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54.託された願い

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 窓から陽の光が差し込んでくる。
 ひとり廊下を歩いていたミーアはふと足を止め、眼下に広がる華やかな街並みをじっと眺めた。今日も王都の空は青く晴れ渡っているが、その中心であるはずのソルズ城の中は不気味なほど、しんと静まり返っている。

「おはようございます、ミーア様。今朝も植物のお世話ですか?」
「あ……おはようございます。はい、涼しいうちに水やりをしようと思って」

 呆然と窓の外を見ながら立ち止まっていたミーアに、侍女がにこやかに声をかけてくる。
 ミーアが答えると、彼女は「毎朝大変ですねえ」と苦笑した。

「中庭に植えてある植物ですよね? 毎日ミーア様がおひとりでお世話をされるのは大変でしょう。清掃のついでに水やりをするよう、担当の者に頼んでみましょうか」
「いえ、私がやりたくてやっていることなので……それに、今はそれくらいしか私に出来ることがないんです。殿下や、他の王族の方々のお手伝いができたらいいんですが」
 
 同じ方向に向かう彼女とともに歩きながら、ミーアはぽつりと零した。弱々しく答えたミーアに、侍女は柔らかく微笑んでから励ますように言う。

「そのお心遣いだけでも、リオン殿下は喜ばれると思いますよ。それに今は国の非常事態ともいえますから、何もできなくても仕方がないと思います。私たちも普段通り仕事をしていますが、本当にこれでいいのかと迷っていて……」

 困ったように笑いながら、侍女もまた本音をこぼした。ミーアの気持ちにに寄り添ってくれるようなその優しさに静かに笑みを返してから、ミーアは今も目まぐるしく働いているであろうリオンのことを思った。

 あの日、謀反を企てていたトガミは自身の手でその命を絶った。
 リオンの側近であった彼の死は、その経緯も含めてソルズ城全体を揺るがす大事件として城下にも知れ渡ることとなり、国は大混乱に陥った。
 中でも「星の導き」という絶対的な存在に縋っていた王族や貴族たちの戸惑いは大きく、星読師に対する疑念は膨らむばかりだった。星読師に罰を与えるという大義名分を掲げて彼らを襲撃しようとする者もおり、安全を守るために今は国中の星読師たちがソルズ城内に匿われている状態だ。
 そして、第一王子であるリオンはこの大事件の後始末に追われ、息もつけない日々を過ごしている。

「あの……リオン殿下の、今日のご予定をご存じですか? ここ数日お顔を見ていないものですから、少し気になって……」

 事件の前日から、ミーアはリオンと同じ部屋で寝起きをするよう言いつけられていた。この非常事態においてミーアの部屋をどうするかなどという些末なことには誰も気に留めていられないようで、今もリオンと同室のまま過ごしている。しかし、リオンはゆっくり眠る暇すらないのか、夜になっても部屋に戻ってこないのだ。
 ミーアの問いに、侍女は困ったように眉を下げた。
 
「私たちにも、殿下のご予定は伝えられていないのです。おそらく、殿下ご自身しか把握されていないのではないでしょうか」
「そう、ですか……」
「お役に立てず、申し訳ありません。ミーア様も、あんなことがあっては心細くお思いでしょうに……」

 心底申し訳なさそうに頭を下げる侍女に、ミーアは慌てて首を振った。
 
「い、いえ、私は大丈夫です。父とも自由に会えるようになりましたから、心細いなどとは……」
「ですが……ミーア様は、トガミ様にお命を狙われたのだと聞きました。恐ろしい目に遭われたのですから、きっと心の傷は深いはずです。ミーア様がご自身で思われているより、ずっと」

 ミーアが目をみはる。不安げな面持ちで呟いた侍女に、ミーアは言葉を返すことができなかった。侍女はそんなミーアに優しく微笑む。
 
「もし何か分かることがありましたら、すぐにお伝えいたしますね」
「はい……ありがとうございます」

 小さくそう言ってにこりと笑うと、侍女はちょうど廊下の先にいた侍女頭に呼ばれたらしく、礼をしてからその場を走り去っていった。
 一人になったミーアはふうと息をつき、改めて中庭に向かうことにする。

 ――不安な気持ちでいるのは、私だけではない。

 自ら望んだわけではないとはいえ、今は仮にもこの国の王族の一人なのだ。不安に襲われる民と一緒になって暗い顔をしているだけでは、自分が今ここにいる意味はない。
 ミーアはそう思い直し、再び廊下を歩き出した。
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