上 下
35 / 54

35.触れる手(1)

しおりを挟む
 夜の帳が下り、普段であれば執務を終える時間になっても、リオンはまだ部屋に戻ってきていなかった。
 今夜から彼の部屋で過ごすことになったミーアは、慣れない場所でそわそわしながらリオンの帰りを待っている。昼間のうちにミーアの荷物は侍女たちが運び入れてくれていたが、その中の本にも手をつける気になれず、椅子に腰掛けて部屋の中をきょろきょろと見回してみたり、窓辺に行って外を眺めてみたりと落ち着かない時間を過ごしていた。

 そして、日付が変わる直前になってようやく部屋の扉が開いた。見るからに疲れた様子のリオンは静かに部屋に入ってくると、眠る支度を済ませたミーアの姿を見てほっとしたように微笑む。

「ミーア、起きていたのか。先に眠っていてくれと伝えたはずだが」
「は、はい……ですが、リオン殿下の寝台で先に眠るわけには……」
「ふふ、そうか。きみはここで眠るのは初めてだからな。私も正直、ミーアが起きていてくれて嬉しかった」

 リオンはそう言うと、着替えもそこそこにミーアの体を抱き寄せた。彼の胸元に顔を埋めながら、ミーアは抵抗することもなくその抱擁を受け入れる。

「あの……ルカ殿下が、賊に襲われたと聞きました」
「……ああ。護衛に扮した男が、短剣を持ってルカの部屋に侵入したらしい。運良くルカが護身用の剣を携えていたから応戦できたが、もしそうでなかったらと考えると肝が冷えるな」

 疲れの滲むリオンの顔を見上げながら、ミーアは「ご無事でよかったです」と呟いた。彼はそれに応えるようににっこりと笑みを見せてから、真新しい敷布の敷かれた寝台へ腰掛ける。ミーアもそれに伴って、彼の隣へ腰を下ろした。

「ミーアの次は、ルカが狙われて……なぜ、賊は真正面から私を狙ってこないのだろうな。敵の目的が分からないと、対処も後手にまわってしまう」
「でも、実際に怪我を負ったのは殿下で……」
「あれは、私がきみを庇ったせいだ。あの時、賊の女は私を斬りつけようとはしていたが、どこかで手を抜かれているような感覚があった。私を狙っているように見せかけて、あの賊はミーアだけを標的にしていたように思えてならないんだよ」

 胸に溜め込んでいた疑念を吐き出すかのように一息に言うと、リオンは悔しそうに拳を握りしめる。返すべき言葉が見つからず、ミーアが黙ってそんな彼をじっと見つめていると、リオンは覇気のない声でぼそりと呟いた。

「……私は一体、どれほどの人間から恨まれているのだろうな」

 力無く項垂れるリオンは、いつになく気落ちしているように見えた。今日の襲撃騒ぎで疲れたのだろうか、とミーアが怪訝に思っていると、彼は懐から一枚の紙切れを取り出して広げる。そこには、歪な文字で数行の文章が書かれていた。

「殿下、それは?」
「まだ誰にも言っていないんだが……いわゆる、脅迫状の類だよ。執務を終えて廊下に出たら、これが落ちていたんだ」
「えっ……!?」

 息を呑むミーアに、リオンは「心配しなくても大丈夫だ」と彼女の手を握った。それから、その紙切れを見て苦笑する。

「今すぐ離縁しなければ、城の者を皆殺しにする……だと。はは、さすがにここまで露骨なものは初めて届いた」
「そんな……! わ、笑い事ではないでしょう!? すぐ皆に知らせないとっ……!」
「いや。これが城の中に……しかも、私だけが気付くような場所に置かれていたということは、差出人は城内にいると見て間違いない。ならば、皆に周知したところで同じだよ」
「え……と、ということは」
「ああ……この城のどこかに、敵が潜んでいるのだろうな。いや、潜んですらいなくて、平然と私やミーアにも接しているのかもしれない」

 青褪めたミーアを落ち着かせるように、リオンは握る手の力を強くする。彼は半ば諦めたかのように力無く笑うと、訥々と語り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

籠の中の令嬢

ワゾースキー
恋愛
どうして、こうなってしまったのかしら。 私は、ひっそりと暮らして生きたかっただけなのに… 女の子の出生率が極端に少なく、一妻多夫制という他国と比較しても、数少ない配偶システムを導入している国で産まれた彼女は、とても美しい容姿故に求婚が後を立たず、そんな日々に嫌気がさしていた。 他国では男女の出生率が平均的であると知った彼女は、自分が女性というだけで執着されることのない、他国に憧れ、国を出る方法を画策していた。 彼女へ想いを寄せる4人の男性に計画を知られるまでは順調だった。 そう。知られるまでは… 気づけば知らない部屋。 脚に鎖が。 窓には鉄格子が。 あぁ…どうしてこうなったの…? *・゜゚・*:.。..。.:*・'・*:.。. .。.:*・゜゚・* 初執筆作品 右往左往しながら書いています。 至らぬ点につきましては、何卒ご寛容のほどお願い申し上げます。 R18です。 監禁、束縛、無理矢理など、苦手な方は回れ右でお願い致します。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

処理中です...