【R18】狐火の夜

染野

文字の大きさ
上 下
2 / 6

二、滑稽な旦那様

しおりを挟む
「え? ……やや子?」

 旦那様の口から出たその言葉に、私は思わず面を上げた。

「ああ。熊谷のおぎんが身籠った。──おれの子だ。夏には産まれるらしい」

 にやりと、皮肉げな笑みを浮かべながら旦那様はそう言った。
 布団を敷く手を止めるよう言われ、言いつけ通りに旦那様の目の前に正座する。戸惑う私に向かって、旦那様はまた口角を吊り上げながら問いかけた。

「何か、言うことはないのか?」

 じっと旦那様の目を見返しながら、私はちっぽけな頭で考えた。
 旦那様のお考えは分からない。熊谷のお吟さんといえば、旦那様が前からお気に召していたお妾さんの一人だ。毎月のように彼女の所へ通っていたのは知っているから、やや子を身籠ったとしても何らおかしくはない。
 しかし、それをわざわざ妻である私に言う必要があるのだろうか。それに、にやつきながらこちらの反応を窺う理由も分からなかった。
 それでも、何か答えなければと必死に考えた末、私はやっとのことで言葉を返した。

「……おめでとう、ございます。お身体を大事にとお伝えください」

 うっすらと微笑みながらそう言った私を見て、旦那様の表情は瞬く間に憤怒へと変わった。
 間違った答えをしたと私が気付くよりも早く、旦那様の硬く大きな手が私の頬を打つ。乾いた音が響いて、その後鈍い痛みが私を襲った。

「なんだ、その顔は……っ、何が『おめでとうございます』だ!! おれが別の女を孕ませたというのに、おまえは何故笑っていられる!?」

 痛む頬を押さえながら、私は驚いて旦那様の顔を見上げた。
 これまでも叩かれたり蹴られたりしたことは何度もあったけれど、ここまで感情を剥き出しにする旦那様を目にしたのは初めてだった。

「おれが外で女を作ってきても、何日も屋敷に戻らなくても、おまえは顔色一つ変えやしない! ずっとこのおれを、道端の石でも見るような目で見るだけだ!」
「そんな、ことは」
「黙れッ!! どうせおれの居ない間にどこぞの間夫とでも通じているんだろう!? この売女が!!」

 再び、旦那様の手が振り上げられる。立て続けに幾度も叩かれ、口を挟む間もなく罵られるうちに私は反論する気力を失くした。
 口を噤んで痛みに耐える私を見た旦那様は、何を勘違いしたのか「やはり男がいるのか」と忌々しげに顔を歪め、私の着物の袷を破らんばかりの勢いで強引に開いた。そしてそのまま、布団も何も敷いていない畳の上に引き倒す。

「どこの男だ? いつから通じていた!? その間夫は、さぞやおまえを満足させているんだろうな! おれとの閨でちっとも反応しないのは、そういう訳だったのか」

 黙りこくる私と、居もしない男に怒りをぶつける旦那様の姿は、ひどく滑稽だった。
 旦那様を怒らせてしまったことに最初こそ動揺していたものの、彼が怒れば怒るほど私の心は冷めていく。自分は堂々と不貞を働いていたくせに、私が他の男と通じるのは我を失うほど腹立たしいのだろうか。身勝手な言いがかりに、腹の底から怒りが沸き起こってくるようだった。

「余所で子を作れば、さすがのおまえも少しは焦るかと思ったが……はっ、他に男がいるんじゃあ、おれに興味がないのも頷ける。嫉妬の一つでもすれば可愛げがあるものを」

 そう謗りながら、旦那様は私の身に付けていた着物や襦袢を果物の皮でも剥くような雑さで剥いでいく。私に対する愛情など微塵も感じられないのに、必要以上に強い独占欲だけが垣間見えるようだった。
 乱暴な手つきであらわになった乳房を掴まれ、小さな胸の頂を爪の先で抓られる。反射的に「痛いッ」と口にすると、今度は硬い拳が頬骨にめり込んできた。

「おまえはただ、おれを悦ばせるためだけに居ればいい。間夫のことを許してほしければ、今後一切おれに歯向かうな」
「ま……間夫など、おりません」
「歯向かうなと言っただろう!! 殺されたいか!!」

 少しでも余計なことを口走れば、旦那様は本当に私を殺すかもしれない。
 今度は腹にめり込んだ拳の感触を受け止めながら、私はいやに冷静な頭でそう思った。
 痛みに呻きつつ、こくこくと頷くと、旦那様は満足そうに頬を緩めた。それから、今度は不気味なほど優しい手つきで私の身体中を撫で回して言う。

「しっかりおれの言うことを聞くなら、おまえにもおれの子を孕ませてやる。そうすれば、母上や屋敷の者たちに石女と安く見られることもあるまい」

 下卑た笑みを浮かべて言った旦那様を見て、胸に鋭く冷たい風が吹き込むような心地がした。
 やはり、旦那様は知っていたのだ。私が毎日のように、お義母様や屋敷の使用人たちから「子も産めない役立たず」と罵られていることを。狐森家の一員として認めてもらうためには、もう子を産むしか術がないのだと私が考えていたことを。
 それを知ったうえで、あえて外で子を作り、当て擦るように私に知らせたのだ。子が欲しければ、おまえも愛想を振りまいておれに従え、と。

 私が静かに怒りに打ち震えている間にも、旦那様は私の身体を割り開き、ちっとも湿っていない陰部に男根を擦り付けてきた。
 おぞましくて思わず顔を引き攣らせたけれど、旦那様はそれに気付くこともなく腰を押しつけてくる。そしてそのまま潤っていない体内に一物を挿入され、私はまた痛みに呻いた。

「い……ッ!」
「はあ……っ、本当に、抱きがいの無い女だ。身体が鈍感なら、せめて口だけでもいじらしい台詞を言えば可愛がってやるというのに」

 今日に限らず、旦那様との交わりはいつも痛くて苦しかった。
 子作りのためと思ってこれまで耐えてきたのに、妾に先を越され、挙げ句の果てには有りもしない不貞を咎められ、今こうして仕置きのように抱かれている。

 ──なんと、惨めなことか。
 人形のように揺さぶられながら、この家に嫁いできてからの数々の辛苦を思い返して、私は黙って涙を流した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R18】彼の精力が凄すぎて、ついていけません!【完結】

茉莉
恋愛
【R18】*続編も投稿しています。 毎日の生活に疲れ果てていたところ、ある日突然異世界に落ちてしまった律。拾ってくれた魔法使いカミルとの、あんなプレイやこんなプレイで、体が持ちません! R18描写が過激なので、ご注意ください。最初に注意書きが書いてあります。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

伯爵令嬢のユリアは時間停止の魔法で凌辱される。【完結】

ちゃむにい
恋愛
その時ユリアは、ただ教室で座っていただけのはずだった。 「……っ!!?」 気がついた時には制服の着衣は乱れ、股から白い粘液がこぼれ落ち、体の奥に鈍く感じる違和感があった。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

【R18】泊まった温泉旅館はエッチなハプニングが起きる素敵なところでした

桜 ちひろ
恋愛
性欲オバケ主人公「ハル」 性欲以外は普通のOLだが、それのせいで結婚について悩むアラサーだ。 お酒を飲んだ勢いで同期の茜に勧められたある温泉旅館へ行くことにした。そこは紹介された人のみ訪れることのできる特別な温泉旅館だった。 ハルのある行動から旅館の秘密を知り、素敵な時間を過ごすことになる。 ほぼセックスしかしていません。 男性とのプレイがメインですが、レズプレイもあるので苦手な方はご遠慮ください。 絶倫、巨根、連続絶頂、潮吹き、複数プレイ、アナル、性感マッサージ、覗き、露出あり。

処理中です...