きみこえ

帝亜有花

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百鬼夜行な幕開け

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「早くー、早くしないと始まっちゃう」

「最初どこ行こうかなー」

    ついに文化祭当日を迎えた学校の廊下では、そんな賑やかな会話が飛び交っていた。
    そして、ほのか達の教室でもギリギリまで準備をしていた。

「こっち商品の準備オッケーだよー」

「こっちも全員衣装の着付け間に合ったよ」

    男子と女子は更衣室で分かれて着替えをし、開店準備をしにクラスに戻ってきた。
    カッパや化け狸やぬらりひょん、中には落ち武者の格好をした男子達の格好にほのかは驚いていた。
    一部の衣装は翠に譲ってもらった着物を使用している為、とても華やかで品もあり、文化祭の衣装としては質の高いコスプレになっていた。
    試着の日も男女分かれて衣装を着たので、ほのかが陽太や冬真のコスプレ姿を見るのは初めてだった。
    ほのかは自分の衣装が変じゃないだろうかとソワソワしながらも男子達の中にいる陽太達の姿を探した。
    程なくして、ほのかは自分に向かって手を振る陽太の姿を見つけた。
    陽太は女性陣の目にさらされると黄色い声が上がった。

「わー、一瞬誰だか分からなかった」

「一緒に写真撮りたーい!」

    陽太はあっという間にクラスの女子に囲まれてしまった。
    ほのかも隙間から陽太の姿を良く見るとその衣装のカッコ良さに目を奪われた。
    陽太の格好は鬼をモチーフにしているのか、頭には二本の角があり、腰の下まであるウィッグを被り、その髪を後ろで縛っていた。
    白の羽織と黒の着物を組み合わせ、着崩すように前をはだけさせ、陽太のよく引き締まった胸板があらわになっていた。
    そして、演劇部から借りてきた草履に身動きの取りやすい裁着袴たっつけばかま、小道具の刀を腰帯に差し、更には腕や顔には赤い雷の形にも似た模様でボディペイントも施されていた。
    ほのかも、すぐに陽太に話しかけたくなったが、それが出来たのは女性陣の撮影大会が終わった後だった。

「あ、月島さん。おはよう・・・・・・」

【おはよう! 衣装すごく似合ってる!】

    女子達から解放された陽太はやや疲れた様子だった。

「ありがとう・・・・・・って月島さんのその格好!」

    陽太はほのかの姿を見るなり里穂の姿を探した。
    里穂は町娘の着物に猫耳と二股に分かれた黒いしっぽを付けていた。

「ちょっと小宮さん! 月島さんのあれって・・・・・・」

「ああ、可愛いでしょー? 春野君原案の格好通りでしょ?」

    ほのかの格好は髪の毛と同じ金の狐耳に、巫女服をモチーフとした服で、袴の代わりに狐の尻尾付きの赤いミニスカートを穿いていた。
    足元は草履に白の足袋風のニーハイソックス、帯には大きめの鈴が付いていた。

「いや、その・・・・・・むちゃくちゃ可愛いし、グッジョブなんだけどさ・・・・・・あの広告で俺が描いたやつなのがさ・・・・・・」

    陽太はほのかの格好が自分の描いた絵と同じで、あの絵のモデルがほのかそのものだとバレるのを心配し、しどろもどろになりながら顔を赤くさせて狼狽していた。

「ふふふ、だーいじょーぶっ! 全部私が描いた事にしておけばいいのよ。それよりほら、早く感想でも言ったあげたら? ほらほら」

「えええ!」

    里穂は後ろに居たほのかの肩を掴まえるとぐるりと反転させ陽太の前に突き出した。

「あ、えっと・・・・・・その衣装似合ってるね、すごく可愛い」

    陽太は恥ずかしさから顔を逸らしたいのを必死に堪え、いつもの様に笑顔でそう言ってみせた。

【ありがとう】

    いつもの春の日差しみたいな柔らかい笑顔につられてほのかはふにゃりと笑い、照れ隠しで口元をスケッチブックで覆った。
    そして、ほのかはいつも陽太の傍に居るはずの存在が見当たらない事に気が付き気になった。

【そういえば氷室君はどこに?】

「あー、それならさっきから・・・・・・」

    陽太は言いにくそうに苦笑いをし、ほのかは不思議そうにその表情を見ていた。
    すると、ほのかは後ろから肩を叩かれた。
    それは軽く叩くような手ではなく、じっとりとしていて、とてもゆっくりとした動作だった。
    ほのかは肩に置かれた白い手が誰の手なのか疑問に思いながら後ろを振り返った。

「つ・・・・・・きし・・・・・・ま・・・・・・さん・・・・・・」

    背後に立っていたのはとても恨めしそうな表情をした黒髪のストレートロングで、白い着物を着た人物だった。
    ほのかはそのあまりに血の気がなく恨みのこもった顔に驚き、顔は青ざめ、涙目になりながら後方に勢い良く後ずさり陽太の後ろに隠れた。

「おいおい、驚かせすぎだろ。月島さん、紹介するよ、雪女の真冬まふゆちゃんだ!」

【?】

    陽太がその雪女の隣に立っておちゃらけた様子でそう言うと雪女は更に顔を冷ややかにし、陽太の左右のこめかみを拳で挟み、グリグリと力を入れた。

「だーれーがー真冬ちゃんだ!」

「いだあっ! いだい、いだい! 冗談だって!」

「なんで俺が雪女なんだよ」

「えー、ピッタリじゃん! それに衣装決めの時お前だけ居なかったから多数決で決まってさー」

「お前ら全員覚えてろよ、テストの範囲聞かれても出ないところ教えてやるからな」

    二人がふざけ合っている間もほのかはクラスにこんな女子居ただろうかと考えていた。
    良く見ればとても綺麗な顔立ちで、すらりとした体が着物のラインを引き立たせ、赤い口紅を塗った唇と赤いバラの髪飾りが着物の白と赤の美しいコントラストになっていた。
    ほのかは二人のじゃれあう姿をいつも間近で見ている気がした。
    ほのかはその雪女の正体にまさかと思ったが、そのまさかは陽太の言葉で確信に繋がった。

「月島さん、こいつ冬真だよ。いい女装っぷりだよな」

【すごい美人さん!!】

    ほのかは驚きから目をまん丸くさせた。

「それ、褒めてるんだろうけど全然嬉しくないから」

    冬真はどんよりとした顔で溜息混じりに言った。
    そのあまりの変わり様にほのかは先程とはうってかわって少し興奮気味に冬真をマジマジと見た。
    なかなか気が付けなかったのも、いつもはしているメガネがなかったからでもあった。
    ほのかはメガネをしていない冬真の顔を初めて見るのでとても新鮮に感じた。

「恥ずかしいから・・・・・・あんまり見ないでくれる?」

    そう言って冬真は着物の裾で恥ずかしそうに口元を隠した。
    せっかくの羨ましい位の美しさなのに隠してしまうのは勿体ないとほのかはつくづくそう思った。

『皆さん、おはようございます。生徒会長の濱永 湊はまなが みなとです。本日は七十海ヶ浜ななとみがはま高校、第八十六回目の文化祭です・・・・・・』

    そうこうしていると生徒会長による校内放送が始まった。

「あ、いよいよ始まるみたいだな。月島さん、校内放送だと飲食部門は一番の売上げが取れたら食堂で非売品の『伝説のプリン』が貰えるんだって」

【伝説のプリン!!?】

「うん、噂には聞いた事があったけど、こういう行事の景品にしか出回っていないみたいで、俺達一年は誰も食べた事がないんだ。どんなのか気になるよなー」

    ほのかは想像した。
    きっと、今までで食べたどのプリンよりも美味しいに違いない・・・・・・と。
    焼きプリンだろうか、カスタードプリンだろうか、いや、普通のプリンとは限らない、いちごプリンや抹茶プリン、チョコプリンの可能性も捨てきれない、そもそも、固め柔らかめどちらなのだろうか、最近はキャラメルをこんがり焼きカリカリの飴になっているものも流行っている・・・・・・。
    ほのかはそんな風に伝説のプリンがどんな物かと妄想をずっと続けていた。

「おーい、月島さーん、戻っておいでー」

    陽太はほのかの目の前で手をひらひらとかざしたが、ほのかはうっとりとした表情のまま微動だにしなかった。

「あー、ダメだこりゃ」

「完全にプリンの世界に行っているな・・・・・・」

    呆れた様子で陽太と冬真は口々にそう言った。
    校内放送で生徒会長の演説が終わり、文化祭の始まりがアナウンスされた。
    陽太と冬真はほのかを挟む様に立ち、ほのかの両肩を掴みプリンの世界から引き戻した。

「月島さん、クラスの皆で円陣を組もう、プリンの為にも!」

    プリンの為にと聞いてほのかはやる気が湧き上がり、力強く頷いた。
    ほのかのその目には闘士の炎がゆらゆらと燃えていた。
    クラス全員が肩を組み、大きな一つの輪になり、文化祭実行委員である和也が円陣の音頭を取った。

「じゃあ皆ーー、売上げ一番を目指してーー、伝説のプリンを目指してーー、一年二組! ファイトーー」

『オーー!!』

    ほのかは皆と声を揃える事が出来なくて少し悔しく思ったが、それでもクラスが一丸となった一体感、文化祭への期待感に胸を踊らせた。
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