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二、滑稽な旦那様
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「え? ……やや子?」
旦那様の口から出たその言葉に、私は思わず面を上げた。
「ああ。熊谷のお吟が身籠った。──おれの子だ。夏には産まれるらしい」
にやりと、皮肉げな笑みを浮かべながら旦那様はそう言った。
布団を敷く手を止めるよう言われ、言いつけ通りに旦那様の目の前に正座する。戸惑う私に向かって、旦那様はまた口角を吊り上げながら問いかけた。
「何か、言うことはないのか?」
じっと旦那様の目を見返しながら、私はちっぽけな頭で考えた。
旦那様のお考えは分からない。熊谷のお吟さんといえば、旦那様が前からお気に召していたお妾さんの一人だ。毎月のように彼女の所へ通っていたのは知っているから、やや子を身籠ったとしても何らおかしくはない。
しかし、それをわざわざ妻である私に言う必要があるのだろうか。それに、にやつきながらこちらの反応を窺う理由も分からなかった。
それでも、何か答えなければと必死に考えた末、私はやっとのことで言葉を返した。
「……おめでとう、ございます。お身体を大事にとお伝えください」
うっすらと微笑みながらそう言った私を見て、旦那様の表情は瞬く間に憤怒へと変わった。
間違った答えをしたと私が気付くよりも早く、旦那様の硬く大きな手が私の頬を打つ。乾いた音が響いて、その後鈍い痛みが私を襲った。
「なんだ、その顔は……っ、何が『おめでとうございます』だ!! おれが別の女を孕ませたというのに、おまえは何故笑っていられる!?」
痛む頬を押さえながら、私は驚いて旦那様の顔を見上げた。
これまでも叩かれたり蹴られたりしたことは何度もあったけれど、ここまで感情を剥き出しにする旦那様を目にしたのは初めてだった。
「おれが外で女を作ってきても、何日も屋敷に戻らなくても、おまえは顔色一つ変えやしない! ずっとこのおれを、道端の石でも見るような目で見るだけだ!」
「そんな、ことは」
「黙れッ!! どうせおれの居ない間にどこぞの間夫とでも通じているんだろう!? この売女が!!」
再び、旦那様の手が振り上げられる。立て続けに幾度も叩かれ、口を挟む間もなく罵られるうちに私は反論する気力を失くした。
口を噤んで痛みに耐える私を見た旦那様は、何を勘違いしたのか「やはり男がいるのか」と忌々しげに顔を歪め、私の着物の袷を破らんばかりの勢いで強引に開いた。そしてそのまま、布団も何も敷いていない畳の上に引き倒す。
「どこの男だ? いつから通じていた!? その間夫は、さぞやおまえを満足させているんだろうな! おれとの閨でちっとも反応しないのは、そういう訳だったのか」
黙りこくる私と、居もしない男に怒りをぶつける旦那様の姿は、ひどく滑稽だった。
旦那様を怒らせてしまったことに最初こそ動揺していたものの、彼が怒れば怒るほど私の心は冷めていく。自分は堂々と不貞を働いていたくせに、私が他の男と通じるのは我を失うほど腹立たしいのだろうか。身勝手な言いがかりに、腹の底から怒りが沸き起こってくるようだった。
「余所で子を作れば、さすがのおまえも少しは焦るかと思ったが……はっ、他に男がいるんじゃあ、おれに興味がないのも頷ける。嫉妬の一つでもすれば可愛げがあるものを」
そう謗りながら、旦那様は私の身に付けていた着物や襦袢を果物の皮でも剥くような雑さで剥いでいく。私に対する愛情など微塵も感じられないのに、必要以上に強い独占欲だけが垣間見えるようだった。
乱暴な手つきであらわになった乳房を掴まれ、小さな胸の頂を爪の先で抓られる。反射的に「痛いッ」と口にすると、今度は硬い拳が頬骨にめり込んできた。
「おまえはただ、おれを悦ばせるためだけに居ればいい。間夫のことを許してほしければ、今後一切おれに歯向かうな」
「ま……間夫など、おりません」
「歯向かうなと言っただろう!! 殺されたいか!!」
少しでも余計なことを口走れば、旦那様は本当に私を殺すかもしれない。
今度は腹にめり込んだ拳の感触を受け止めながら、私はいやに冷静な頭でそう思った。
痛みに呻きつつ、こくこくと頷くと、旦那様は満足そうに頬を緩めた。それから、今度は不気味なほど優しい手つきで私の身体中を撫で回して言う。
「しっかりおれの言うことを聞くなら、おまえにもおれの子を孕ませてやる。そうすれば、母上や屋敷の者たちに石女と安く見られることもあるまい」
下卑た笑みを浮かべて言った旦那様を見て、胸に鋭く冷たい風が吹き込むような心地がした。
やはり、旦那様は知っていたのだ。私が毎日のように、お義母様や屋敷の使用人たちから「子も産めない役立たず」と罵られていることを。狐森家の一員として認めてもらうためには、もう子を産むしか術がないのだと私が考えていたことを。
それを知ったうえで、あえて外で子を作り、当て擦るように私に知らせたのだ。子が欲しければ、おまえも愛想を振りまいておれに従え、と。
私が静かに怒りに打ち震えている間にも、旦那様は私の身体を割り開き、ちっとも湿っていない陰部に男根を擦り付けてきた。
おぞましくて思わず顔を引き攣らせたけれど、旦那様はそれに気付くこともなく腰を押しつけてくる。そしてそのまま潤っていない体内に一物を挿入され、私はまた痛みに呻いた。
「い……ッ!」
「はあ……っ、本当に、抱きがいの無い女だ。身体が鈍感なら、せめて口だけでもいじらしい台詞を言えば可愛がってやるというのに」
今日に限らず、旦那様との交わりはいつも痛くて苦しかった。
子作りのためと思ってこれまで耐えてきたのに、妾に先を越され、挙げ句の果てには有りもしない不貞を咎められ、今こうして仕置きのように抱かれている。
──なんと、惨めなことか。
人形のように揺さぶられながら、この家に嫁いできてからの数々の辛苦を思い返して、私は黙って涙を流した。
旦那様の口から出たその言葉に、私は思わず面を上げた。
「ああ。熊谷のお吟が身籠った。──おれの子だ。夏には産まれるらしい」
にやりと、皮肉げな笑みを浮かべながら旦那様はそう言った。
布団を敷く手を止めるよう言われ、言いつけ通りに旦那様の目の前に正座する。戸惑う私に向かって、旦那様はまた口角を吊り上げながら問いかけた。
「何か、言うことはないのか?」
じっと旦那様の目を見返しながら、私はちっぽけな頭で考えた。
旦那様のお考えは分からない。熊谷のお吟さんといえば、旦那様が前からお気に召していたお妾さんの一人だ。毎月のように彼女の所へ通っていたのは知っているから、やや子を身籠ったとしても何らおかしくはない。
しかし、それをわざわざ妻である私に言う必要があるのだろうか。それに、にやつきながらこちらの反応を窺う理由も分からなかった。
それでも、何か答えなければと必死に考えた末、私はやっとのことで言葉を返した。
「……おめでとう、ございます。お身体を大事にとお伝えください」
うっすらと微笑みながらそう言った私を見て、旦那様の表情は瞬く間に憤怒へと変わった。
間違った答えをしたと私が気付くよりも早く、旦那様の硬く大きな手が私の頬を打つ。乾いた音が響いて、その後鈍い痛みが私を襲った。
「なんだ、その顔は……っ、何が『おめでとうございます』だ!! おれが別の女を孕ませたというのに、おまえは何故笑っていられる!?」
痛む頬を押さえながら、私は驚いて旦那様の顔を見上げた。
これまでも叩かれたり蹴られたりしたことは何度もあったけれど、ここまで感情を剥き出しにする旦那様を目にしたのは初めてだった。
「おれが外で女を作ってきても、何日も屋敷に戻らなくても、おまえは顔色一つ変えやしない! ずっとこのおれを、道端の石でも見るような目で見るだけだ!」
「そんな、ことは」
「黙れッ!! どうせおれの居ない間にどこぞの間夫とでも通じているんだろう!? この売女が!!」
再び、旦那様の手が振り上げられる。立て続けに幾度も叩かれ、口を挟む間もなく罵られるうちに私は反論する気力を失くした。
口を噤んで痛みに耐える私を見た旦那様は、何を勘違いしたのか「やはり男がいるのか」と忌々しげに顔を歪め、私の着物の袷を破らんばかりの勢いで強引に開いた。そしてそのまま、布団も何も敷いていない畳の上に引き倒す。
「どこの男だ? いつから通じていた!? その間夫は、さぞやおまえを満足させているんだろうな! おれとの閨でちっとも反応しないのは、そういう訳だったのか」
黙りこくる私と、居もしない男に怒りをぶつける旦那様の姿は、ひどく滑稽だった。
旦那様を怒らせてしまったことに最初こそ動揺していたものの、彼が怒れば怒るほど私の心は冷めていく。自分は堂々と不貞を働いていたくせに、私が他の男と通じるのは我を失うほど腹立たしいのだろうか。身勝手な言いがかりに、腹の底から怒りが沸き起こってくるようだった。
「余所で子を作れば、さすがのおまえも少しは焦るかと思ったが……はっ、他に男がいるんじゃあ、おれに興味がないのも頷ける。嫉妬の一つでもすれば可愛げがあるものを」
そう謗りながら、旦那様は私の身に付けていた着物や襦袢を果物の皮でも剥くような雑さで剥いでいく。私に対する愛情など微塵も感じられないのに、必要以上に強い独占欲だけが垣間見えるようだった。
乱暴な手つきであらわになった乳房を掴まれ、小さな胸の頂を爪の先で抓られる。反射的に「痛いッ」と口にすると、今度は硬い拳が頬骨にめり込んできた。
「おまえはただ、おれを悦ばせるためだけに居ればいい。間夫のことを許してほしければ、今後一切おれに歯向かうな」
「ま……間夫など、おりません」
「歯向かうなと言っただろう!! 殺されたいか!!」
少しでも余計なことを口走れば、旦那様は本当に私を殺すかもしれない。
今度は腹にめり込んだ拳の感触を受け止めながら、私はいやに冷静な頭でそう思った。
痛みに呻きつつ、こくこくと頷くと、旦那様は満足そうに頬を緩めた。それから、今度は不気味なほど優しい手つきで私の身体中を撫で回して言う。
「しっかりおれの言うことを聞くなら、おまえにもおれの子を孕ませてやる。そうすれば、母上や屋敷の者たちに石女と安く見られることもあるまい」
下卑た笑みを浮かべて言った旦那様を見て、胸に鋭く冷たい風が吹き込むような心地がした。
やはり、旦那様は知っていたのだ。私が毎日のように、お義母様や屋敷の使用人たちから「子も産めない役立たず」と罵られていることを。狐森家の一員として認めてもらうためには、もう子を産むしか術がないのだと私が考えていたことを。
それを知ったうえで、あえて外で子を作り、当て擦るように私に知らせたのだ。子が欲しければ、おまえも愛想を振りまいておれに従え、と。
私が静かに怒りに打ち震えている間にも、旦那様は私の身体を割り開き、ちっとも湿っていない陰部に男根を擦り付けてきた。
おぞましくて思わず顔を引き攣らせたけれど、旦那様はそれに気付くこともなく腰を押しつけてくる。そしてそのまま潤っていない体内に一物を挿入され、私はまた痛みに呻いた。
「い……ッ!」
「はあ……っ、本当に、抱きがいの無い女だ。身体が鈍感なら、せめて口だけでもいじらしい台詞を言えば可愛がってやるというのに」
今日に限らず、旦那様との交わりはいつも痛くて苦しかった。
子作りのためと思ってこれまで耐えてきたのに、妾に先を越され、挙げ句の果てには有りもしない不貞を咎められ、今こうして仕置きのように抱かれている。
──なんと、惨めなことか。
人形のように揺さぶられながら、この家に嫁いできてからの数々の辛苦を思い返して、私は黙って涙を流した。
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