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6.求婚(2)

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「お。戻ってきましたねえ。話はまとまりました?」

 家の中へ戻ると、待ちくたびれたらしいトガミが早速話しかけてきた。父は先ほどと変わらず悲壮な面持ちで、心配そうにミーアを見つめている。
 リオンに促され、ミーアは父の目の前に立つ。そして、覚悟を決めて口を開いた。

「……お父様。一緒に、王都に行きましょう」
「なっ……! ど、どういうことだ!?」
「リオン殿下がおっしゃったの。お父様も一緒に、お城で暮らしてもいいって」
「は……?」
「私、お父様と一緒ならお城に行ってもいい。……リオン殿下と、結婚する」

 その言葉に、父は目を見開いた。隣ではトガミが「そう来ましたか」と呆れたように笑っている。

「ほ……本当に、それでいいのか? リオン殿下と、夫婦になるということだぞ? ミーア、私のことなど気にしなくていい! おまえが嫌なら、一緒に頭を下げて断っても……!」
「ううん。私、王都に行きたいの。だから一緒に行こう、お父様」

 頑なにそう言い張る娘に、父はもう何も言えなくなった。力が抜けたように立ち尽くす父に、リオンがそっと声を掛ける。

「ミーアは私の求婚を受け入れてくれたが、お父上であるあなたにも了承を頂かねばならない。私としても、円満にこの縁談をまとめたいのです」
「了承も、なにも……リオン殿下、あなたのお考えは分かりました。なぜミーアが選ばれたのかも、不本意ではあるが理解できます。しかし、もう少し考える時間を与えてはいただけませんか? 事前に書状が届いていたとはいえ、あまりにも急すぎる」
「なるほど。お父上のおっしゃることはもっともです。だが……」
「時間が無いんですよねえ、我々には」

 トガミは二人の会話に割って入ると、苦々しげな顔をしながら指で空を指した。それから、早口で説明する。

「星が言うことには、リオン殿下は今年中に妻を娶らないとならないんですよ。そうしないと、次に星が婚姻のお導きを示すのはまた三十年後になるだろうと。三十年後なんて、殿下は六十歳のじいさんですよ。まあ、不可能ではないとはいえお世継ぎのことを考えると……ねえ? ちょっと無理な話でしょ」
「そういう理由で、私には時間が無いのです。焦らせるようなことを言って申し訳ないが、できるかぎり早くミーアを妻として迎え入れたい」

 父がその話に眉根を寄せて呟く。

「星のお導き、ですか……」
「はい。先ほどミーアは、星に何もかも決められてしまってもいいのかと言ったが、私たち王族は星のお導きに反することはできない。幼い頃から、そういう教えのもとに生きているのです」

 隣でその話を聞いていたミーアには、やはり「星のお導き」とやらの重みは理解できない。しかし、「幼い頃からの教えに反することはできない」というリオンの言い分はまだ納得ができた。
 ミーアが神妙な面持ちでいると、父が今にも泣きだしそうな目をして彼女の頭にそっと触れた。日に焼けた手はかすかに震えていて、別れを惜しむかのように娘の髪を何度も撫でる。

「……いつか、おまえが心から愛する人と出会って、そして普通の幸せを手に入れてほしいと願っていたんだが……こうなったのは、私のせいだ。すまんなあ、ミーア」
「そんな……お父様のせいなんかじゃないわ」
「それに、母さんのことも黙っていてすまなかった。あのとき、諦めずに両親を説得していればよかったのかもしれんな」

 自嘲気味に笑う父に、ミーアは返す言葉が見つからなかった。
 確かに、父と母が両家の反対を押し切って結ばれたのは褒められたことではないのかもしれないが、そうしなければきっとミーアはこの世に産まれてこなかった。しかし、今ここでそう言ったところで父の気持ちは晴れないのだろう。
 ミーアが黙り込んでしまうと、父はリオンの方へ向き直る。そして、強い眼差しで懇願するように言った。

「リオン殿下。私は、娘とあなたが結婚することに反対はしません。娘のそばで暮らすのを許していただけるというのも、この上なく有難い。ですが……ですがどうか、娘の気持ちがあなたに向くのを待ってはいただけないでしょうか」
「ミーアの気持ち?」
「はい。……ミーアは幼い頃からずっと働き詰めで、この年になるまで恋愛などする暇もなく過ごしてきました。私の責任です」

 いきなり何を言い出すのかと、ミーアは狼狽える。

「お、お父様、なにを……」
「王太子であるあなたに嫁ぐということは、先ほどトガミ様がおっしゃったように、きっとお世継ぎを期待されることと思いますが……どうか、今しばらく、せめて娘があなたのことを心から受け入れられるようになるまで、お待ちいただきたいのです……!」
「はあ。つまり、ミーア様がリオン殿下を好きになるまでは手を出すな、ってことですかねえ」

 黙って話を聞いていたトガミがしれっとした様子でそう尋ねると、父は重々しい表情で頷いた。

「セイレン家の血が流れているとはいえ、ミーアは貴族や王族のしきたりなど一切知らない平民の子です。ですが、私にとってはたった一人の可愛い娘なのです。それこそ、自分の命より大切に思って育ててきました」
「お父様……」
「ですから、どうか……どうか、大切にしてください。慣れない土地で見知らぬ人たちに囲まれても、リオン殿下がミーアを慈しみ愛してくだされば、きっとミーアは幸せになれる。……どうか、それだけはお願いいたします」

 深々と頭を下げた父に、リオンは黙って頷きを返す。そして、彼はそっと父の肩に触れて、優しく語りかけるような声で言った。

「分かりました。大切にすると誓います」

 誠実なその言葉に、父はようやく安心したように笑みを見せた。その様子を、ミーアは複雑な表情で見守ることしかできなかった。
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