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29.意志(1)
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「セイレン家の血を引く娘が、もう一人見つかりました!」
襲撃を受けて二週間、リオンの怪我は順調に回復しているものの、大事を取って寝台の上で執務を行っていた。そんなリオンを見舞いに来たミーアが侍女の代わりに茶を淹れていたところに、突然やってきたトガミは扉を開けるなりそう叫んだ。
訳が分からず目を瞬かせる二人に構わず、トガミは興奮気味に説明し始める。
「分家筋にはなってしまうんですが、構いませんよねえ? 今は西の街で暮らしているらしいんですが、二十五歳でまだ結婚しておらず、王家に嫁ぐ件についても前向きだとか! ああ、ミーア様を見つけてからもセイレン家とちょくちょく連絡を取っていた甲斐がありましたよ!」
身振り手振りを交えながら嬉しそうに話すトガミだが、リオンは険しい表情を浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「トガミ。悪いが、その娘を娶るつもりはない。先方にもそう伝えてくれ」
毅然とした態度で言い切ったリオンに、浮かれた様子だったトガミはぴたりと動きを止める。そして、顔を引き攣らせながら聞き返した。
「……はい? 娶る気はないとおっしゃいました?」
「当然だろう。私にはもうミーアという妻がいるのだから必要ない」
「あー、そういうことですか。大丈夫ですよ、側室でも構わないとあちらさんも了承済みですから! いやあ、この城に来てもう一年近く経つのにミーア様がさっぱりご懐妊しないものですから、そろそろ別の手を打ってもいいんじゃないかと……」
「そんなことを頼んだ覚えはない。私は側室を迎えるつもりもないから、もうこの話は終わりだ」
それだけ言うと、リオンはトガミから視線を逸らし再び執務に取り掛かろうとする。そのやり取りを見ていたミーアは、なんとも気まずい空気の中で茶を淹れ、無言のままリオンの傍にそっと茶器を置いた。
「はあ……リオン殿下。あなたがミーア様をお気に召しているのは結構ですが、お世継ぎのこともちゃんと考えてくださいよ? このまま子が出来なかったらどうするんですか」
「そこまで焦る話でも無いだろう。ミーアはまだ若いし、体も健康だ。そのうち自然と子を成すさ」
「ですが、万が一ということもあります。念には念を置いて、この機会に側室を迎えたっていいんじゃないですか」
「くどいな。ミーアとの間に子が出来なければ、それを受け入れるしかないだろう。私でなくとも、ルカが結婚して世継ぎを作ってくれればソルズ王家の血が途絶えることもない」
さらりと言ってのけたリオンに対し、トガミは信じられないとでも言いたげにかっと目を見開いた。
「殿下、どうしたっていうんですか! 国王の座をルカ殿下に譲っても構わないと!?」
「そうは言っていない。トガミも知っているだろうが、ルカは国王になることを望んでいないからな。だが、私に世継ぎが出来なければルカやその子どもが王位を継承するしかないだろう」
「だーかーら、そうならないためにも側室を迎えようと……!」
「別に、王位を継ぐのは私の子でなくとも構わない。この国の行く末を案じ、その身を国に捧げることができる者が受け継ぐべきだ」
真っ直ぐにトガミを見据えて、リオンはそう言い切った。トガミはそんなリオンの言葉を目を丸くしながら聞いていたが、今度はミーアの方を見て嘲るように言う。
「……そうですか。この貧相な農民の娘がそんなに気に入りましたか」
「な……っ」
「あーあ、失敗したなあ……まあ、あなたがどんな手を使ってリオン殿下の寵愛を得たかは知りませんが、これ以上余計なことはしないでくださいよ。この前の賊だって、本当はミーア様を狙ってきたんでしょう? どこかで恨みでも買ってきたんじゃないですかねえ。そもそも、あなたの父上だって駆け落ちなんかするようなお人ですし……」
「トガミ。それ以上言うなら、いくらおまえでも許すことができなくなる。……出て行ってくれ」
怒りを押し殺したような厳しい声音でリオンが言うと、トガミは忌々しげに顔を歪める。その恐ろしい形相にミーアは慄いたが、彼はすぐにぱっと表情を変えて取り繕うようにへらへらと笑ってみせた。
「いやあ、リオン殿下が怪我なさったことで僕もつい焦ってしまったみたいですねえ! 差し出がましいことを言ってすみませんでした」
「分かってくれたならいい。だが、ミーアにもきちんと謝ってくれ」
「あー、はいはい。どうもすみませんでしたね、ミーア様」
ぞんざいな態度で謝罪をするトガミを、ミーアは無言で睨みつける。トガミは「おお、怖い」と大げさに怖がる素振りを見せてから、ミーアの手首に光る銀の腕輪に視線を寄越した。
「そういえばミーア様、その腕輪を肌身離さず着けていらっしゃいますよねえ?」
「えっ? あ……前にも言いましたが、これは母の形見で」
「それ、気になって調べてみたんですけど、災厄から身を守るまじないが込められてるそうですよ。セイレン家に代々伝わる逸品だとか」
「え……そ、そうだったんだ……」
トガミの言うことを間に受けたくはないが、彼はセイレン家と直接連絡を取り合っている間柄だ。ミーアはその話を素直に受け止めて、母から譲り受けた腕輪がセイレン家に由来するものであることを初めて知る。
大事そうに腕輪を撫でるミーアを横目に見ながら、トガミはまるで告げ口するかのような口調でリオンに言った。
「子を成さないのは、その腕輪のせいじゃないですかねえ? リオン殿下は『災厄』と見なされてたりして」
それだけ言い残して、トガミは「では失礼」と逃げるように部屋から出て行った。
襲撃を受けて二週間、リオンの怪我は順調に回復しているものの、大事を取って寝台の上で執務を行っていた。そんなリオンを見舞いに来たミーアが侍女の代わりに茶を淹れていたところに、突然やってきたトガミは扉を開けるなりそう叫んだ。
訳が分からず目を瞬かせる二人に構わず、トガミは興奮気味に説明し始める。
「分家筋にはなってしまうんですが、構いませんよねえ? 今は西の街で暮らしているらしいんですが、二十五歳でまだ結婚しておらず、王家に嫁ぐ件についても前向きだとか! ああ、ミーア様を見つけてからもセイレン家とちょくちょく連絡を取っていた甲斐がありましたよ!」
身振り手振りを交えながら嬉しそうに話すトガミだが、リオンは険しい表情を浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「トガミ。悪いが、その娘を娶るつもりはない。先方にもそう伝えてくれ」
毅然とした態度で言い切ったリオンに、浮かれた様子だったトガミはぴたりと動きを止める。そして、顔を引き攣らせながら聞き返した。
「……はい? 娶る気はないとおっしゃいました?」
「当然だろう。私にはもうミーアという妻がいるのだから必要ない」
「あー、そういうことですか。大丈夫ですよ、側室でも構わないとあちらさんも了承済みですから! いやあ、この城に来てもう一年近く経つのにミーア様がさっぱりご懐妊しないものですから、そろそろ別の手を打ってもいいんじゃないかと……」
「そんなことを頼んだ覚えはない。私は側室を迎えるつもりもないから、もうこの話は終わりだ」
それだけ言うと、リオンはトガミから視線を逸らし再び執務に取り掛かろうとする。そのやり取りを見ていたミーアは、なんとも気まずい空気の中で茶を淹れ、無言のままリオンの傍にそっと茶器を置いた。
「はあ……リオン殿下。あなたがミーア様をお気に召しているのは結構ですが、お世継ぎのこともちゃんと考えてくださいよ? このまま子が出来なかったらどうするんですか」
「そこまで焦る話でも無いだろう。ミーアはまだ若いし、体も健康だ。そのうち自然と子を成すさ」
「ですが、万が一ということもあります。念には念を置いて、この機会に側室を迎えたっていいんじゃないですか」
「くどいな。ミーアとの間に子が出来なければ、それを受け入れるしかないだろう。私でなくとも、ルカが結婚して世継ぎを作ってくれればソルズ王家の血が途絶えることもない」
さらりと言ってのけたリオンに対し、トガミは信じられないとでも言いたげにかっと目を見開いた。
「殿下、どうしたっていうんですか! 国王の座をルカ殿下に譲っても構わないと!?」
「そうは言っていない。トガミも知っているだろうが、ルカは国王になることを望んでいないからな。だが、私に世継ぎが出来なければルカやその子どもが王位を継承するしかないだろう」
「だーかーら、そうならないためにも側室を迎えようと……!」
「別に、王位を継ぐのは私の子でなくとも構わない。この国の行く末を案じ、その身を国に捧げることができる者が受け継ぐべきだ」
真っ直ぐにトガミを見据えて、リオンはそう言い切った。トガミはそんなリオンの言葉を目を丸くしながら聞いていたが、今度はミーアの方を見て嘲るように言う。
「……そうですか。この貧相な農民の娘がそんなに気に入りましたか」
「な……っ」
「あーあ、失敗したなあ……まあ、あなたがどんな手を使ってリオン殿下の寵愛を得たかは知りませんが、これ以上余計なことはしないでくださいよ。この前の賊だって、本当はミーア様を狙ってきたんでしょう? どこかで恨みでも買ってきたんじゃないですかねえ。そもそも、あなたの父上だって駆け落ちなんかするようなお人ですし……」
「トガミ。それ以上言うなら、いくらおまえでも許すことができなくなる。……出て行ってくれ」
怒りを押し殺したような厳しい声音でリオンが言うと、トガミは忌々しげに顔を歪める。その恐ろしい形相にミーアは慄いたが、彼はすぐにぱっと表情を変えて取り繕うようにへらへらと笑ってみせた。
「いやあ、リオン殿下が怪我なさったことで僕もつい焦ってしまったみたいですねえ! 差し出がましいことを言ってすみませんでした」
「分かってくれたならいい。だが、ミーアにもきちんと謝ってくれ」
「あー、はいはい。どうもすみませんでしたね、ミーア様」
ぞんざいな態度で謝罪をするトガミを、ミーアは無言で睨みつける。トガミは「おお、怖い」と大げさに怖がる素振りを見せてから、ミーアの手首に光る銀の腕輪に視線を寄越した。
「そういえばミーア様、その腕輪を肌身離さず着けていらっしゃいますよねえ?」
「えっ? あ……前にも言いましたが、これは母の形見で」
「それ、気になって調べてみたんですけど、災厄から身を守るまじないが込められてるそうですよ。セイレン家に代々伝わる逸品だとか」
「え……そ、そうだったんだ……」
トガミの言うことを間に受けたくはないが、彼はセイレン家と直接連絡を取り合っている間柄だ。ミーアはその話を素直に受け止めて、母から譲り受けた腕輪がセイレン家に由来するものであることを初めて知る。
大事そうに腕輪を撫でるミーアを横目に見ながら、トガミはまるで告げ口するかのような口調でリオンに言った。
「子を成さないのは、その腕輪のせいじゃないですかねえ? リオン殿下は『災厄』と見なされてたりして」
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