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Red Flush
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バスケットボール部の練習試合に出た次の日、陽太は翠との約束通り部室に顔を出した。
「お疲れ様でーす・・・・・・あれ?」
陽太はてっきり皆居ると思っていたが、部室に居るのはほのかだけだった。
ほのかはというと陽太が部室に来たのにも気が付かずにひたすら書道に打ち込んでいた。
陽太はすぐに声を掛けようか迷ったが、暫く文字を書いている様子を観察する事にした。
用紙に真っ直ぐ向き合い、深呼吸をして集中し、筆をゆっくりと滑らせる。
黒の直線や曲線が交わり合い、それらが一つ一つの文字という形を成していく。
その書き上げられた文字は目を見張るものがあったが、それよりもほのかの所作の全てが綺麗だと陽太はそう思った。
そんなほのかに見惚れていると、陽太はほのかと目が合った。
「あっ」
急に見詰めていたのがバレて陽太は急に気恥ずかしくなってきた。
【来てくれてありがとう】
ほのかはただでさえ運動部の助っ人で忙しい陽太が部活に来てくれた嬉しさから笑いながらスケッチブックにそう書いた。
「うん、書道部存続の危機なら協力しないとね」
実際は、ほのかが他の誰かと遊びに行く事になるなら例え希望が薄いとしても全力で阻止したいからだった。
「そう言えば、冬真と先輩達は?」
【天草先輩はどうしても休めないアルバイトへ、露木先輩と氷室君は書道用具の買い出しに】
「へえ、そうなんだ」
つまり、それは今この場で二人きりだという事を示していた。
そう意識すると陽太は緊張してきたが、それを悟られまいと普通に振舞った。
「あ、俺も練習しようかな」
陽太はほのかの隣に陣取ると筆を手に取った。
文化祭の時は練習もせずに適当に書いたものを提出した。
しかし、今回は適当という訳にはいかない。
「こう・・・・・・かな?」
ほのかは陽太が筆の持ち方から違っているのを見てここは教えてあげなければと考えた。
絵で筆の持ち方を教える作戦を思い付き、ほのかはスケッチブックに絵を描くと陽太に見せた。
「ん、その絵は・・・・・・」
しかし、ほのかの絵は壊滅的だった。
ぐにゃりと歪んだ楕円にもじゃもじゃとした線が下に向かって伸びた様子を陽太は必死になんの絵かを推理した。
「うーん・・・・・・・・・・・・、死にかけのクラゲ? とか?」
ほのかは陽太に絵が伝わらずに落ち込んだ。
「あ、ごめん! 何か違った?」
そこで、ほのかは絵で伝えるのを諦め、直接行動に出る事にした。
「え? 月島さん!?」
ほのかはずいっと陽太に近付くと陽太の手を握った。
「え? え?」
陽太はその距離と手を握られている事に顔を真っ赤にさせて狼狽した。
意識する前ならばこの位なんとも思っていなかった。
だが、今はもう既に遅い。
この気持ちを昔の何もなかった頃には戻せない。
ほのかが筆を持つ手をどうにかこうにか形にしようとしていたが、陽太はパニックから筆を見る事さえ忘れていた。
ほのかがパッと顔を上げ目が合った時、陽太は声を漏らした。
「あっ」
陽太は赤くなった顔を見せたくなくて、首を百八十度に回したくなった。
しかし、実際はそんな化け物じみた事も出来ず、横を向くにしても耳まで染まった赤色は隠しきれないと判断した陽太は咄嗟にほのかの肩に顔を埋めた。
「あっ、あの、これはっ、その!」
だが、それが己の王将を窮地に陥れる程の悪手であると気が付いた時には既に遅過ぎた。
そう、いくら言い訳しようとこの体勢ではほのかには何を言っても伝わらないからだ。
手を放して貰えない陽太は逃げる事も出来ず、せめて早くこの紅潮した顔を、この昂った気持ちを何とかしようとした。
しかし、いくら頭に『冷静』の二文字を浮かべようと手から伝わる熱と僅かな震えと滲む汗と、そしてもう少しでほのかの体に触れてしまいそうな程の近さ、その全てが『冷静』の二文字を掻き乱していった。
「う~~~~」
一方、ほのかもまた陽太の行為の意図が分からず混乱していた。
その混乱のせいで陽太の手を放すのを忘れていた。
互いに、少しも動けない状態が続き、陽太はいっその事自分の気持ちを今この場で打ち明けようと思った。
「月島さん!」
陽太はほのかから顔を離した。
顔は相変わらず熱を帯びていたが、もうどうにでもなれという心境だった。
「俺、月島さんの事」
その先を言おうとした時部室の扉が開き、そこには無表情な顔をした冬真が立っていた。
「あ」
陽太はそんな冬真と目が合いフリーズした。
「ほう」
冬真はどこまでも冷ややかな視線と蔑む様な感動詞を陽太に浴びせると静かに扉を閉めた。
「待って! なんで閉めるのさ!」
ほのかも冬真が帰ってきたのに気が付きやっと陽太の手を放した。
「おや、氷室君、中に入らないのですか?」
廊下では後から翠がやって来て、扉の前に佇む冬真を不思議に思った。
「いえ、今取り込み中なんで・・・・・・」
そんなやり取りが聞こえた陽太は慌てて勢い良く扉を開けた。
「お願いだから止めて!」
「では春野君、早速ですがコンクールに応募する作品ですが皆さんと相談した結果四時詩をやる事になりました」
「しいじし?」
昨日居なかった陽太はなんの事か分からずポカンとした顔で首を傾げた。
「はい、昔の中国の詩人、陶 淵明という方の作品です」
翠は黒板にその詩をチョークで書き出した。
「まず春野君には『春水満四澤』こちらの一文を担当して頂きます。春の水、つまり雪解けや春雨ですね。これによりあちこちの沢に水かさが増す。春の豊かな生命の始まりを表すような一文です」
陽太は翠が指す文を良く読んだ。
「それはもしかして俺の名前に春が入ってるからだったり?」
「陽太のくせに察しがいいな」
冬真の言葉に翠はくすりと笑った。
「そうですね。偶然にも春夏冬と揃ってたのでこの詩を選んでみました。因みに秋は月島さんに担当してもらいます」
「じゃあ先輩は?」
「私ですか? 私は余ってしまうので好きなように書こうと思います。さて、今日この場に居ない夏輝は夏の一文、『夏雲多奇峰』、こちらは夏の雲、入道雲が険しい山の峰に多く発生するという意味です。夏の風物詩と山が力強さを感じさせますね」
夏の一文、ほのかは夏輝にはとても似合の内容だと感じた。
「夏輝にはアルバイト後、家で猛練習してもらうとしましょう。では次、月島さんの担当してもらう一文は『秋月掦明輝』、秋の月は天高くに明るく輝く。漢字の通り素敵な一文ですね」
ほのかは名前に春夏秋冬は入っていないが、名前の中に月が入っている為その一文にとても親近感が湧いた。
「最後は氷室君、担当は『冬嶺秀孤松』ですね。冬の山にぽつんと生えている松の木、それが一際高くそびえている様子です。孤高、自然、生命の厳しさを感じつつも冬の美しさが感じられますね。少し難しい漢字もありますが、氷室君なら余裕ですよね?」
「はい、大丈夫です」
それぞれ一文だけでも素晴らしい作品になるが、この四つの文が揃って一つの詩になる。
審査員の印象にも残りやすくなる。
それが翠の狙いでもあった。
「それでは皆さん、校長先生の思い付きなので練習期間がたったの三日しかありませんが、死ぬ気で練習しましょう!」
そう言って翠はにこりと笑ったが、ほのか達三人は三日という少ない日数に青い顔でただただ絶句していた。
「お疲れ様でーす・・・・・・あれ?」
陽太はてっきり皆居ると思っていたが、部室に居るのはほのかだけだった。
ほのかはというと陽太が部室に来たのにも気が付かずにひたすら書道に打ち込んでいた。
陽太はすぐに声を掛けようか迷ったが、暫く文字を書いている様子を観察する事にした。
用紙に真っ直ぐ向き合い、深呼吸をして集中し、筆をゆっくりと滑らせる。
黒の直線や曲線が交わり合い、それらが一つ一つの文字という形を成していく。
その書き上げられた文字は目を見張るものがあったが、それよりもほのかの所作の全てが綺麗だと陽太はそう思った。
そんなほのかに見惚れていると、陽太はほのかと目が合った。
「あっ」
急に見詰めていたのがバレて陽太は急に気恥ずかしくなってきた。
【来てくれてありがとう】
ほのかはただでさえ運動部の助っ人で忙しい陽太が部活に来てくれた嬉しさから笑いながらスケッチブックにそう書いた。
「うん、書道部存続の危機なら協力しないとね」
実際は、ほのかが他の誰かと遊びに行く事になるなら例え希望が薄いとしても全力で阻止したいからだった。
「そう言えば、冬真と先輩達は?」
【天草先輩はどうしても休めないアルバイトへ、露木先輩と氷室君は書道用具の買い出しに】
「へえ、そうなんだ」
つまり、それは今この場で二人きりだという事を示していた。
そう意識すると陽太は緊張してきたが、それを悟られまいと普通に振舞った。
「あ、俺も練習しようかな」
陽太はほのかの隣に陣取ると筆を手に取った。
文化祭の時は練習もせずに適当に書いたものを提出した。
しかし、今回は適当という訳にはいかない。
「こう・・・・・・かな?」
ほのかは陽太が筆の持ち方から違っているのを見てここは教えてあげなければと考えた。
絵で筆の持ち方を教える作戦を思い付き、ほのかはスケッチブックに絵を描くと陽太に見せた。
「ん、その絵は・・・・・・」
しかし、ほのかの絵は壊滅的だった。
ぐにゃりと歪んだ楕円にもじゃもじゃとした線が下に向かって伸びた様子を陽太は必死になんの絵かを推理した。
「うーん・・・・・・・・・・・・、死にかけのクラゲ? とか?」
ほのかは陽太に絵が伝わらずに落ち込んだ。
「あ、ごめん! 何か違った?」
そこで、ほのかは絵で伝えるのを諦め、直接行動に出る事にした。
「え? 月島さん!?」
ほのかはずいっと陽太に近付くと陽太の手を握った。
「え? え?」
陽太はその距離と手を握られている事に顔を真っ赤にさせて狼狽した。
意識する前ならばこの位なんとも思っていなかった。
だが、今はもう既に遅い。
この気持ちを昔の何もなかった頃には戻せない。
ほのかが筆を持つ手をどうにかこうにか形にしようとしていたが、陽太はパニックから筆を見る事さえ忘れていた。
ほのかがパッと顔を上げ目が合った時、陽太は声を漏らした。
「あっ」
陽太は赤くなった顔を見せたくなくて、首を百八十度に回したくなった。
しかし、実際はそんな化け物じみた事も出来ず、横を向くにしても耳まで染まった赤色は隠しきれないと判断した陽太は咄嗟にほのかの肩に顔を埋めた。
「あっ、あの、これはっ、その!」
だが、それが己の王将を窮地に陥れる程の悪手であると気が付いた時には既に遅過ぎた。
そう、いくら言い訳しようとこの体勢ではほのかには何を言っても伝わらないからだ。
手を放して貰えない陽太は逃げる事も出来ず、せめて早くこの紅潮した顔を、この昂った気持ちを何とかしようとした。
しかし、いくら頭に『冷静』の二文字を浮かべようと手から伝わる熱と僅かな震えと滲む汗と、そしてもう少しでほのかの体に触れてしまいそうな程の近さ、その全てが『冷静』の二文字を掻き乱していった。
「う~~~~」
一方、ほのかもまた陽太の行為の意図が分からず混乱していた。
その混乱のせいで陽太の手を放すのを忘れていた。
互いに、少しも動けない状態が続き、陽太はいっその事自分の気持ちを今この場で打ち明けようと思った。
「月島さん!」
陽太はほのかから顔を離した。
顔は相変わらず熱を帯びていたが、もうどうにでもなれという心境だった。
「俺、月島さんの事」
その先を言おうとした時部室の扉が開き、そこには無表情な顔をした冬真が立っていた。
「あ」
陽太はそんな冬真と目が合いフリーズした。
「ほう」
冬真はどこまでも冷ややかな視線と蔑む様な感動詞を陽太に浴びせると静かに扉を閉めた。
「待って! なんで閉めるのさ!」
ほのかも冬真が帰ってきたのに気が付きやっと陽太の手を放した。
「おや、氷室君、中に入らないのですか?」
廊下では後から翠がやって来て、扉の前に佇む冬真を不思議に思った。
「いえ、今取り込み中なんで・・・・・・」
そんなやり取りが聞こえた陽太は慌てて勢い良く扉を開けた。
「お願いだから止めて!」
「では春野君、早速ですがコンクールに応募する作品ですが皆さんと相談した結果四時詩をやる事になりました」
「しいじし?」
昨日居なかった陽太はなんの事か分からずポカンとした顔で首を傾げた。
「はい、昔の中国の詩人、陶 淵明という方の作品です」
翠は黒板にその詩をチョークで書き出した。
「まず春野君には『春水満四澤』こちらの一文を担当して頂きます。春の水、つまり雪解けや春雨ですね。これによりあちこちの沢に水かさが増す。春の豊かな生命の始まりを表すような一文です」
陽太は翠が指す文を良く読んだ。
「それはもしかして俺の名前に春が入ってるからだったり?」
「陽太のくせに察しがいいな」
冬真の言葉に翠はくすりと笑った。
「そうですね。偶然にも春夏冬と揃ってたのでこの詩を選んでみました。因みに秋は月島さんに担当してもらいます」
「じゃあ先輩は?」
「私ですか? 私は余ってしまうので好きなように書こうと思います。さて、今日この場に居ない夏輝は夏の一文、『夏雲多奇峰』、こちらは夏の雲、入道雲が険しい山の峰に多く発生するという意味です。夏の風物詩と山が力強さを感じさせますね」
夏の一文、ほのかは夏輝にはとても似合の内容だと感じた。
「夏輝にはアルバイト後、家で猛練習してもらうとしましょう。では次、月島さんの担当してもらう一文は『秋月掦明輝』、秋の月は天高くに明るく輝く。漢字の通り素敵な一文ですね」
ほのかは名前に春夏秋冬は入っていないが、名前の中に月が入っている為その一文にとても親近感が湧いた。
「最後は氷室君、担当は『冬嶺秀孤松』ですね。冬の山にぽつんと生えている松の木、それが一際高くそびえている様子です。孤高、自然、生命の厳しさを感じつつも冬の美しさが感じられますね。少し難しい漢字もありますが、氷室君なら余裕ですよね?」
「はい、大丈夫です」
それぞれ一文だけでも素晴らしい作品になるが、この四つの文が揃って一つの詩になる。
審査員の印象にも残りやすくなる。
それが翠の狙いでもあった。
「それでは皆さん、校長先生の思い付きなので練習期間がたったの三日しかありませんが、死ぬ気で練習しましょう!」
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