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44.裏切り(2)

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「では、決行はいつにしますか?」
「すぐにでも。リオン殿下が城の者に何やら探りを入れてるみたいですからねえ、僕の行動に気付かれる前にさっさとミーア様を始末しないと……ん?」

 今後の計画を話し合っている彼らを、ミーアは物陰に潜んだままじっと見つめる。しかし、人のいる気配を感じ取ったのか、ふいにトガミがこちらを振り向いた。

「――そこに、誰かいますねえ」
 
 その声に、ミーアの心臓が跳ねる。慌てて立ち上がりその場を離れようとしたが、トガミともう一人の男は恐ろしいほどの素早さで路地を駆け抜け、立ち竦むミーアの姿を視界に捉えた。

「なっ……ミーア様!? なぜここに、あなたが……」
「……今の会話、どうやら聞かれていたようですね」

 この期に及んで「何も聞いていません」などと、しらを切るのは到底無理だとミーアは瞬時に悟る。ここは逃げるしかないと判断し、驚きに目を剥くトガミに背を向け、人通りの多い大通りへと向かって死に物狂いで走った。
 人気の無い場所で捕まれば、きっと彼らは何の躊躇もなくミーアの命を奪うだろう。このまま無事に逃げ切れるかは分からないが、とにかく人目につく場所までは何としてでも持ち堪えたかった。
 案の定、トガミともう一人の男は物凄い勢いでミーアの後を追ってくる。こんなところで殺されてなるものかと、ミーアは無我夢中で路地を走り、様々な店が立ち並ぶ大きな通りまで辿り着くことができた。

「まさか、逃げられるとお思いですか? ミーア様」

 ミーアがほっと息を吐いたその瞬間、彼女の腕は背後からがっしりと捕らえられる。いつの間にかすぐ近くに迫ってきたトガミともう一人の男は、恐ろしい形相でミーアを拘束して睨みつけた。

「は、離してっ!」
「それは聞けませんねえ。だってあなた、さっきの話を聞いていたでしょう。知られてしまったからには、このままお帰しするわけにはいかないんですよ」
「まあ、もともと殺すそのつもりでしたからね。その予定が少し早まっただけだ」

 男の手から逃れようと、ミーアは必死で暴れる。しかし、何の訓練もしていない女の力では屈強な男の手を振り払うことはできず、強く握られた腕が痛むばかりだった。
 男二人がかりで押さえつけられるミーアを、通行人たちはざわめきながら遠巻きに見つめている。ただならぬ事態を察知はしても、面倒ごとには巻き込まれたくないのか、誰もミーアを助けようとはしなかった。もがきながら叫んでも、さっと目を逸らされてしまう。

「ここじゃあ、さすがに目立ちすぎますし……とりあえず、連れて行きましょうか。あなたがどうして一人でこんなところにいるのかは知りませんが、おおかたリオン殿下の目を盗んで城を抜け出してきたんでしょう」
「はっ、そのままおとなしく逃げていればよかったものを……ほら、行くぞ。歩け」

 ぐいっと男に腕を引かれ、ミーアは引き摺られるような形で通りを歩かされる。諦めずに抵抗を続けながら、ミーアは考えた。
 
 ――このままでは、殺されてしまう。
 ミーアの存在を消したあと、トガミが何を企んでいるかは分からない。だが、彼らの様子から察するに、リオンやルカを襲撃させた黒幕は間違いなくトガミだろう。
 その事実を知るミーアがいなくなってしまえば、一人残された父の命の保証はできないうえに、ソルズ城にいる者たち全員――リオンの命すら危うくなる。
 
「トガミさん、どうして……!? あなたは一体、何をしようとしているのですか!?」
「ミーア様がそれを知る必要はありませんよ。まったく、おとなしく王太子妃の椅子に座っているだけでよかったのに、余計なことをしてくれて……人選を見誤りましたねえ」
「なぜ私に避妊薬を飲ませていたのですか!? リオン殿下に子が生まれるのは、トガミさんにとって利のあることではないのですか! あなたは前に、リオン殿下が王位を継いでいけば安泰だと言っていたのに……!」
「うるさいですねえ……はいはい、その通りですよ。お馬鹿で単純なリオン殿下が王になってくれさえすれば、あとは私の思い通りになるんです。だからあなたがたの子どもなんて、僕の計画には邪魔でしかないんですよ」

 鼻で笑いながらそう言い切ったトガミに、ミーアは目を見開く。その言葉からはリオンに対する敬意の欠片も見えなくて、トガミがただリオンを利用しようとしていることだけは理解できた。

「リオン殿下を、どうするつもりなのですか……!?」
「おや、気になります? あなたの自由と尊厳を踏みにじった男のことが、そんなに心配ですか? 本当にお人好しですねえ」
「っ……!」
「まあ、悪いようにはしませんから安心して死んでください。リオン殿下には、誠心誠意お仕えするつもりですよ。……あの人に利用価値があるうちは、ね」

 その言葉を聞いたミーアは、かっと頭に血が上るのを感じながら渾身の力を込めて男の腕を振り払った。男はすっかり油断していたようで、ミーアが思っていたよりもたやすく腕が自由になる。その隙に、ソルズ城のある方向へと向かって走り出した。

「何をしてるんですか! さっさと捕まえなさい!!」

 背後からトガミの怒号が聞こえたが、ミーアは振り返ることなく走った。すぐに追いつかれてしまうことは分かっていても、みすみすと彼らにこの命をくれてやるつもりは微塵も無かった。
 だが、男の足音はすぐ間近に迫ってくる。ミーアは息を切らしながら、再び捕まることを覚悟した。

「お嬢さん、こっちへ! 乗りなさい!!」
 
 しかし、次の瞬間ミーアの目の前に現れたのは、一台の馬車とそれに乗ったままこちらに手を伸ばす老紳士だった。
 新たな追手か、と足を止め躊躇するミーアに、見知らぬ老紳士は焦れた様子で「早くしなさい!」と叫ぶ。
 背後にはトガミが迫ってきている。ミーアは判断に迷ったが、覚悟を決めて老紳士の手を取り、彼とともに馬車に飛び乗った。

「大丈夫か!?」
「は……っ、はい……! わ、わたし、早くソルズ城に戻らないと……っ」
「ソルズ城に? よし、分かった! 急いで城へ向かってくれ!」

 何も分からぬまま息を切らすミーアをよそに、老紳士は馭者に向かってそう叫んだ。馬のいななきとともに馬車は速度を上げていき、あっという間にトガミたちを引き離す。

「さすがに奴らも、すぐには追ってこれんだろう……危ないところだった」
「あ……た、助けていただき、ありがとうございます。あの、あなたはっ……」
「その前に、ひとつ確認させてほしい。あなたは……リオン殿下の妃でいらっしゃる、ミーア様で間違いありませんか?」

 真剣な表情で問われ、ミーアは思わず目を丸くする。
 リオンとミーアは正式に婚姻を結んではいるが、今は他国との戦の最中であることを理由に国民への大々的なお披露目はされていない。だから、皆リオンが妻を娶ったという事実を知ってはいても、その妻であるミーアの姿は城内の者しか知り得ていないはずなのである。

「ど……どうして、分かったのですか? あなたは……!?」
「ああ……やはり、そうか。驚かせて申し訳ない。だが、私はあなたを傷付ける気など一切無いから安心してほしい」

 老紳士は優しくそう言うと、そっとミーアの手を取って告げた。

「私は、セイレン家の現当主です。イリヤの……あなたのお母さんの、父親だよ。つまり、あなたの祖父ということになる」
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