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38.心(2)

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 苦しげな表情で頷くリオンに、ミーアは敬語も忘れて問いただす。

「ど、どうして!? 私がどれほど嫌だと言っても、決してこの城から出してはくれなかったのに! 父を人質に取ってまで私をここに閉じ込めたのに、どうして今さら……!?」

 悲痛に叫ぶミーアを宥めるように、リオンがその肩を引き寄せて抱きしめる。それから、彼もまた悲痛な声音で言い募った。

「きみの命が危ないんだ。どうか、何も聞かずに逃げてくれ」
「そ、そんなの、勝手すぎます! 私たちの家や畑を取り上げてまでここに連れてきたのに、今度は出て行けだなんて……!」
「それは……本当に、すまなかった。だが、きみたちが今後の生活に困るようなことには絶対にしない。私から金銭的な支援は続けるつもりだし、お父上の薬なども……」
「違うわ! 私が聞きたいのは、そんなことじゃない! わ、私は……っ」

 言葉を詰まらせながらも、ミーアは自分の思いを伝えようと必死で彼に向って叫んだ。そんな彼女の姿に、リオンはただ悲しげに目を伏せる。

「……分かってくれ、ミーア。もうこれ以上、きみを傷つけたくないんだ」

 震える声でそう告げたリオンに、ミーアは言葉を失う。
 彼は一層強い力でミーアの体を抱きしめ、ぽつりぽつりと感情を吐き出すように語り始めた。
 
「最初はきみの血筋と、その身体だけが必要だった。星の導く通り、セイレン家の血を引くきみを何としてでも私のものにしなければならないと……ただ、それしか考えていなかったんだ」

 リオンの腕に抱きしめられながら、ミーアは彼と出逢ってから今までのことを思い返す。
 貧しくも平和だった父と二人の生活が、一枚の手紙によって壊された。
 突然目の前に現れたリオンに求婚され、父のためになるのならと彼と結婚することを決めたのは、他の誰でもないミーア自身だった。
 しかし、リオンはそんなミーアの気持ちを踏み躙るだけでなく、その身体を嬲り己のものにしようとした。

『私の体は、いくらでも好きにすればいい。でも、心まであなたの思い通りになると思わないで』
『心? そんなもの、思い通りにならなくとも構わない。他に愛しい男がいようが、きみがどれだけ拒もうが、私の妻であることに変わりはないのだからな。それくらい、きみの好きにすればいいさ』

 初めてリオンに抱かれた夜、彼はそう言ってミーアを嘲笑った。
 そして、ミーアの境遇を憂い助言してくれた侍女を無情にも城から追い出し、罪悪感と無力感に泣くミーアを辱めてこう言ったのだ。

『そんなに苦しいのなら、心など捨ててしまえばいい。そうすれば、涙など流さなくて済むだろう?』
 
 リオンの心無い言葉の数々を思い出し、ミーアは胸をぎゅっと締め付けられるような思いがした。
 思わず体を強張らせると、リオンは彼女の背を優しい手つきでそっと撫でる。それだけで少し気持ちが安らぐような気さえして、自分の心境の変化にミーアはこのとき初めて気が付いた。

 ――リオンの手がこの身に触れることに嫌悪しなくなったのは、一体いつからだっただろうか。

 
「ミーア、大丈夫か? 顔色が悪い」
「え……」
「……今さら、こんな話をしてすまない。だが、許しを請うような真似はしないよ。私がしてきたことはきちんと受け止めたうえで、きみの身の安全を一番に考えたんだ。ミーアは、ソルズ城から離れた方がいい」
「……星の、お導きは? 私と離縁して、以前話していたセイレン家の分家の方を迎え入れるのですか」
「いや。私はもう、妻を娶ることはしない。側室もだ。王位は継ぐつもりだが、私の次はルカやその子どもに継承されることになるだろう」

 その言葉を聞いて、ミーアは内心でほっとしている自分がいることに気付いて愕然とした。

 ――リオン殿下がほかの人と結婚しないことに、私はなぜ安堵したのだろう。
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