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42.糸(3)

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 トガミとばったり鉢合わせしなかったことにほっとして、ミーアはようやく通りを渡って薬屋の扉を開ける。薬草の独特の匂いが広がる店の中に入り、そっと声をかけた。

「すみません。頼んでおいた薬を受け取りに来たのですが……」

 そう言うと、店の奥から白い前掛けをつけた恰幅のいい女性がどたばたとやってきた。彼女はミーアの姿を見ると、にこっと笑いながら話しかけてくる。
 
「はーい、お待たせして悪いね! あ、もしかして王宮の方のお使いかしら?」
「あ……はい、そうです。ソルズ城から来ました」
「はいはい、伺ってますよ! 王太子妃様の御父上のお薬でしたよね。今お包みしますから、少し待っていてもらえる? そこの椅子に座っていいからね!」

 ミーアは頷くと、言われた通り店の隅に置かれた椅子に座って待つことにする。待っている間に店の中をきょろきょろと見回していると、ここの主人らしい白髪の男性が店の奥から出てきて、先ほどの女性に何やら怪訝な顔で問いかけた。

「なあ、さっきの処方って本当にこれで合ってるのか? この薬草は、こっちの薬と合わせると猛毒になっちまうぞ」
「え? あー、それね。大丈夫よ、お偉い星読師様のご依頼だから! よく分からないけど、何かの儀式に使うだけで誰かに飲ませるわけじゃないって言ってたわ」

 星読師という言葉を聞いて、ミーアは思わず聞き耳を立てた。さっきの処方ということは、きっとトガミのことを話しているのだろう。聞いてはいけないとは思いつつも、ミーアはついその内容が気になって、静かに二人の会話を聞いてしまった。
 
「ああ、なんだ。あの変わった星読師様か! あの人、ここ最近いつも避妊薬を買っていくが、恋人でもできたのかねぇ」
「ええ? 確かあのお方、前に話したときは『僕は恋人も奥さんも欲しくないんですー』とかって言ってたけどね」
「へえ、そうなのか。それじゃあ、誰に飲ませてるんだろうなぁ」
「いやだ、あんまり人様の事情を詮索するもんじゃないよ! そんなことよりほら、そっちの薬まとめて! お嬢さんを待たせてるんだから!」

 ばたばたと薬の準備をしている二人を横目に、ミーアは聞いてはいけない話を聞いてしまった、と後悔していた。
 あのトガミに恋人がいるなんて考えもしなかったが、彼はリオンと年が近いようだし、恋人どころか結婚して妻がいたとしても何らおかしくはないだろう。ただ、どうしてもトガミが誰かと仲睦まじく過ごしている光景を想像することができなくて、ミーアは先ほどの会話を必死で忘れようとした。

「お嬢さん、お待たせして申し訳なかったね! はいこれ、頼まれていた分の薬だよ。お代はもう頂いているからね。しばらく同じ薬を飲まれてるようだし、説明はいいかしら?」
「は、はい! 大丈夫です。ありがとうございました」

 紙袋いっぱいの薬を受け取って、ミーアはそそくさと荷物をまとめて店を後にしようとする。
 するとそのとき、店の主人が何かを見つけた様子で「あっ!」と大きな声を上げた。

「これ、もしかしてさっきの星読師様にお渡しする薬じゃないか!?」
「あら! いけない、入れ忘れたみたいだわ!」
「まったく、だから複数の薬を頼まれたときは気をつけろって言っただろう! はあ、次に来てもらったときに渡すしかないなぁ」

 そう言って店の主人が手に持ったものを見て、ミーアは目を見開いた。
 それは、「滋養強壮の薬です」と言ってミーアがいつもトガミに渡されていた包みとまったく同じものだったからだ。

「それっ……!」
「え?」
「す、すみません! その包み、見せていただけませんか!?」
「え、ええ? あー、お客さんに渡す薬だから、触らないならいいけど……」

 困惑した様子の主人は、手のひらに乗せたその包みをミーアの方に向けてくれる。ミーアはそれをまじまじと見つめてみたが、包み紙や印字された刻印まで、やはりトガミに渡されたものとまったく同じものであった。

「これって……滋養強壮のお薬、ですか?」
「ええ? いいや、これは避妊薬だよ。他国から仕入れていてね、王都でもこれを置いてるのはうちの店くらいだよ。ほら、ここに文字が入っているだろう? その国の言葉で、避妊薬って意味だよ。なかなか読める人はいないがね」
「そう、ですか……すみません、ありがとうございました」

 ミーアはやっとのことでそれだけ言うと、不思議そうに首を傾げる店主を後目に紙袋を抱えて薬屋を後にした。
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