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40.糸(1)

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 がたことと揺れる馬車の中で、ミーアは小窓から外の景色をぼうっと眺めていた。
 王都の街並みは、やはり何度見ても豪奢で美しい。だが、その美しい風景を見てもミーアの心が晴れることはなかった。

「ミーア、どうした? 気分でも悪いのか」

 すぐ隣から声をかけられて、ミーアははっと顔を上げる。
 隣には心配そうにこちらの様子を窺う父がいて、ミーアは慌てて首を振った。

「ううん、大丈夫。本当に、綺麗なお城だったなぁと思って……」
「はは、そうだなぁ。私も、短い間とはいえ自分が王都に住んでいたなんていまだに信じられんよ。しかも、あのソルズ城に」
 
 二人が見つめる先には、王都の中心地に高く聳え立つソルズ城がある。つい今朝まであの場所で暮らしていたというのに、それは空の上ほど遠く手の届かない距離にあるような気がした。
 
「いきなり城を出てくれと言われたときは驚いたが、リオン殿下は本当にミーアのことを想ってくれているのだな。星の導きに背いても、おまえの身の安全を第一に考えてくださるなんて」
「そう……なのかな」
「ああ、そうに決まっているさ。でなければ、私たちが次に住む場所など用意してはくれないだろう。問答無用で追い出されるのかと思えば、家の手配はすべて済んでいるというし、こうして馬車や護衛の人員まで割いてくださって……」

 ミーアと父がこれから住む予定の家までは、二人の護衛が付き添うことになっている。リオンとミーアが離縁をして、ミーアたちが城を出ることはごく少数の限られた者にしか伝えていないらしい。城内の誰がミーアを狙っているのかが分かるまで、この事実は伏せておくつもりのようだ。
 リオンが最も信用する護衛のうち二人をミーアたちに付き添わせたのも、きっと彼なりの最大限の配慮なのだろう。だが、それが分かるからこそ、自分たちだけが安全な場所へ逃げることへのためらいをミーアは感じていた。

「……リオン殿下は、大丈夫なのかしら」
「うむ……それは私も心配だが、きっと大丈夫だろう。殿下は剣の腕も達者だと聞いたし、トガミ様や側近の方々も彼を守ってくれるはずだ」
「うん……」
「リオン殿下と離縁することになったのは残念だが、良いお方に巡り合えたな。最初はどうなることかと思ったが、殿下がおまえを大切にしてくれて私もほっとしたよ」

 父の言葉に、ミーアは静かに唇を嚙んだ。
 リオンがこれまでしてきたことを、父は何も知らない。自分が人質のように扱われていたことも知らないし、ミーアがリオンに夜毎嬲られてきたことも、もちろん父には言っていなかった。
 リオンは父にも謝罪をしたいと言っていたが、ミーアがそれを断った。己の身を守るために娘が手籠めにされ軟禁されていただなんて知ったら、それは父親として耐えがたいほどの苦痛だろう。リオンも同じように思ったのか、父には何も言わないでほしいというミーアの訴えを「分かった」と神妙に受け止めていた。

「そうだ。ミーアに、これを渡すのを忘れていたんだ」
「え?」

 父は思い出したようにそう言うと、鞄から小さな茶色い紙袋を取り出した。それを受け取ったミーアが袋を開けると、嗅ぎ慣れた香ばしい匂いが鼻腔を擽る。

「これ、イトの茶葉……?」
「ああ。おまえとリオン殿下で育てていたイトの葉だよ」

 その言葉に、ミーアは思わず目を見開いた。
 どうして、と言外に問いかける娘に、父は微笑みながら教えてくれる。

「賊の襲撃があってから、殿下もおまえもなかなか庭に出られなかっただろう? せっかく育てたイトの葉が、収穫もされずに枯れてしまうのは忍びないと思ってね。許可を頂いて、何度か私が収穫しておいたんだよ」
「そうだったの……! お父様、ありがとう」
「いやあ、礼を言われるほどのことじゃないよ。少し拝借して飲ませてもらったが、美味しくできていたよ」

 そう言って笑う父に、ミーアも顔を綻ばせた。
 苗を植えるだけ植えておいて収穫もせずに枯らしてしまったと悔やんでいたが、父が葉を摘んで飲んでくれていたのなら育てた甲斐があったというものだ。小さな紙袋を握りしめ、ミーアはもう一度その香りを吸い込んだ。
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