えるよ」

    ほのかは何からやるか悩んだが、氷雨が得意そうな英語を選択した。

「英語ね、任せて! 結構得意な分野だから」





    氷雨は丁寧にほのかに英語を教えた。
    一問解く度に氷雨はほのかの頭を撫でた。
    冬真が飴と鞭で言うなら鞭しか与えないタイプだとして、氷雨はその逆で飴しか与えないような教え方だった。
    暫くして、長文の読解をしていると、ほのかは肩に伸し掛る重みに気が付いた。
    ふと横を見れば、氷雨が気持ち良さそうな顔で眠っていた。
    今まで付きっきりだった氷雨だが、ほのかが問題を解くのを待っている間に眠ってしまった様だった。
    ほのかは筆を止め、氷雨の顔をじっと見詰めた。
    見れば見るほど時雨の若い頃にそっくりな顔をしていた。
    ほのかは氷雨の顔にかかる髪を退けようと手を伸ばすと氷雨が目を覚ました。

「もしかしてずっと見てた?」

【気のせいです】

    ほのかは図星を付かれたが必死に平静を装って誤魔化した。

「ふーん、僕はほのかちゃんだったら何時間でも何日でも見てくれて構わないんだけどなぁ」

    平気でそんな軽口を叩く氷雨にほのかは【本当に時雨兄みたい】と書いて見せた。
    そのスケッチブックを見て、氷雨は目をパチクリとさせた。

「そんなに似てる?」

【本当に兄弟みたい】

「そう、・・・・・・難しいものだな」

【?】

    氷雨が何を難しいと言っているのかはほのかには分からずにいた。
    もしかしたら、氷雨にも解けない難しい問題に出くわしたのだろうかと、ほのかはその程度に考えていた。





「ほら、もっとこっちおいで?」

【でも・・・・・・初めてだからよく分からなくて】

    ほのかは躊躇いがちに氷雨を見た。

「大丈夫、全部僕に任せて、優しく教えてあげるから」

    氷雨はほのかの不安を拭い去るように優しい口調で言い、そっと手を差し伸べた。

【分かった】

    ほのかは恐る恐る氷雨の手を掴んだ。

「あ、早くしないと、はい、笑顔笑顔!」

    そう言いながら氷雨は一気にほのかを引き寄せ正面を向くとニコリと笑った。

『準備はいいかなー? はーい、撮りまーす、さーん、にー、いーち、パシャリ』

    軽快な音楽と掛け声がし、狭い空間は眩しく光に包まれた。
    二人は図書館に閉館まで居た後、再び商店街に戻るとゲームセンターに遊びに来ていた。

「うーん、プリクラとかかなり久しぶりだけど、最近のは美肌やらメイクやらスタンプやら色々あるんだなぁー、でも顔の原型はとどめたいなぁ、あ、ほのかちゃんはこの写真で大丈夫? 撮り直しも出来るけど」

    ほのかは目の前の画面の自分を見た。
    音が聞こえない分タイミングが分からなかったせいか、緊張気味にはにかむ自分が写っていた。

「あ、何だったらキスしながら撮るキスプリとかでもいいよ?」

    そんな提案にほのかはすぐさま【このままでいい】とスケッチブックに書いた。





「はい、こっちの半分はほのかちゃんの分ね」

【ありがとう】

    ほのかは先程撮ったプリクラを受け取った。
    まるで高校生の時雨と写真を撮ったみたいで不思議な気分だった。

「もうすっかり暗くなっちゃったね。もう遅いし、家まで送るよ」

    午後八時、空はすっかり黒くなり、商店街のネオンの灯りが夜の世界を醸し出していた。
    家に帰る道を歩きながら、ほのかは今日一日を振り返った。
    氷雨に振り回されつつも、何だかんだで楽しい一日を過ごした。
    もし、時雨が同い年だったのなら、こんな風に一緒に勉強したり、放課後に買い物をしたり、ゲームセンターに行ったりしたのだろうかと想像した。
    そして、今日の出来事を思い出しているうちにあっという間に家に辿り着いてしまった。

「名残惜しいけれど、お別れの時間だ」

    別れ、そんな氷雨の台詞にほのかは何故だか酷く寂しさを感じた。

「今日はありがとう。このプリクラも一生の宝物にするよ。いや、これだけじゃないや、今日一日の事、全部いい思い出になった。それじゃあね、さよなら」

    まるでもう会えないかのような口ぶりと、今にも露と消えそうな儚げな微笑みに、ほのかは帰ろうとする氷雨の服の裾を掴んだ。

「ほのかちゃん?」

【もう、会えないの?】

「・・・・・・うん、残念ながら、もう会う事は出来ない」

    その真面目な顔つきに、冗談等ではないとほのかは悟った。

【どうして? 折角知り合えたのに? もうこっちには戻ってこないの?】

「うん、もう二度と・・・・・・ね。あ、でもほのかちゃんにまた会いたいと思ってもらえてるだけでも嬉しいよ? あ、それとも今日一日で僕に惚れちゃったりなんかする?」

    氷雨はおどけた調子で冗談を言ったが、そんな言葉もほのかのには届かなかった。
    折角同年代の子と仲良くなれたのに、もう会う事が出来ないという悲しさにほのかは目頭が熱くなった。

「わー、わー、わー! な、泣かないで! あ、それとも、僕と遠い所に一緒に行くかい?」

【一緒に?】

    いきなりそう言われてほのかは戸惑った。
    確かに、氷雨と一緒ならどこに行っても楽しいだろう。
    だが、氷雨と一緒に居て、ほのかがいつも思い出すのは時雨の存在だった。
    やはり一緒には行けない、そう告げようとした時、氷雨はほのかの頭を優しく撫でた。

「冗談だよ。そんなに眉間に皺を寄せて考えてくれるなんてね。ごめん、一緒に連れていきたいのは山々だけど、最初から無理なんだ」

    ほのかのには氷雨の事情は良く分からなかった。
    どこか、これ以上踏み込んではいけないような不思議な雰囲気が氷雨にはあった。

「もう十分これ以上にないくらい贅沢したし、幸せな時間だったよ。だけど・・・・・・」

    それはあまりにも一瞬の事で、ほのかには何が起きたのか理解するのに数秒の時間を要した。

「最後の思い出に君に触れた事を許して欲しい。それじゃあね・・・・・・」

    ほのかは別れの挨拶をするのも忘れ、呆然としながら氷雨の唇が触れた場所にそっと手を当てた。
    氷雨の背はどんどん小さくなって見えなくなっていったが、その肌の熱はまだほんのり温かかった。
    あんな不意打ちは卑怯だとは思ったが、触れられて嫌だと思う気持ちは不思議となかった。
    だが、氷雨はほのかに彼を思い出す度に胸をチクリと刺すような小さな棘を残していった。




    ほのかはトボトボとマンションの部屋の前に着くと、隣の時雨の部屋が目に付いた。
    ふいに時雨に会いたくなったほのかはインターホンを押した。
    しかし、いくら押しても開かない扉にほのかは肩を落とした。
    諦めて帰ろうとした時、目の前に時雨が立っていた。

「あれ、ほのかちゃん?」

    ほのかは時雨の姿を見つけると、泣きたい気持ちを堪え時雨に駆け寄った。

 「どうしたの? もしかして僕を訪ねてきてくれた?」

    ほのかはじっと時雨の姿を見詰めた。

【服装が氷雨君と一緒】

    その言葉に時雨はギクリとしたが、「気のせい気のせい、どこにでも売っている服だし、これが最近のトレンドなんだよ」と言って誤魔化した。

「それより、久しぶりに晩ご飯一緒に食べるかい?」

    いつものほっとする笑顔にほのかはこくりと頷いた。
    晩ご飯を食べながら、今日の出来事を時雨に色々と話そうとほのかは思った。
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