12 / 64
押しが強い
しおりを挟む「……暑い」
その夜、猛烈な蒸し暑さを感じてアメリアは目を覚ました。
今の季節は春。朝晩はまだ肌寒い日々が続いているのに、何故こんなにも暑いのか。
喉の渇きを覚え、身を起こそうとした時、がっちりと誰かに抱き込まれていて身動きが取れないことに気が付いて、アメリアは叫び声をあげた。
「……ぎゃ――――!」
叫び声にアメリアを抱き込む人物が目を覚まし、寝ぼけながら半身を起こした。
「うるさ……え、なに?まだ夜中じゃん……」
「なっ、なんでベッドにサラマンダーがいるの! で、出て! ここ私のベッド!」
ベッドに入り込んでいたのは炎を司るサラマンダーだった。怒り狂うアメリアに対し、呑気にあくびをしている。
「なんでってぇ……今日寒いからあっためてやろうと思って。気が利くだろ?」
アメリアのためにしたのに~と口を尖らすサラマンダーは、トカゲの姿ではなくヒト型をしている。
赤い髪に赤い目の、でかい図体の人間(にしか見えない)。
というかサラマンダーもピクシーも、魔物の時とヒト型の時と質量が全く違うのに、触れてみると完全に実体として存在している。
居候の魔物たちは、普段ヒト型でいることが多い。
魔物の姿の頃より確実に幅を取るし、家の中が狭くてしょうがない。だから小さい魔物の姿でいてくれと頼んでいるのに、人の姿は動きやすくて家事がしやすいといって人化したままのことが増えている。
彼らの擬態は完璧で、はっきり言ってこれを魔物と見分けるのは見鬼の才があっても難しいのではないかと彼らを見ながら思う。
(ひょっとして、今までも気付けなかっただけで、ヒトとして暮らしている魔物が世の中にはたくさん潜んでいるのかも……?)
そんな考えが頭をよぎり、背筋に冷たいものが走る。
アメリアがふと物思いにふけっているうちに、サラマンダーは呑気にあくびをしてもう一度寝ようとしている。
「待って、寝ないで。ベッドから出て行って。熱くて蒸し焼きになるかと思った。頼んでない。今日寒くない」
「あーちょっと暑かった? ごめんごめん調整気を付けるから、もう寝かせて……眠い」
ひときわ大きなあくびをかますとサラマンダーはまたアメリアを抱き込んでコテンと寝てしまった。
「ちょ……寝たらダメ! ていうか離して!」
腕から逃れようとジタバタしていたら、さっきの叫び声を聞いたほかの魔物がアメリアの部屋に入ってきた。
「なあに~。あら、サラマンダーに添い寝してもらってるの? 今日寒いものね。アタシも入れてぇ」
「えーじゃあ僕も入れてよ~仲間外れはいけないよー」
「もう平等に全員一緒に寝たらいいでしょう」
ピクシー、ケット・シー、ヘルハウンドが勝手に話を進めている。
このベッドはおひとり様用だから無理……と拒否する間もなく全員がアメリアのベッドにどっすんと乗っかってくる。文句を言う間もなく彼らは「おやすみなさ~い!」と言ってさっさと眠ってしまった。
いや、こんなぎゅうぎゅうで寝られないし……とアメリアは心の中で一人ツッコミをして、手近にあったヘルハウンドの鼻先をペシッと叩いてみたが、『きゅ~ん……』と悲しそうな声を出されてしまい、心が痛くなったのでたたき起こすことができなかった。
ヘルハウンドだけはまだ人化できないようで、今も犬の姿なのだが、家のサイズに合わせて中型犬くらいの大きさになっている。小さくなったヘルハウンドは、普通に可愛い犬に見えるので、アメリアは強く出られない。
ケット・シーも普段は少年の姿と猫の姿を上手に使い分けている。
アメリアが動物や子どもを邪険にできない性格なのを分かって、我儘や無理を通したいときはわざと姿を変えるというあざとい技を使ってくる。
可愛い子猫の姿を見ながら、本性は老獪な化け猫のくせに……と心の中だけで毒づく。
「魔物は別の姿になれるからいいよね……」
生まれ変わるなら自分も次は魔物がいい。輪廻の輪が怪異にも成立するのかは知らないけど。
アメリアは、恩寵は受け継がなかったくせに容姿だけは母によく似ている。
薄い紫色の髪と目は、母メディオラと全く同じ色味で、一族の年寄りたちが言うには、アメリアは母の若い頃に瓜二つだという。
メディオラの子たちのなかで、最も顔が似ていたせいで、それゆえに一族の者たちもメディオラの力を強く受け継いでいるはずだと思い込んでしまった。
兄姉の誰よりも母に似ているのに、出来損ないであるがゆえに余計に彼らに嫌われた。
一族から絶縁されたが、魔女や魔女と付き合いのある人間が見れば一目でメディオラの血筋だとばれてしまう。
だからこそ余計に人目につかないところで生活したいし、人と関わらずに生きていきたい。それを寂しいとは感じないし人と会話したいとも思わないし、ただただひっそりと自分の好きなように過ごしていきたいだけなのだ。
そんなことを考えているうちに、アメリアは狭苦しいベッドで魔物に挟まれながらいつの間にか眠ってしまった。
63
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
辺境薬術師のポーションは至高 騎士団を追放されても、魔法薬がすべてを解決する
鶴井こう
ファンタジー
【書籍化しました】
余分にポーションを作らせ、横流しして金を稼いでいた王国騎士団第15番隊は、俺を追放した。
いきなり仕事を首にされ、隊を後にする俺。ひょんなことから、辺境伯の娘の怪我を助けたことから、辺境の村に招待されることに。
一方、モンスターたちのスタンピードを抑え込もうとしていた第15番隊。
しかしポーションの数が圧倒的に足りず、品質が低いポーションで回復もままならず、第15番隊の守備していた拠点から陥落し、王都は徐々にモンスターに侵略されていく。
俺はもふもふを拾ったり農地改革したり辺境の村でのんびりと過ごしていたが、徐々にその腕を買われて頼りにされることに。功績もステータスに表示されてしまい隠せないので、褒賞は甘んじて受けることにしようと思う。
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
もう一度あなたに逢いたくて〜こぼれ落ちた運命を再び拾うまで〜
雪野 結莉
恋愛
魔物を倒す英雄となる運命を背負って生まれた侯爵家嫡男ルーク。
しかし、赤ん坊の時に魔獣に襲われ、顔に酷い傷を持ってしまう。
英雄の婚約者には、必ず光の魔力を持つものが求められる。そして選ばれたのは子爵家次女ジーナだった。
顔に残る傷のため、酷く冷遇された幼少期を過ごすルークに差し込んだ一筋の光がジーナなのだ。
ジーナを誰よりも大切にしてきたルークだったが、ジーナとの婚約を邪魔するものの手によって、ジーナは殺されてしまう。
誰よりも強く誰よりも心に傷を持つルークのことが死してなお気になるジーナ。
ルークに会いたくて会いたくて。
その願いは。。。。。
とても長いお話ですが、1話1話は1500文字前後で軽く読める……はず!です。
他サイト様でも公開中ですが、アルファポリス様が一番早い更新です。
本編完結しました!
せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?
石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。
彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。
夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。
一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。
愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。
無自覚に幸運の使徒やってます
たんたん
ファンタジー
子供を助けようと事故に巻き込まれた主人公こと鋼は女神に出会う。
鋼は自分が勇者になって世界を救うタイプの異世界転移と早とちりし、「わかりました、俺が勇者になって世界を救います。」と宣言するが「いえ、勇者は別にいます。ですので自由に生きていただいて結構ですよ。」と女神に否定される。
そして鋼は勇者と共に王城へと転移した鋼は残念ステータスだったため、戦力外通告をうけ城から追放される。
この世界で何の使命もない鋼はコウとして、自分のやりたいように自由気ままに生きていくことを決意する。
不幸にも負けず、時にはロリコンの汚名を着せられ、仲間の力を借りて困難を乗り越えていく。少しずつ仲間や知り合いが増えていき、出会う人達の人生をちょっとずつ変えていく。
冒険者として、職人として一歩一歩成長していき、世界を変えていく物語
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる