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7.城の中で(1)

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 ゆらゆらと揺れる馬車の中で、ミーアは夢を見た。今ではもうほとんど思い出すことができない、母の夢だ。
 夢の中の母は、優しい声で幼い娘の名を呼ぶ。ミーアが笑顔で駆け寄ると、母は引き出しからそっと銀色の腕輪を取り出して、それを細いミーアの腕に着けた。

 ――これは、お守りよ。あなたを守ってくれるよう、お母様が祈りを込めておいたからね。

 腕に着けたそれを、ミーアはきらきらとした目で眺める。星が輝くように所々に散りばめられた石が光るそれは、童話に出てくる姫が持つ宝物のようだった。
 子どもながらに、それがどれほど大切なものであるかをすぐに理解したミーアは「わたしがもらってもいいの?」とおずおずと尋ねる。
 母はにっこりと笑って、ミーアの髪を撫でながら言った。

 ――ミーアが大人になるまでは、お父様に預けておくわ。でも、あなたが愛する人と結ばれる時が来たら、これを渡してもらうからね。

 ふうん、と不思議そうにしながらも頷いたミーアに、母はまた笑う。
 その腕輪がいわゆる嫁入り道具の一つなのだとミーアが知ったのは、つい昨日――父にこれを渡されたときのことだった。
 そして今日、ミーアはリオンが遣わした馬車に乗り、王都に向かっている。その長い旅の道中、いつの間にか眠っていたミーアは、「まもなく王都に入ります」という馭者の声で目を覚ました。

 ◇

「失礼しますよー。ミーア様、リオン殿下は少々遅れるようで……って、あらまあ。これはまた、化けましたねえ」

 前と同じ裾の長い衣服を身に纏ったトガミが、準備を済ませリオンを待つミーアのもとに訪れた。侍女たちによって煌びやかな衣装に着替えさせられ、さらに化粧を施された彼女の姿を見ると、トガミは珍しいものでも見るかのように目を瞬かせる。
 ミーアの身の回りの世話をしてくれるらしい侍女数人は、トガミがつかつかと近寄ってくると恭しく頭を下げた。

「この前のみすぼらしい服……おっと失礼、質素な服を着ていらした時とは見違えるほどですねえ。さすがセイレン家の血を引くお嬢様だ」
「……今日は、トガミ様もご一緒なのですか?」
「ええ、一緒にご挨拶回りに行きますよ。僕は一応、リオン殿下の側近みたいなものですからねえ。ていうか、様付けなんてしないでくださいよ。ま、呼び捨てしにくいようならトガミさんとでも呼んでください」

 飄々とした態度でそう言うトガミに、ミーアは曖昧に頷いた。

「それよりミーア様、ソルズ城はいかがですか? どこを取っても豪奢でしょう」
「え? あ、はい……とても綺麗なお城ですね」

 王都に足を踏み入れた瞬間から、ミーアはその街の様子に圧倒されていた。
 道はすべて整った石畳で舗装され、石造りの建物はどれも大きく立派だった。そして、それらの建物が貧相に見えるほどひときわ豪華絢爛な建物が、今ミーアのいるソルズ城だ。
 ミーアに当てがわれた部屋もとても広く、今まで父と暮らしてきた家がすっぽり入りそうなほどであった。

「リオン殿下がご婚約なさるってことで、急いで改修したんですよ。ま、時間がないんで少しだけですけどね。ミーア様のお部屋も、長らく空き部屋だったところを住みやすいように直したそうですし」
「そうなのですね……」
「おや。あまり嬉しそうではありませんねえ? まあそうか、半ば無理やり連れてこられたようなものですから」
「い、いえ、そんなことはありません。ありがたいのですが……こんなにも華やかな場所は初めてなので、どうも落ち着かなくて」

 ミーアが慌てて手を振りながら弁明すると、母から譲り受けた腕輪がしゃらんと鳴った。トガミはその腕輪に目を留め、興味深げに尋ねてくる。

「おや? これはまた、珍しい装飾の腕輪ですねえ」
「あ、これは、母の形見のようなもので……すみません、着けていてはいけませんでしたか?」
「いえいえ、構いませんよ。なるほど、お母上のねえ」

 意味ありげににんまりと笑うトガミにミーアは首を傾げるが、その理由までは聞くことができなかった。
 彼と話しているとどうも気疲れするが、まさかそんなことを面と向かって言えるはずがない。ミーアが愛想笑いをしていると、ガチャリと音がして扉が開かれる。やってきたのは、かっちりとした白の装束を着込んだリオンであった。

「ミーア、待たせてすまない。城までの道のりは遠かっただろう。疲れてはいないか?」
「あ……大丈夫です、リオン殿下」
「そうか。今日くらいゆっくり休ませてやりたいところだが、陛下に挨拶をしなければならないからな。すまないが、ついてきてほしい」

 リオンの言葉にこくりと頷く。それから、ミーアはおずおずと尋ねた。

「あの、父はどちらに……」
「ああ、お父上なら第三王宮の方にご案内したよ。ここからは少し距離があるが、約束したとおりきみが会いたくなったらいつでも会える。長いこと馬車に揺られて疲れておられるとのことだから、今は部屋で休んでいただいているよ」
「そうでしたか……お気遣いいただき、ありがとうございます」

 深々と頭を下げると、リオンは「そんな他人行儀はやめてくれ」と苦笑いした。

「私たちは夫婦になるのだ。もっと気軽に話してくれないか」
「は、はい……ですが、こうしてお会いするのはまだ二度目ですし……夫婦になるとはいえ、リオン殿下はこの国の王子でいらっしゃいますから」
「ははは、今すぐ慣れろと言うのも酷な話か。まあ、だんだんと慣れてくれればいい。さて、それでは陛下のところへ向かおうか」
 
 リオンの言葉に頷き、その後ろについていく。国王陛下へ直々に挨拶をするなんて、少し前のミーアからしたらとても考えられない出来事だ。いまだに自分の置かれている状況が信じられないが、ミーアが抗ったところでこうなってしまった事実は変えられない。
 部屋で休んでいるという父の体を案じながら、彼女は着慣れない衣装の裾を捌きつつ歩を進めた。
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