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35.触れる手(1)
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夜の帳が下り、普段であれば執務を終える時間になっても、リオンはまだ部屋に戻ってきていなかった。
今夜から彼の部屋で過ごすことになったミーアは、慣れない場所でそわそわしながらリオンの帰りを待っている。昼間のうちにミーアの荷物は侍女たちが運び入れてくれていたが、その中の本にも手をつける気になれず、椅子に腰掛けて部屋の中をきょろきょろと見回してみたり、窓辺に行って外を眺めてみたりと落ち着かない時間を過ごしていた。
そして、日付が変わる直前になってようやく部屋の扉が開いた。見るからに疲れた様子のリオンは静かに部屋に入ってくると、眠る支度を済ませたミーアの姿を見てほっとしたように微笑む。
「ミーア、起きていたのか。先に眠っていてくれと伝えたはずだが」
「は、はい……ですが、リオン殿下の寝台で先に眠るわけには……」
「ふふ、そうか。きみはここで眠るのは初めてだからな。私も正直、ミーアが起きていてくれて嬉しかった」
リオンはそう言うと、着替えもそこそこにミーアの体を抱き寄せた。彼の胸元に顔を埋めながら、ミーアは抵抗することもなくその抱擁を受け入れる。
「あの……ルカ殿下が、賊に襲われたと聞きました」
「……ああ。護衛に扮した男が、短剣を持ってルカの部屋に侵入したらしい。運良くルカが護身用の剣を携えていたから応戦できたが、もしそうでなかったらと考えると肝が冷えるな」
疲れの滲むリオンの顔を見上げながら、ミーアは「ご無事でよかったです」と呟いた。彼はそれに応えるようににっこりと笑みを見せてから、真新しい敷布の敷かれた寝台へ腰掛ける。ミーアもそれに伴って、彼の隣へ腰を下ろした。
「ミーアの次は、ルカが狙われて……なぜ、賊は真正面から私を狙ってこないのだろうな。敵の目的が分からないと、対処も後手にまわってしまう」
「でも、実際に怪我を負ったのは殿下で……」
「あれは、私がきみを庇ったせいだ。あの時、賊の女は私を斬りつけようとはしていたが、どこかで手を抜かれているような感覚があった。私を狙っているように見せかけて、あの賊はミーアだけを標的にしていたように思えてならないんだよ」
胸に溜め込んでいた疑念を吐き出すかのように一息に言うと、リオンは悔しそうに拳を握りしめる。返すべき言葉が見つからず、ミーアが黙ってそんな彼をじっと見つめていると、リオンは覇気のない声でぼそりと呟いた。
「……私は一体、どれほどの人間から恨まれているのだろうな」
力無く項垂れるリオンは、いつになく気落ちしているように見えた。今日の襲撃騒ぎで疲れたのだろうか、とミーアが怪訝に思っていると、彼は懐から一枚の紙切れを取り出して広げる。そこには、歪な文字で数行の文章が書かれていた。
「殿下、それは?」
「まだ誰にも言っていないんだが……いわゆる、脅迫状の類だよ。執務を終えて廊下に出たら、これが落ちていたんだ」
「えっ……!?」
息を呑むミーアに、リオンは「心配しなくても大丈夫だ」と彼女の手を握った。それから、その紙切れを見て苦笑する。
「今すぐ離縁しなければ、城の者を皆殺しにする……だと。はは、さすがにここまで露骨なものは初めて届いた」
「そんな……! わ、笑い事ではないでしょう!? すぐ皆に知らせないとっ……!」
「いや。これが城の中に……しかも、私だけが気付くような場所に置かれていたということは、差出人は城内にいると見て間違いない。ならば、皆に周知したところで同じだよ」
「え……と、ということは」
「ああ……この城のどこかに、敵が潜んでいるのだろうな。いや、潜んですらいなくて、平然と私やミーアにも接しているのかもしれない」
青褪めたミーアを落ち着かせるように、リオンは握る手の力を強くする。彼は半ば諦めたかのように力無く笑うと、訥々と語り始めた。
今夜から彼の部屋で過ごすことになったミーアは、慣れない場所でそわそわしながらリオンの帰りを待っている。昼間のうちにミーアの荷物は侍女たちが運び入れてくれていたが、その中の本にも手をつける気になれず、椅子に腰掛けて部屋の中をきょろきょろと見回してみたり、窓辺に行って外を眺めてみたりと落ち着かない時間を過ごしていた。
そして、日付が変わる直前になってようやく部屋の扉が開いた。見るからに疲れた様子のリオンは静かに部屋に入ってくると、眠る支度を済ませたミーアの姿を見てほっとしたように微笑む。
「ミーア、起きていたのか。先に眠っていてくれと伝えたはずだが」
「は、はい……ですが、リオン殿下の寝台で先に眠るわけには……」
「ふふ、そうか。きみはここで眠るのは初めてだからな。私も正直、ミーアが起きていてくれて嬉しかった」
リオンはそう言うと、着替えもそこそこにミーアの体を抱き寄せた。彼の胸元に顔を埋めながら、ミーアは抵抗することもなくその抱擁を受け入れる。
「あの……ルカ殿下が、賊に襲われたと聞きました」
「……ああ。護衛に扮した男が、短剣を持ってルカの部屋に侵入したらしい。運良くルカが護身用の剣を携えていたから応戦できたが、もしそうでなかったらと考えると肝が冷えるな」
疲れの滲むリオンの顔を見上げながら、ミーアは「ご無事でよかったです」と呟いた。彼はそれに応えるようににっこりと笑みを見せてから、真新しい敷布の敷かれた寝台へ腰掛ける。ミーアもそれに伴って、彼の隣へ腰を下ろした。
「ミーアの次は、ルカが狙われて……なぜ、賊は真正面から私を狙ってこないのだろうな。敵の目的が分からないと、対処も後手にまわってしまう」
「でも、実際に怪我を負ったのは殿下で……」
「あれは、私がきみを庇ったせいだ。あの時、賊の女は私を斬りつけようとはしていたが、どこかで手を抜かれているような感覚があった。私を狙っているように見せかけて、あの賊はミーアだけを標的にしていたように思えてならないんだよ」
胸に溜め込んでいた疑念を吐き出すかのように一息に言うと、リオンは悔しそうに拳を握りしめる。返すべき言葉が見つからず、ミーアが黙ってそんな彼をじっと見つめていると、リオンは覇気のない声でぼそりと呟いた。
「……私は一体、どれほどの人間から恨まれているのだろうな」
力無く項垂れるリオンは、いつになく気落ちしているように見えた。今日の襲撃騒ぎで疲れたのだろうか、とミーアが怪訝に思っていると、彼は懐から一枚の紙切れを取り出して広げる。そこには、歪な文字で数行の文章が書かれていた。
「殿下、それは?」
「まだ誰にも言っていないんだが……いわゆる、脅迫状の類だよ。執務を終えて廊下に出たら、これが落ちていたんだ」
「えっ……!?」
息を呑むミーアに、リオンは「心配しなくても大丈夫だ」と彼女の手を握った。それから、その紙切れを見て苦笑する。
「今すぐ離縁しなければ、城の者を皆殺しにする……だと。はは、さすがにここまで露骨なものは初めて届いた」
「そんな……! わ、笑い事ではないでしょう!? すぐ皆に知らせないとっ……!」
「いや。これが城の中に……しかも、私だけが気付くような場所に置かれていたということは、差出人は城内にいると見て間違いない。ならば、皆に周知したところで同じだよ」
「え……と、ということは」
「ああ……この城のどこかに、敵が潜んでいるのだろうな。いや、潜んですらいなくて、平然と私やミーアにも接しているのかもしれない」
青褪めたミーアを落ち着かせるように、リオンは握る手の力を強くする。彼は半ば諦めたかのように力無く笑うと、訥々と語り始めた。
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