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50.星の声(4)
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苦々しい顔で吐き捨てるトガミに、リオンはただ目を見開くのみだった。その彼の様子からして、リオンは本当にそのデレクという星読師が追放された理由を知らなかったのだろう。
「それ、は……真実なのか」
「さあ? 信じてもらわなくとも結構ですけどね。だが、陛下の側近たちはデレクの名を出すと皆一様に口を閉ざす……それが答えでしょう」
「し……しかし、なぜ今さらデレクのことを……! おまえが私を裏切ったことと関係があるのか!?」
戸惑いながら問いかけるリオンに、トガミは見下したような視線を向ける。それから、感情の読めない目をしたまま天井を仰ぎ見た。
「……今さら、なんかじゃありませんよ。僕は、デレクがなぜこの城から追放されなければならなかったのか、それを知るためだけに王室専属の星読師になったんですから。あなたや陛下に対する忠誠心なんて、最初から無いんですよ」
「なっ……!?」
言葉を失うリオンをよそに、トガミはゆっくりと部屋の中を歩きながら語りだす。己の罪を暴かれたというのに、その表情はやけに穏やかなものだった。
「僕はねえ、もともと孤児だったんです。干からびた田畑や荒れ地しかない僻地で生まれ、両親ともに流行り病で亡くし……行くあてもなく彷徨っていたところを、偶然出会ったデレクに拾われた」
どこか一点を見つめながら淡々と話すトガミの姿を見るかぎり、その話は本当なのだろう。しかし、リオンは反論するように声を荒らげた。
「トガミ、おまえは高名な星読師の一族の生まれであったはずでは……!」
「その一族の養子になるよう、デレクが取り計らってくれたんですよ。僕自身としては、デレクのもとで暮らしたいと訴えたんですがねえ……自分は子を持つのに向いていない、なんて言って断られまして」
当時のことを思い出しているのか、トガミは目を細めてふっと笑う。
「星読師なんて、毛ほども興味はなかったんですがねえ……ただ、自分を助けてくれたデレクに報いたかった。だから僕は、死に物狂いで勉強をして、一族に気に入られるためならなんでもしました。愛想笑いも覚えたし、養父母に歯向かったことだって一度たりともありません」
トガミの飄々とした態度はその影響かと、ミーアは無言のまま考えた。一族に馴染むために、彼は本心を隠しながらずっと生きてきたのだ。それは、自分を拾ってくれたデレクへ恩を返すために他ならないのだろう。
「立派な星読師となり、デレクに認めてもらいたい。この国の行く末を担う彼の力になりたい……それだけを考えていたというのに、ある日突然デレクは城から追放されたんです。そして失意のまま病に侵され、王都に入ることすら許されずたった独りで死んでいったのだと……彼がそうして亡くなったのを僕が知ったのは、だいぶ後になってからのことでした」
トガミがぐっと拳を握る。怒りからか、それとも悲しみからか、彼は今まで見たことのない表情で語った。
「デレクがいなくなったときのことは、うっすらと覚えているが……誰に聞いても、彼の行方について教えてはくれなかった。陛下に聞いても、知らないの一点張りで……」
「ははっ、僕の周りもそうでしたよ。でも、デレクが公金を横領したなんて僕にはとても信じられなかった……だから僕は、王室専属の星読師になったんです。彼が追放された、その本当の理由を知るために」
戸惑いを見せるリオンを厳しい眼差しで見据えながら、トガミはこの場に立っている。
平民として生きてきたミーアにはその困難を測り知ることはできないが、きっと彼がこの城に入るまでには相当な努力が必要だったことだろう。そんな途方もない努力をしてまで、トガミはデレクが追放されたわけを確かめたかったのだ。
「周囲に怪しまれないために、僕とデレクとの関係はずっと伏せてきました。真面目に役割をこなしながら裏ではデレクについて探り、少しずつ陛下の信頼を得て……そして、やっと僕は真相に辿り着いた」
その瞬間、トガミは悲しげにすっと目を伏せた。
「……デレクは、星読師としての仕事の傍ら、この国における貧富の差をなくそうとしていたようです。病気に罹っても満足に医者にかかれないような民を助け、飢える子どもがいなくなるような手立てを、ずっと考えていた。……僕のような哀れな孤児が、これ以上生まれないようにとね」
リオンもミーアも、一言も発さずにただじっとトガミの話に耳を傾けていた。リオンはその顔を悲痛に歪めながら、ただトガミの瞳をじっと見つめている。
「王都にばかり目を向けがちな政策を変え、貧しい人々を救ってほしいとデレクは陛下に進言したのです。彼は自ら僻地に赴いて実情を調べていましたから、その報告も交えてね」
「そう、だったのか……」
「ええ。……しかし、陛下はそんなデレクになんて言ったと思います?」
憎悪に満ちた顔で、トガミはリオンに向かって問いかける。リオンは眉を顰めながらも、何も答えようとはしなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
「……おまえ個人の意見など、聞いていない。おまえは星読師なのだから、星のお導きをわれわれに伝えるだけでいいのだ、ってね。めげずに何度も進言してくるデレクの話も聞かず、足蹴にしたそうです」
「なっ……そのようなことを……!?」
「信じられませんか? ははっ、僕だって信じたくありませんでしたよ。穏やかな王として慕われている陛下が、まさかそんなことをおっしゃるなんてねえ……だが、天文台に隠されていたデレクの日記には確かにそう書かれていた。これを見つけて真実を知ったとき、僕は決めたんです」
トガミは手にしていた短剣を腰に戻すと、おもむろに服の袂から古びた一冊の本を取り出した。おそらくそれが、デレクが遺したという日記帳なのだろう。そして彼はその日記帳を強く抱きしめ、リオンのもつ黄金の瞳をまっすぐに見つめながら言い放った。
「デレクを死に追いやった愚かな王に、必ず復讐をすると……そして、彼の成しえなかった本願を、僕がこの手で果たすのだとね」
「それ、は……真実なのか」
「さあ? 信じてもらわなくとも結構ですけどね。だが、陛下の側近たちはデレクの名を出すと皆一様に口を閉ざす……それが答えでしょう」
「し……しかし、なぜ今さらデレクのことを……! おまえが私を裏切ったことと関係があるのか!?」
戸惑いながら問いかけるリオンに、トガミは見下したような視線を向ける。それから、感情の読めない目をしたまま天井を仰ぎ見た。
「……今さら、なんかじゃありませんよ。僕は、デレクがなぜこの城から追放されなければならなかったのか、それを知るためだけに王室専属の星読師になったんですから。あなたや陛下に対する忠誠心なんて、最初から無いんですよ」
「なっ……!?」
言葉を失うリオンをよそに、トガミはゆっくりと部屋の中を歩きながら語りだす。己の罪を暴かれたというのに、その表情はやけに穏やかなものだった。
「僕はねえ、もともと孤児だったんです。干からびた田畑や荒れ地しかない僻地で生まれ、両親ともに流行り病で亡くし……行くあてもなく彷徨っていたところを、偶然出会ったデレクに拾われた」
どこか一点を見つめながら淡々と話すトガミの姿を見るかぎり、その話は本当なのだろう。しかし、リオンは反論するように声を荒らげた。
「トガミ、おまえは高名な星読師の一族の生まれであったはずでは……!」
「その一族の養子になるよう、デレクが取り計らってくれたんですよ。僕自身としては、デレクのもとで暮らしたいと訴えたんですがねえ……自分は子を持つのに向いていない、なんて言って断られまして」
当時のことを思い出しているのか、トガミは目を細めてふっと笑う。
「星読師なんて、毛ほども興味はなかったんですがねえ……ただ、自分を助けてくれたデレクに報いたかった。だから僕は、死に物狂いで勉強をして、一族に気に入られるためならなんでもしました。愛想笑いも覚えたし、養父母に歯向かったことだって一度たりともありません」
トガミの飄々とした態度はその影響かと、ミーアは無言のまま考えた。一族に馴染むために、彼は本心を隠しながらずっと生きてきたのだ。それは、自分を拾ってくれたデレクへ恩を返すために他ならないのだろう。
「立派な星読師となり、デレクに認めてもらいたい。この国の行く末を担う彼の力になりたい……それだけを考えていたというのに、ある日突然デレクは城から追放されたんです。そして失意のまま病に侵され、王都に入ることすら許されずたった独りで死んでいったのだと……彼がそうして亡くなったのを僕が知ったのは、だいぶ後になってからのことでした」
トガミがぐっと拳を握る。怒りからか、それとも悲しみからか、彼は今まで見たことのない表情で語った。
「デレクがいなくなったときのことは、うっすらと覚えているが……誰に聞いても、彼の行方について教えてはくれなかった。陛下に聞いても、知らないの一点張りで……」
「ははっ、僕の周りもそうでしたよ。でも、デレクが公金を横領したなんて僕にはとても信じられなかった……だから僕は、王室専属の星読師になったんです。彼が追放された、その本当の理由を知るために」
戸惑いを見せるリオンを厳しい眼差しで見据えながら、トガミはこの場に立っている。
平民として生きてきたミーアにはその困難を測り知ることはできないが、きっと彼がこの城に入るまでには相当な努力が必要だったことだろう。そんな途方もない努力をしてまで、トガミはデレクが追放されたわけを確かめたかったのだ。
「周囲に怪しまれないために、僕とデレクとの関係はずっと伏せてきました。真面目に役割をこなしながら裏ではデレクについて探り、少しずつ陛下の信頼を得て……そして、やっと僕は真相に辿り着いた」
その瞬間、トガミは悲しげにすっと目を伏せた。
「……デレクは、星読師としての仕事の傍ら、この国における貧富の差をなくそうとしていたようです。病気に罹っても満足に医者にかかれないような民を助け、飢える子どもがいなくなるような手立てを、ずっと考えていた。……僕のような哀れな孤児が、これ以上生まれないようにとね」
リオンもミーアも、一言も発さずにただじっとトガミの話に耳を傾けていた。リオンはその顔を悲痛に歪めながら、ただトガミの瞳をじっと見つめている。
「王都にばかり目を向けがちな政策を変え、貧しい人々を救ってほしいとデレクは陛下に進言したのです。彼は自ら僻地に赴いて実情を調べていましたから、その報告も交えてね」
「そう、だったのか……」
「ええ。……しかし、陛下はそんなデレクになんて言ったと思います?」
憎悪に満ちた顔で、トガミはリオンに向かって問いかける。リオンは眉を顰めながらも、何も答えようとはしなかった。いや、答えられなかったのかもしれない。
「……おまえ個人の意見など、聞いていない。おまえは星読師なのだから、星のお導きをわれわれに伝えるだけでいいのだ、ってね。めげずに何度も進言してくるデレクの話も聞かず、足蹴にしたそうです」
「なっ……そのようなことを……!?」
「信じられませんか? ははっ、僕だって信じたくありませんでしたよ。穏やかな王として慕われている陛下が、まさかそんなことをおっしゃるなんてねえ……だが、天文台に隠されていたデレクの日記には確かにそう書かれていた。これを見つけて真実を知ったとき、僕は決めたんです」
トガミは手にしていた短剣を腰に戻すと、おもむろに服の袂から古びた一冊の本を取り出した。おそらくそれが、デレクが遺したという日記帳なのだろう。そして彼はその日記帳を強く抱きしめ、リオンのもつ黄金の瞳をまっすぐに見つめながら言い放った。
「デレクを死に追いやった愚かな王に、必ず復讐をすると……そして、彼の成しえなかった本願を、僕がこの手で果たすのだとね」
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