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25.夜空に輝く(2)

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 その夜、自室で休んでいたミーアのもとにリオンのお付きの侍女が伝言を持って訪れた。天文台へ来てほしい、との一文だけが書かれた紙片を手に首を傾げるミーアに、侍女は「よろしければご案内いたします」と穏やかに微笑んだ。

「天文台って確か、星読師の方がいる場所ですよね……?」
「はい。星読のための天文台もあるのですが、本日はリオン殿下が作られたもう一つの天文台の方へお呼びしたいとのことです。ですから、トガミ様はいらっしゃいませんよ」

 にこりと笑いながら言った侍女に、ミーアは思わず目を見開く。
 リオンのことももちろん憎いが、それ以上に星読師のトガミのことがミーアはどうにも苦手で、彼がいるのなら行きたくないと考えていた。侍女はそんなミーアの心中を察したようで、「リオン殿下しかいらっしゃいませんので、ご安心を」と付け加える。

「そ、それでしたら……お願いします」
「かしこまりました。では、こちらへ」

 侍女が準備した上着を羽織り、ミーアはリオンのいる天文台へと向かうことにした。
 薄暗い廊下を渡り、石造りの階段を上っていくと、その先に小さな扉が見える。その前まで行くと、案内をした侍女は深々と頭を垂れて下がっていった。
 トントンと扉を叩くと、すぐに「どうぞ」とリオンの声が返ってくる。ミーアはそっと扉を開けて、その部屋へと足を踏み入れた。

「あの……リオン殿下……?」
「ああ、ミーア! 来てくれたんだな」

 ミーアが想像していたよりもずっと簡素な作りのその部屋には、中央に大きな筒状の機械が置かれ、その先は窓の外にまで伸びている。その他には木製の机と椅子、それに本が並べられているだけの小さな部屋だった。

「ここは、私が趣味で作った部屋でね。天文台と呼んではいるが、そんな大層なものではないんだよ。トガミがいる天文台の方が大きくて立派だ」
「そうなんですか……この機械は?」
「これは天体望遠鏡といって、星を間近にあるように見せてくれる機械だよ。今夜はきみと一緒に星を見たいと思って、ここに誘ったんだ」

 リオンはそう言うと、望遠鏡の近くへとミーアを招いた。
 こんなもので星が見えるのだろうか、と半信半疑でミーアが近寄ると、彼は嬉しそうに機械を弄ってミーアの方へ向ける。そして、筒の先端にある丸い眼鏡のようなものを覗き込むよう促され、ミーアは恐る恐るそこに片目を当ててみた。

「わっ……すごい……!」

 その瞬間、ミーアの目に飛び込んできたのは眩しいほどに輝く無数の星たちだった。肉眼で見るより遥かにはっきりと映し出されたその煌めきに、ミーアは思わず息を呑む。

「今ミーアが見ているのは、西の空……金星のあるあたりだ」
「きんせい?」
「ああ。ひときわ輝いている明るい星があるだろう? それが金星だ」

 ミーアはもう一度望遠鏡を覗き込み、リオンの言った星を探した。周りの星よりも輝いているその星はすぐに見つかり、彼女はその光をじっと見つめる。

「きれい……」
「もう少し夜が深まると一度見えなくなるが、夜明け前にまた姿を現すんだよ。その様子もまた美しいから、今度きみに見せたいな」
「はい……見てみたいです」

 夜空に輝く星々を、こんなにもじっくり見たのは初めてだった。望遠鏡を通して見ると星はどれも同じ光を放つのではなく、それぞれ少しずつ色も大きさも違っている。今まで気づかなかった空の美しさに、ミーアはしばらくの間見惚れていた。

「……気に入ってくれてよかった。昼間、ルカがきみに無礼を働いただろう。あれから、どうにも気持ちが落ち着かなくてね」
「え……?」

 リオンは置いてあった椅子に腰掛けると、その隣に座るよう手招きをする。ミーアが望遠鏡から手を離してそこに座ると、彼はぽつぽつと語り始めた。

「煩わしい決まり事ばかりの城で暮らすことが、きみにとって本当に幸せなのかと……ルカに言われて、改めて考えたんだ。きみが未だに私を拒む理由を」

 空を見上げて、リオンは珍しく言葉を選びながら話しているようだった。今さら何を言うのかと一蹴しようとしたミーアだが、彼の横顔がどこか憂いを帯びているように見えて口を噤む。

「最初のうちは、きみはただ意固地になって私を拒んでいるのだと思っていた。だから、この城での暮らしに慣れてくれば、自然と私を受け入れてくれるようになるだろうと……だが、きみは受け入れるどころか、危険を冒してまで私から逃げようとした」
「……はい」
「それに、初夜の時にきみに言われた言葉が頭から離れないんだ。私には、意思が無い……誰かの言うがままに動くことしかできないお飾りだと」

 言いながら自嘲気味に笑ったリオンの顔を、ミーアはただ目を見開いて見つめることしかできなかった。いつも自信にあふれ尊大な態度を取るリオンが、傷付いているように見えたからだ。

「あの時は、それを認めたくない一心できみに怒りをぶつけてしまったが……考えれば考えるほど、きみの言うことが正しいのではないかと思えてきてね。情けない話だ」

 ミーアには、返す言葉が浮かんでこなかった。
 あの一言がリオンをここまで思い悩ませていたとは想像もしていなかったが、だからといってミーアがそれに対して謝る謂れはない。そもそもの元凶はリオンであり、彼のせいでミーアがどれほど傷ついてきたかは言葉に言い尽くせないほどだ。
 リオンもそれを理解しているのか、「自業自得だがな」と寂しそうに鼻で笑った。

「星のお導きに従えば決して道を間違えることはないと言うが、果たしてそれは本当なのかと……涙を流すきみを見ていたら、星にさえ疑念を抱くようになってしまったんだ。それで、久しぶりにここに来たんだよ」

 そう言うと、リオンは机の上に置いてあった一冊の分厚い本を手に取った。古びたその本を彼は大事そうに開き、何を見るでもなくぱらぱらと捲っていく。

「太陽に恵まれた国に生まれ、星のお導きに導かれ生きているというのに、王家の人間は星についてほとんど知らない。星の動きを読むことは、星読師に任せていればいいと言うんだ」
「そうなのですか……」
「私は単純に、星を眺めるのが好きでこの天文台を作った。だが、最近は星を見れば見るほど分からなくなってくるんだ。この美しい星たちは、本当にきみを……ミーアに、こんな残酷な運命を辿らせようとしているのか、と」

 堪えていたものを吐露するかのように、リオンが虚ろな表情でつぶやく。ミーアは一瞬目をみはったが、すぐに拳を握り締めて反論した。

「……私に残酷な仕打ちを強いているのは、他でもないあなたです。星のせいにしないで」
「それは、分かっている。だが……」
「あなたに意思があるのなら、嘆いているだけでなく行動に移したらいいではないですか。あなたは、この国を背負う立場にいるのでしょう。……これ以上、不幸になる民を増やさないでください」

 私のように、という言葉をミーアは飲み込む。それでもリオンには、彼女の言わんとしたことが伝わったようだった。

「……分かった。ありがとう、ミーア」

 ミーアは、それ以上何も言わなかった。そこまで考えることができるはずなのに、リオンはなぜこうも道を間違えてしまったのだろうと疑問に思いながら、ただ頷きだけを返す。
 変わらずに夜空で光り続ける星を眺めながらも、彼の悲しげな表情はミーアの脳裏に焼き付いて離れなかった。
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